注目される2023年の経済政策目標と全人代
中国の2022年における実質GDP(国内総生産)成長率は、年間目標に設定していた5.5%前後の達成が極めて困難、あるいはほぼ不可能との予測が広がっています(来週10-12月期のGDP成長率などが発表される予定)。そんな中、焦点は2023年の経済情勢にシフトしており、昨年を通じて市場関係者が泣かされた「ゼロコロナ」策が解除されたのを受けて、特に欧米では中国経済に対する期待値の向上が見受けられます。
1月10日、米モルガン・スタンレーは、中国経済成長率見通しを0.3%ポイント引き上げ5.7%としました。私が中国政府関係者や経済学者と意見交換をする限り、中国政府は2023年度の成長率目標を「5%以上」あたりに設定したいように見受けられます。
その意味で注目されるのは、すでに3月5日開幕という日程が公表されている全国人民代表大会(全人代)です。李克強(リー・カーチャン)氏が国務院総理の最後の仕事として「政府活動報告」(日本の「内閣総理大臣施政方針演説」に相当)を発表します。そこで、2022年の経済情勢がどう総括され、2023年の成長率がどう発表されるか。要注目です。
中央政府高官の現状認識と政策目標
全人代開幕を前に、中国政府高官から早くも2023年の経済政策について方向性や具体的手段が示されています。昨年12月に開催された1年に1度の中央経済工作会議は、「今年、中国は積極的な財政政策と穏健な金融政策で内需を拡大し、安定成長を目指す」という指針が示されました。ここでは、その財政、金融政策を担うキーマンである、劉昆(リュウ・クン)・財政部長と郭樹清(グオ・シューチン)・中国人民銀行党委員会書記の最近の発言を引用しつつ解説します。
劉部長は、「財政政策の強度を適度に拡張する」という基本方針を示した上で、(1)財政支出の拡張、(2)「専項債」(収益性のあるプロジェクトなどの資金調達のために地方政府によって発行され、その収益が償還資金に充当される債券)投資の拡張、(3)財政出動の効力強化を掲げています。(1)には財政赤字が含まれますが、2023年の対GDP比で3%程度が検討されているようです(昨年は2.8%)。(2)の専項債に関しては、「有効な投資を拡大し、マクロ経済を安定させるための重要な手段」とした上で、「2018年以降、地方政府が新たに発行した専項債の累計は14.6兆元で、うち、2022年1月から11月末までで4兆元が発行され、3万件近くの重点プロジェクトの建設に資金が投入されている」と説明。2023年は、この専項債によって調達された資金を投入する分野と範囲を適度に拡大することで、投資による景気向上を推し進めると明言しています。
次に郭書記ですが、「穏健な金融政策は有効な需要の拡大と構造改革の深化に注力する」とした上で、民間企業への金融支援を強化する、エネルギー、交通、水利といった分野のインフラ投融資を支援する、近未来において対外的にさらなる金融開放を推進するといった立場を示しています。実際、2022年11月25日、中国人民銀行は、主な金融機関を対象に預金準備率を0.25%引き下げることで、これらの機関が資金繰りに苦しむ企業への貸し出しに回す余力を向上させるべく動きました。約5,000億元(約10兆円)規模の追加の金融緩和になります。
郭氏は金融政策だけでなく、中国経済や市場動向など大きなテーマについて語ることが多いですが、「IPO(新規株式公開)と起債への支援を厚くし、資金調達チャンネルを拡大する」、「大手IT(情報技術)企業14社の金融業務の是正は基本的に完了した。少数の残された問題も現在急いで解決している」などと述べています。2021年、中国の市場動向として物議を醸した規制強化を巡るその後の動向という意味でも重要な発言です。後述するアリババなどが念頭にあるのは明らかであると同時に、勢いのある優良な民間企業が、引き続き中国経済の中で重要な役割を担っていくべきという中央政府の立場を表していると言えます。
もちろん、これらの企業は、共産党指導部、中央政府が定めるルールの中でビジネスをすることが、これまで以上に求められる点も押さえておく必要があるでしょう。
鍵はアリババの動向と不動産市場
その意味で注目されるのがやはりアリババの動向です。年明け早々、同社傘下の金融会アント・グループが消費者部門向けに105億元を調達する資金調達計画が当局によって承認され、1月4日、アントに出資するアリババ株は13%上昇、昨年6月以来の大幅高となりました。
続いて7日、同グループはアリババの創業者、馬雲(ジャック・マー)氏が実質支配株主でなくなったと発表。これらの動きが、前述の郭樹清・中国人民銀行党書記が指摘する「金融業務の是正」作業と連動しているのは言うまでもありません。アリババ・グループとしての短中期的目標の一つがアントのIPOであり、それに向けて経営再建、コーポレートガバナンスの強化などが急ピッチで進められているのが現状です。
そして、中国経済の回復を占う上で鍵を握るのが不動産市場です。昨年、同市場は開発投資、販売額・面積を含めマイナス成長をたどりました。ロイター通信によれば、昨年11月の不動産投資は前年同月比19.9%減で、2000年の統計開始以来最大の落ち込みとなりました。
一方、昨年12月の中央経済工作会議で「不動産業界が新たなモデルに平穏に移行すること」を掲げた中央政府としては、不動産バブルは警戒しつつも、同市場の復調は不可欠という立場をあらわにしています。
例として、1月5日、中国人民銀行と銀行保険管理監督委員会は、消費者が一軒目の住宅を購入する際の、頭金規制を緩和しました。具体的には、新築の住宅価格が前月比、前年同月比で、3カ月連続下降している都市に対して、段階を踏みつつ、住宅ローンの頭金比率を引き下げる、あるいは取り下げるとしています。
また、不動産関連企業の資金繰りを困難にしてきた「3つのレッドライン」(2020年、不動産開発会社のレバレッジ抑制を狙いに導入。「一部を除いた資産に対する負債比率70%以下」、「純債務が自己資本を超過してはならない」、「短期負債を上回る現金保有」から成る)を緩和する、あるいは実質撤廃することが政府内部で検討されています。私が掌握する限り、この検討は昨年の早い段階からなされていますが、ここに来て本格化しているようです。
中国政府として、(a)「ゼロコロナ」の撤廃、(b)財政、金融などマクロコントロール、(c)IT企業や不動産市場への支援、などを通じて、景気を盛り上げ、国内外の市場関係者の中国経済・市場に対する自信と期待値を回復させようと奔走している現状が見受けられます。
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