「投資哲学」という言葉について

近年、筆者はインデックス運用に言及することが多くなっており、「インデックス投資派」だと思われることがあるが、ファンドマネジャー時代の運用方針はすべてアクティブ運用であり、現在もアクティブ運用が好きだ。

個人投資家にインデックス運用を勧めるのは、(1)アクティブ運用の運用商品手数料が不当に高いと思うこと、(2)現実にアクティブ運用商品の平均パフォーマンスがインデックス運用に負けていること、(3)相対的に優秀なアクティブ運用を事前に見分けることができないこと、の現実的な3つの理由による。プロであれ、アマチュアであれ、運用者として自分でやってみて面白いのは、アクティブ運用だと思うし、アクティブな要素を取り入れたインデックス運用にも興味がある。

「哲学」という本来の意味を考えると、言葉を「投資」にくっつけることには心理的に少々抵抗があるが(「投資思想」くらいの方が言葉として正確だと思う)、年金運用の世界をはじめとして、「投資哲学」という言葉が広く使われているので、本稿ではこれを使う。「いかに投資で勝つのかに関するゲームプランを構想する上で大本にある考え方」というほどの意味だ。運用者によっては、最後の「考え方」を、「信念」という言葉で置き換える方がいいような頑固者もいれば、これがその時々の「作業仮説」程度のよく言えば柔軟な、悪く言えば「軽い」運用者もいる。

正直にいうと、筆者は、何事に対しても「信念を持つ」という態度は知的堕落だと思い、やや軽蔑しているので、「作業仮説」派だ。その時々で、運用というゲームを戦う上で、何がポイントなのかを考えるのが楽しい。

他方、年金運用などの運用ビジネスの現場では、運用の一貫性・安定性がポジティブに評価されやすいので、「信念」をアピールする方が好まれるし、マーケティング上有効だ。従って、作業仮説程度にしか思っていない運用哲学でも、顧客や顧客に付いたコンサルタントに対しては、あたかも不変の信念であるかのようにプレゼンテーションするような使い分けもある。この辺りは、人それぞれだ。

バリューとグロースの分類はイマイチ

アクティブ運用の典型的な投資哲学としては、「バリュー投資」(割安株投資)と「グロース投資」(成長株投資)が有名であり、これらの概念は、運用「スタイル」という言葉で呼ばれることがあるし、それぞれに合わせたベンチマークも考案されている。

バリュー投資の投資哲学を、大まかにいうと、「(企業価値から決まる)株式の真の価値よりも株価が安い企業の株に投資すると、株価が真の価値に近づくはずであり、その過程で他の投資家よりもよりも大きなリターンを得ることが出来る」という考え方だ。

他方、グロース投資は、「今後の利益成長率が高い企業の株に投資すると、利益成長と共に高いリターンが実現するはずであり、その過程で他の投資家よりもよりも大きなリターンを得ることが出来る」と考える。

ゲーム・プランには、「本当にそれは実現可能なのか」という第一の問いと、「本当にそれができるなら、誰でもそれを模倣しようとするので、有効でなくなるのではないか」という第二の問いが待ち受けている。

特に、投資の世界にあっては、投資哲学が具体的ゲームプランに結実し、且つそれが所期の結果を収めるためには、ある種の「飛躍」が存在するのが普通だ。バリュー投資にあっては、「株式の真の価値よりも株価が安い企業の株」を自分が正しく判断できると前提することであり、グロース投資にあっては、「今後の利益成長率が高い企業の株」を自分が判断できると考えることだ。

通常、これらの飛躍は、大半が「運」に任されることになり、結果が良ければ投資哲学の正しさが証明されたことになり、結果が悪い場合も「私の実行方法が(たまたま)悪かった」とか「短期では上手く行かなかったが、長期的には有効なはずだ」といった言い訳に守られて投資哲学自体が批判されることは、ないのが普通だ。

さて、筆者は、バリューとグロースという分類が、あまり有効だとは思っていない。それは、現在の株式の価値を正しく見極めることと、将来の成長率を正しく予測することの間には、本来的な対立がないからだ。

株価は、理論的にはネット・キャッシュフローの割引現在価値であり、株式の現在の真の価値を知るためには、将来の利益を正しく予想することが必要だ。

また、個々の銘柄を見るなら、バリューの哲学から見ても、グロースの哲学から見ても、同時に投資対象になる銘柄もあるし、どちら側から見ても投資対象にならない銘柄もある。

世間的には、通称「GARP」(Growth At Reasonable Price)と呼ばれる、両者の折衷的な投資哲学もあるくらいで、バリュー投資とグロース投資の概念的な境目は案外曖昧だ。

一方、運用スタイルの分類としては、PBRの高低で二分した銘柄群の一方にバリュー・インデックス(PBRの低い方)、他方にグロース・インデックス(PBRの高い方)といったベンチマークを使うこともあり、実務と投資哲学とは、必ずしも一貫性をもって一致しているわけではない。

一番の問題は「他人との差」

先の、バリューとグロースの投資哲学が有効に機能するためには、企業価値にせよ、将来の利益成長率にせよ、真の値を「他人よりも正しく」把握することが必要だ。これをどうやって実現するかが運用者にとっての問題となるし、運用者を評価する側では、その実現性のリアリティを判断することが問題になる。

株式を運用するファンドマネジャーと話をすると、企業そのものを調査することに徹底的にこだわるタイプと、マーケットに参加する人間の観察に重点を置くタイプの二通りの投資哲学があるように感じる。

有名な運用者でいうと、ウォーレン・バフェット氏やピーター・リンチ氏は企業の価値を重視するタイプだろう。少なくとも、対外的にはそう振る舞っている。

ちなみに、バフェット氏はバリュー投資家に分類され、リンチ氏はグロース投資家に分類されることが多い。

他方、ジョージ・ソロス氏のようなマクロで相場を張るタイプや、近年市場で存在感を増している高速トレードを使う「クオンツ」(数量分析を重視する投資家のこと)は、他の市場参加者がどのような間違いを犯すかに着目して、間違いが修正される確率を頼りに市場に参加しているように思われる。

どちらのアプローチを採るにしても、「他人との差」をどう作ることが出来るかが問題であり、その実現確率を高めることを考えることがテーマになる。

どちらか一方だけが正しいというものではないし、どちらを実行するにしても、バリュー投資・グロース投資と同様の「飛躍」が必要だが、「筆者個人が選択し、個人投資家にお勧めすることが多いのは、人間の観察に重点を置くタイプのアプローチだ。

株式投資を特集した『週刊ダイヤモンド』の2月8日号で、筆者はインタビューに答えて、個人投資家向けの株式投資のアプローチを3つ紹介している。順に、①割安な銘柄を探す、②予想利益の変化が株価に反映されるのに時間がかかる銘柄を探す、③ニュースを株価に換算してみる、だ。

①割安な銘柄を探すのは、主に「投資家は人気株を過剰に高く買いやすいから、これを避けることが有効だ」と考えるからだ。

②予想利益の変化(上方修正)が株価に反映されるのに時間がかかる株には幾つかの傾向性がある。それらの傾向性は、データの判断に関する認知的なバイアス(偏向)に関連しており、他の投資家が判断ミス(過小評価や過大評価)をしやすいポイントに関係している。

③は、ある種の「イベント投資」だが、ここでも、投資家がニュースに対して、しばしば過剰反応あるいは過小反応するのではないかという、他人のミスの確率に着目している。

「真の価値」を調査するゲームだと思うか、「他人のミス」の可能性を探すゲームだと思うかは、人それぞれだろうが、アクティブ運用は間違いなく「面白いゲーム」だと思う。