社会人を卒業したのに「FIRE卒業」
『普通の会社員でもできる 日本版FIRE超入門』という本を書いたこともあって、FIREについてたまに講演をします。映画化もされている小説『人のセックスを笑うな(山崎ナオコーラ著)』になぞらえて「人のFIREを笑うな」というスライドを1枚示すことがあります。
FIREチャレンジというのは孤独な取り組みです。その努力を笑う人が必ずいます。他人が支出過多になっているところを徹底的に節約したり、遊ばずキャリアアップに励んだり、資産形成に大きく振った人生を歩む人を、誰も笑う権利はありません。
しかし、そんなFIREチャレンジャーが今また嘲笑の対象となっています。いわゆる「FIRE卒業」です。
会社員人生から卒業するのがFIREだというのに、いろんな理由からFIRE生活を終了し、また会社員に戻る人を「FIRE卒業」と呼んでいます。ちょっとバカにした表現だと思います。
「せっかくFIREしたのに、また会社員に戻ってくるなんてバカなことだ」「やっぱりFIREを目指すなんてバカげたことなのだ」と皮肉をいう人が増えることでしょう。しかし、私はFIREチャレンジャーはこういう手合いを相手にせず頑張り続けてほしいと思います。
とはいうものの、先達のFIRE卒業が思ってもみない形で訪れたのだとしたら、これからFIREを目指している人たちが参考にしておくところはあるかもしれません。
今回はFIRE卒業をしなくてすむような「卒業対策」について考えてみます。
FIRE卒業が資金不足で起きた場合の原因と対策
FIRE卒業にはおおむね二つのパターンがあると分析しています。一つは「経済的不安」によるFIRE卒業です。
つまり、このまま無収入のままだとFIRE生活が維持できないという不安によるものです。FIRE資金が大きく目減りしてしまい、このまま公的年金をもらう時期まで(あるいは公的年金に期待していないなら一生涯)、やりくりするのは困難であると思えば、再就職を考えなければなりません。
これをもう少し分解すると「十分な資金がないのに無理にFIREに踏み切ってしまった」パターンと「FIRE後の運用リスクが高すぎて大きな損失が生じた」パターンがあろうかと思います。
例えば、40代で公的年金受給開始まで約20年以上もあるのに、資産は4,000万~6,000万円くらいでFIREに踏み切った人は、いわゆる「億り人」にならずFIREに踏み切ったことになります。
FIREした後は運用だけに集中できるようになるので(ここまではうまくいってきたので)、思い切ってFIREをして運用で資産を増やしつつ取り崩しも行えるだろうと考えてしまいますが、この20年以上という時間はそうとう長く、純減でいえば年300万円×20年としても6,000万円の取り崩しを必要とします。そう簡単なやりくりではありません。
理想的には「増やして、取り崩す」といきたいところですが、市場の下落によって資産を大きく減じることがあります。今まではうまい調子で増やせていたのに、米国株式の軟調、為替市場の円安基調などにうまく乗れなかった場合などです。
FIRE後の資産のほとんどをリスク運用につぎ込んでいた場合、失敗の影響も大きくなります。なにせリタイアすれば「生活費の取り崩し」は確定しているわけですから、資産のマイナスは確実に起きます。少なくとも同等の収益を得たいところ資産が目減りするというのはキツいことです。
本来であれば、FIRE後は運用リスクを抑えておきたいくらいです(資産の半分を現預金にして残りで運用するなど)。しかし、多くのFIRE実行者は資産のほとんどを投資に向け続けており、下落リスクが直撃します。
それでも1億円が8,000万円に減ったくらいならまだまだマーケットと向き合う余裕がありますが、4,000万円が2,000万円になったとすれば、余裕はなく、FIREをいったん卒業して再就職(固定収入の確保)を優先することになるわけです。
こう考えてみると、「億」でFIREというテンプレートモデルにはそれなりの理由があったということになります。
この問題、金額の問題だけではなく「早すぎるFIRE」が起こした問題でもあります。資産が大きく目減りしてしまったとしても、60歳になっていれば公的年金を受け取り資産取り崩しに歯止めをかけることもできます(繰り下げ減額になるのであまりオススメできませんが)。
しかしまだ45歳だった場合、20年間無収入で暮らすことになるため、高額の取り崩し資金を必要とし、維持が困難になった場合はFIRE卒業とならざるを得ないわけです。
FIREに踏み切るにあたっては「年金受け取りまでの時間」と「保有資産額」の2点を、かなり慎重に見極めておくことが重要といえます。
より深刻なのは、生きがい不足でのFIRE卒業
二つ目のFIRE卒業は「生きがい不足」です。この場合は、お金はあるのにあえてFIRE卒業をするパターンになります。
いくつか紹介されている事例では、仕事だけの人生から解放されたと喜んでいたものの、ひとりで過ごす無限の時間に飽きてしまい、会社員に戻ったというようなパターンが見受けられます。
基本的に、仕事は人生の拘束時間といえます。8時間労働とすれば平日の3分の1は仕事ということになりますし、8時間睡眠とすれば、起きている時間の半分が仕事ということになります。
FIREの動機の一つが仕事人生からの脱出なのは間違いないでしょうし、そのために資産を必死に貯めようとすれば、高年収を確保するために仕事に没頭する必要があります。ますます人生に占める拘束時間は多くなります。
しかし、FIREして仕事人生から脱出したら「新たな問題」と向き合うことになります。自由時間が多すぎる、という問題です。
私はよく定年退職直前者向けセミナーの講師をしますが、老後に無限の時間があることは恐怖でもあることをお話しします。そこには「生きがい」という時間を消費するアイテムが必要なのです。
「生きがい」は大きく二つに分けられます。日常生活ベースの「暮らしがい」と、仕事を通じて得られる「働きがい」です。趣味などは暮らしがいのカテゴリーですが、「働きがい」は仕事から得られます。実は仕事が私たちの生きがいをそれなりに満たしていることに、FIREしてから気がつくというわけです。
出勤のようなルーティンワークも、朝夕の職場でのあいさつも、業務時間中のちょっとした雑談も、実はそうした生きがいの一部です。仕事での達成感やクライアントの感謝の言葉も社会とつながる生きがいだったのです。
FIREの先輩が、ブロガーだったり個人投資家だったり、何らかの形で社会との接点を持ち続け、時間を使う行為をしているのは、「何もやることがない1日」をつくらないためでもあります。
あなたが仕事を辞めたあと夢中になれる生きがいがあるでしょうか。投資をしなくても、毎日のめりこめる趣味がある人は何歳でFIREしても楽しめるでしょう。しかしそれは少数派です。
特にしんどいのは、シングルの人かもしれません。配偶者や子どもがいる家庭では、時間を共にしてくれる存在があり、そこに時間を費やす余地があります。仕事をすっかり辞めた分、家事育児をして、子どもの受験勉強にもつきあったりすれば、「消費する時間」が確保できるからです。
私の書いた『普通の会社員でもできる 日本版FIRE超入門』 でも、FIRE後の生きがい問題について触れていますが、実際に「FIRE卒業」した人たちが直面する問題の一つなのだなと、改めて感じています。
できれば現役時代のうちから「FIREしたら、これをやる(それは終わりがあるイベントではなく、継続できる趣味でありたい)」をみつけておきたいところです。
ただし、こちらのFIRE卒業は緩い仕事でOKなのが強みでもあります。給料は月10万円でもいいわけですし、イヤな仕事や上司は見捨てて辞表をいつでも出せるからです。
FIRE卒業になっても気にしなくていい
経済的問題としての「FIRE卒業」、生きがい問題としての「FIRE卒業」について考えてきましたが、今から将来のFIREを目指していく人には参考になるところの多いテーマだと思います。
資産がしっかり蓄積され、FIRE実行をそろそろ射程圏内に収めつつある、と感じている人は「FIRE卒業」とならないために自分のプランを考え直してみるといいでしょう。二つの「FIRE卒業」は、違うアプローチによるものなので、FIRE実行を検討する重要なヒントになるはずです。
一方で、FIREチャレンジをまだ始めたばかりの人たちは、FIRE卒業のことはあまり気にしなくてもいいでしょう。そもそも経済的余裕を先んじて確保している状態は理想的で、まずそれを目指すことはFIRE卒業とは無関係であるからです。FIREに近づいてきたところで、少しずつ生きがいを考えても十分です。
また、FIREに踏み切ってから「FIRE卒業」になった人も、まったく気にする必要はありません。ある程度の資産を持って「復職」したのであれば経済的アドバンテージは他の人よりもありますし、すでにFIREのノウハウを持っている経験を生かし、改めて「再度FIRE(サイドFIREじゃなくて)」という可能性も十分にあるからです。
「FIRE卒業」というテーマが話題になる、ということはFIREという現象が社会的認知度・関心を持ち始めているという証左でもあります。
FIREチャレンジャーは世間の好奇の目など気にせず、FIREに向かってチャレンジをし続けてほしいと思います。
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