女子学生の相談

筆者は、ある大学で学部生を対象に「金融資産運用論」という授業を持っている。先日、授業が終了すると、一人の女子学生が質問にやって来た。

「先生、私、ネット証券に口座を開きました」(女子学生)
「そうですか。それは、熱心なことで」(山崎)
「私、日経平均の先物(ミニ)で、年末に買いポジションを作ろうと思っていますが、どう思われますか。今年の大納会で買い建てして、来年の大発会で売ろうと思っています」(女子学生)
「大納会と大発会の間には、何日もあるから、大きな損が発生する可能性がありますが、先物で大丈夫ですか?」(山崎)
「それは分かっていますが、そうでなければ面白くないでしょう!年末から年始は、儲かる確率が大きいのではないですか」(女子学生)
「先物は、予想と反対に相場が動いた時に、どんどん損失が拡がるから、くれぐれも慎重にやってください。私なら、やらないだろうな」(山崎)
「そうですか。わかりました」(女子学生)

彼女が口座を開いたネット証券(どの会社かは聞いていない)が、学生の先物取引を受けるのかどうかは、分からないし、彼女が自分は学生であると申告しない可能性もある。学生とはいえ、彼女は成人した大人(3年生)である。自分で「良い」と判断した賭けに、「私なら、やらないだろうな」と言ったのは、親切のつもりだったが、余計だったかも知れないと、少々後悔の念が湧いた。

彼女は、投資に関する文献をあれこれ読んで、「一月効果」に賭けてみようと思ったのだろう。米国でも、日本でも、データの取り方によるが、特に前年の年末から年始の何日間かにかけて、大きなリターンが発生することが多かった。彼女は、こうした「法則」あるいは「傾向性」に賭けてみたいと思ったのだろう。

だが、「お嬢さん、儲かるというデータや研究を、そんなに簡単に信じてはいけないよ!」

投資必勝法の二つの壁

投資の世界には、「こうしたら、必ず儲かる」あるいはもう少しマイルドに「こうしたら儲かるという傾向性がある」といった、投資必勝法が数多く流通している。

マイルドな方法は、毎回必ず儲かると主張するものではないが、何度も繰り返すと概ね儲かるはずだと主張しているので、「投資必勝法」の範疇に含めて考えてもいいだろう。

投資の世界で、ある方法が「儲かる方法」であるか否かは、どのように判断されるのか。

投資方法の有効性の判断には、二つの段階、いわば「壁」がある。しかし、どんな方法であっても、どんなデータがあっても、儲かると「確信」することは難しい。

第一の段階は、客観的な検証データのありなしだ。

第二の段階は、第一段階を踏まえて、他の市場参加者のデータ利用の可能性をどう考えるかだ。

投資必勝法「第一の壁」の3レベル

多くの場合、人は、「法則」の仮説に対して、過去のデータに当てはまっていなければ、肯定的な評価をしない。レベルの差こそあれ、個人投資家も、学者もそうだ。過去に有効だった方法の方が、将来もより有効であるだろうと考えることの根拠は、考えてみると難しい問題だが、先ずは、データの検証があった方がいいと考えて先に進もう。

データの検証にも、いろいろなレベルがある。検証方法の良し悪しを、三つにレベル分けしてみよう。

レベル1

事実の後からだから分かる「後知恵」をどの程度使っているかが問題だ。

たとえば、後から見て上げ(下げ)トレンドだと判断できた知識を使って、「トレンドに乗ることが有効だ」というがごとき、「後の時点で無ければ知り得ないデータを前の時点で使ったのと同じ投資法」は、文句なしにダメだ。いざこれから使おうとする時に使えない。結局、勘に頼ることになってしまう。

当てはまっているデータを恣意的に後から見つけてきて、「ほら、このように、この方法は有効だ」とやるのも同じくらいダメだ。

これら二つは、全ての使い手がそうだとはいわないが、チャート分析の使い手が、しばしば陥る説明方法であり、だから、チャーチストは投資の世界で馬鹿にされる。

もっとも、ファンダメンタリストの場合も、たとえば、過去の時点では分かっていなかった決算数字をあたかも知っていたのと同じような投資方法を、過去のデータに当てはめることがあるし、将来の数字を使って推定したパラメーターを過去のデータに当てはめてポートフォリオを作ってパフォーマンスを検証するようなミスを犯すこともある。

レベル2

過去のデータで検証するとしても、たとえば、「3月31日までに知り得たデータで4月1日にポートフォリオを作る…」といった、方法として再現可能で、将来のデータを使うにあたってのズルが少ない検証でありたい。

こうした方法を、恣意的に選んだのではない、銘柄集団(東証一部の全銘柄、など)に対して適用して、検証するなら、先のレベル1よりも、かなりマシだ。

ファイナンスの論文の多くは、このレベルの検証をもって、実証データとしている。

レベル3

厳密に過去の時点で利用可能な知識だけを使って仮想ポートフォリオを作ったとしても、「そういう方法が有効であるだろう」という、いわば構造的な知識には「後知恵」が含まれている。

たとえば、過去の時点での今期予想利益を使って、一定のルールの下に低PERのポートフォリオを作って調べたとしても、「低PER投資は、過去に有効だった」という現在の時点だから知りうる知識を使っている。

理想的には、これからのデータで検証してみて、将来時点で振り返って有効な方法であれば、より客観性が高い。

ある種の「Value投資の有効性」などについては、「いつも有効な訳ではない」「時々、大きく裏目に出る」、だが「長い目で見ると、有効(らしい)」というくらいの客観的有効性を認めてもいいのではないかと思われるが、レベル3で有効性を検証できている方法はごく少ないのが現実だ。

投資必勝法の「第二の壁」

さて、データによる検証が前記のような意味で客観的に出来たとしても、それで、その投資方法が有効だと判断できるかどうかに関しては、新たな「壁」がある。

過去のデータによる、投資戦略の有効性の検証は、過去と将来に関して、市場や経済の状態が大きくは変わらないという「安定性」への期待の下に行われる。しかし、大きく二つの点で、状況は変化しうる。

第一に、環境が変化する可能性であり、第二に、市場参加者の行動が変化する可能性だ。

たとえば、低PBR銘柄に着目したValue 投資が、ある期間に於いて極めて有効だったとしよう。仮に、この戦略を用いたヘッジファンドが継続的な成功を収めたとすると、どう判断すべきか。

ファンドの成功は、運用者の「腕」であり、「腕」の有効性は安定していると考えるなら、このファンドあるいは、投資方法をポジティブに評価して良いだろう。

しかし、このファンドの成功が、ヘッジファンドでよく言うように「市場の歪みの修整」によるものだとしたら、過去の高パフォーマンスは、市場の歪みの解消、あるいは解消の行き過ぎを意味するという解釈も可能だ。

この場合、過去の良いパフォーマンスは、逆の意味に受け取らねばならないが、「現実に儲けた」という事実のアピール力は大きく、間違いに嵌まることになりやすい。

年金基金のような機関投資家は、ヘッジファンドを評価する時に、過去の「トラック・レコード」の良し悪しに拘って、しばしば、この種の誤りを犯しているように思われる。

第二の可能性は、より一般的で、かつ本質的だ。過去のデータの客観的検証で有効性が確認できるとすれば、多くの市場参加者がその事実に気づくにちがいない。彼らが、自分達が観測した傾向性を投資戦略に応用しようとすると、「割安」とされる銘柄に買いが集中して、こうした銘柄の株価が実力以上に上昇し、「割安」の有効性自体が後退する現象が起こり得る。

バートン・マルキール氏は著書「ウォール街のランダムウォーカー」の中で、チャート分析をさんざんこき下ろして軽蔑しているが、チャート分析の無効性の論証には、案外苦労している。

本稿でいう「第一の壁」を満足させる意味でチャート分析の有効性が検証された例がないのはその通りだが、全てのチャート分析がデータで否定された訳でもないことに気づいて、実証・論理共に、決定打を欠いて、結局、有効なパターンや方法が見つかったとしたら、それが市場で真似されて無効になるはずだ、という「第二の壁」の論理に頼ってチャート分析の有効性を否定している。

しかし、この「第二の壁」の論理は、ファンダメンタル分析や、リスクを取ってリターンを増やすというマルキール氏が奉じるモダン・ポートフォリオ理論、さらに、リスクを取って長期投資を行うことの有効性自体を否定する可能性も秘めた、究極的には超えられない壁である。

完璧な必勝法が見つかる可能性はない。マーケットは常になにがしかフレッシュだ。安心して、相場を楽しもう。

それにしても、冒頭で紹介した女子学生の賭けがうまく行くか、大いに気になるところだ。