投資の勉強をグループで
投資について深く理解したい場合、あるいは趣味として投資を楽しむ場合に有力な方法は、テキストを決めて、グループで読書会をやることだろう。
毎回一冊ずつ投資の本を読むような多読型の読書会もいいが、この場合、メンバーの理解レベルにバラツキがあるまま、感想を語り合って終わりになる可能性が大きいと思う。メンバーの理解が高いレベルで揃っていない場合には、意外に実のないものになる心配がある。
これに対して、一冊のテキストを徹底的に読み込むような読書会であれば、一冊を読み切った段階では、当初は最も初心者のレベルにあったメンバーでも、その本に書かれている内容を理解するレベルまでは到達できる可能性が大きい。もちろん、テキストを丁寧に読むので、ハイレベルなメンバーが意見や情報をやり取りする手掛かりは文中に豊富にあるだろう。
問題はテキストの選択だ。
「インベストメンツ」、「証券投資論」のような証券アナリスト試験や大学で使うテキストブックを読んでもいいが、資格試験でも目標にしているのでなければ、これらは些か味気ない。投資理論にある程度詳しいメンバーを加えて、一般向けの啓蒙書を読むのがいいのではないだろうか。
筆者は、今年の4月から、獨協大学の学生との授業でバートン・マルキールの「ウォール街のランダムウォーカー」(井出正介訳、日本経済新聞社)をテキストに、読書会型の授業をしてみることにした。半年間、14回ないし15回の授業(1コマ90分)で、一冊をじっくり読む計画だ。
この本は、米国のケースを中心に株式市場の過去のイベント、行動ファイナンスのような最近の研究も含めて投資に関係する理論、個人の具体的なお金の運用方法、等々の幅広いテーマを扱っている。それでいて、一定以上の一般的理解力があれば、予備知識なしで読みこなせる本なので、読書会のメンバーを広い範囲から募ることができる。
“山崎教室”の読書スケジュール
筆者が授業でやってみようと思っているスケジュールをご紹介してみよう。各回の授業で取り上げるテーマと、事前に読んでくるべきテキストの章を列記する。
山崎教室の読書会スケジュール
- 投資理論の学説とマルキールの立場(第1章)
- 過去の「バブル」と日本のバブル(第2、3章)
- 金融危機とバブルのパターン(第4章)
- テクニカル分析について(第5章、6章)
- アナリストとファンダメンタル分析(第7章)
- リスクとリターンの考え方(第8章)
- CAPMなどの現代ポートフォリオ理論(第9章)
- 行動ファイナンスと伝統ファイナンス(第10章)
- 「効率的市場」をいかに考えるか(第11章)
- デフレ・インフレと資産運用(第12章)
- ライフサイクルと個人の運用戦略(第13章)
- 金融のプロの使い方(第14章)
- J.M.ケインズの市場観と投資哲学(「一般理論」12章)
大学の授業としては、これらの13回の前にガイダンスの回があり、後に、まとめと試験の説明の回がある(筆者は「案外」優しい先生なので、出題者自身が試験対策を授けることにしている)。
こうして眺めてみると、過去の相場の動きを学ぶ回もあれば、運用実務家のテクニックに触れる回もあるし、MPT(モダン・ポートフォリオ・セオリー)に加えて行動ファイナンスも含めた投資理論を論ずる機会もあるし、これらを踏まえて個人の資産運用をどう行うかに関しての議論もできる。
尚、マルキールの本に加えて、ケインズの「一般理論」の12章を付け加えたのは、この本のこの章は、経済学者であると同時に、熱心な投資家でもあったケインズの、マーケットに対する考え方が豊富に表れていて、この章が(ほかの章はともかく…)めっぽう面白いからだ。
読書会の進め方の例
では、具体的には、どのように読書会を進めたらいいのだろうか。第一回目の第一章をどう読むかを例に採って説明してみたい。
第一章は全体のイントロダクション的な章だ。翻訳書でP17~P33とページ数は多くないのだが、議論してみたいテーマは幾つも見つかる。
筆者が見つけた、「テーマ」とそれぞれのテーマを考える上での「質問」をご紹介しよう。
たとえば、以下のようなテーマだ。
- 「モンキー・ポートフォリオ」(猿が新聞の株価欄にダーツを投げて作ったようなランダムに作られたポートフォリオのこと)はファンドマネージャーの運用に勝つだろうか?(→P19以下に関係して)
このテーマを考えるための手掛かりとしては、次のような質問が考えられる。
- モンキー・ポートフォリオの特徴は何か?
- そもそもポートフォリオの勝ち負けはどうやって測るのか?
- モンキー・ポートフォリオは市場平均に勝つか?
- ファンドマネージャーの運用は市場平均に勝つか?
この例でいうと、「ランダムなポートフォリオ」といっても、銘柄数やウェイトの決め方が特定されないとポートフォリオの性格が決まらないことや、たとえばランダムに選んだ銘柄を等金額ウェイトでポートフォリオにした場合、TOPIXのような市場平均ポートフォリオが時価総額ウェイトであることを考えた場合に、比較の観点で、モンキー・ポートフォリオは時価総額の小さな銘柄の相対的なウェイトが大きいポートフォリオであることが分かる。
また、勝ち・負けを論ずる場合に、リスクを調整した尺度を使うか否かも「ゲームのルール」としては重要な問題だということが指摘できる。時間があれば、シャープ・レシオやインフォメーション・レシオのようなパフォーマンス評価の尺度について検討することができるだろう。
モンキー・ポートフォリオと市場平均ポートフォリオとでは、組み入れ銘柄の時価総額について傾向的な差があることが分かると、時価総額の小さな銘柄のリターンが高いとする「小型株効果」について調べるきっかけにもなる。
こうした諸事情を考えると、モンキー・ポートフォリオは、リスクが大きいかも知れないけれども、少なくともリターンの単純な相対比較では、市場平均と「いい勝負以上」くらいの勝負が出来そうなことが推測できよう。
他方、事実の問題として、残念ながら、アクティブ・ファンドを運用するファンドマネージャーの平均は、多くの場合市場平均に勝てない。
そして、その理由は、ファンドマネージャーがリターン面で素人を明らかに凌駕するスキルや情報を安定的に持つことが難しいことと、アクティブ・ファンドでは、運用手数料と売買手数料(アクティブ・ファンドはインデックス・ファンドよりも売買手数料が大きな運用をしていることが多い)が高めに掛かる場合が多いことなどが要因になっている。
このように検討すると、一つのテーマから、さまざまな議論が出来る。以下、第一章の中で筆者が面白いと思ったテーマと、そのテーマについて検討するための質問とを挙げてみる。ご参考になると幸いだ。
- 学者や市場コメンテーターの個人資産運用はどうあるべきか?(→P20以下)
- 儲けることは下品か?
- 自己投資は意見に影響するか?
- 公的な意見と自己投資の間に問題はないか?
- ファンドマネージャーが株式で自己投資の運用をする際に「(銘柄を)ファンドの後に買って、ファンドの後に売る」のなら問題はないか?
- 「投資」と「投機」をどう区別するのがいいか?(→P22)
- 両者の区別に投資期間は関係があるか? あるとすれば、なぜか?
- リターンは「合理的に予想」(P22)できるか?
- 「リスク・プレミアム」はどこから来るか?
- ゼロサム・ゲームのリスクにリスク・プレミアムはあるか?
- 次の物のリスクは、投資のリスクか、投機のリスクか。株式、不動産、為替レート、金、債券。
- インフレへの備えは、証券投資(特に株式投資)をする理由になるか?(→P23以下)
- インフレで株価は上がるか?
- インフレで金利が上がると株価はどうなるか?
- インフレは利益成長率にどのように影響するか?
- 成功する投資家は、どのような特徴をそなえた人物か?(→P25)
- 頭の良さは大切か?
- 冷静さは必要か?
- 「バランス」(P25)とは何と何のバランスか?
- 情報は必要か? 必要だとすると、どのような情報か?
- 「運」をどう考えるか?
- 運用の上手さとビジネスの上手さは両立するか?
- 「ファンダメンタル価値学派」とはどのような考え方の人々を指すのか?(→P26以下)
- 「割引」(P27)とはどういうことか?
- 割引率はどう決まるか?
- 投資家は割引率をどう“実感”するか?
- ファンダメンタル価値の弱点は何か?
- 利益予想はどの程度可能か?
- 「砂上の楼閣学派」とはどのような考え方の人々を指すのか?(→P29)
- 一般投資家の行動はどう分析できるか?
- 資産評価と群集心理の研究はどちらが有効か? それを決めるファクターは何か?
- 「行動ファイナンス」はどのように「砂上の楼閣学派」と関係するか?
- ケインズの「美人投票」論とは、どのような考え方か?(→P30以下)
- ファンダメンタル価値と美人投票理論はどう関係するか?
- 「美人投票」論の「教訓」は何か?
- 「美人」にはどのような株価が付くか?
- 「美人」を買うのは有利な戦略か?
- 投資対象が、儲かるか・儲からないかを決めるものは何か?
先日、授業で学生とやりとりしながら、上記の内容を話してみたが、なかなか面白いと感じた。時間がやや足りなかったが(大学の授業の1コマは90分だ)、テーマを決めてだらだらと授業をするよりは、中身の濃い話ができたような気がする。
読者も、投資が好きな同好の士を募って、このような感じで読書会をやってみるといいのではないだろうか。
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