日本銀行が昨年12月に事実上の利上げを行い、為替が円高に振れました。物価高の原因となってきた円安から円高に傾くことで、価格高騰は収束するのでしょうか。国際エコノミストのエミン・ユルマズ氏にインフレや為替、今年の投資戦略について伺いました。

日本は歴史的なインフレ水準、ただ4%超えで頭打ちか

――日銀が昨年12月に長期金利の上限の引き上げを決めました。円安是正が狙いとの見方もあります。どう受け止めましたか?

 物価上昇の要因の一つは円安の行き過ぎです。円安を是正する意味で金利をいじらざるを得なかったと思います。日銀が動いたことは非難しませんが、物価高が既に進み、タイミングが遅すぎました。

 インフレ率を表す消費者物価指数では、生鮮食品を除いた昨年11月の総合指数が前年同月より3.7%上昇しました。上昇率は約41年ぶりの大きさです。

――日銀の政策修正によってインフレはどうなりますか?

 先進国の中で日本だけがウルトラ金融緩和を継続してきたので、数カ月は物価上昇トレンドが続くと思います。今年3月くらいまでに前年と比べたインフレ率は4%を超える可能性があります。

 ただ、そこで頭打ちになるとみられます。世界経済が減速してきたので、日本だけインフレが進むのは難しい。台湾有事が起きない限り極端なインフレになる心配はない。

 もし起きれば、台湾南部や東部のシーレーン(海上交通路)を通過する食料やエネルギーなどの輸送が止まり、ハイパーインフレになるリスクはあります。

ドル/円相場の推移

 ――為替は円高に振れました。今後はどのくらいの水準になりますか?

 日銀の政策修正がなくても、春には1ドル=120円台半ばに落ち着くと思っていましたが、少し早まった。2、3月くらいには120円台半ばになるのではないでしょうか。

 その水準は日本の輸出・輸入企業にとって居心地が良い。大きなリスクオフイベントがあれば120円割れも想定した方が良い。ただ、昔のような1ドル=80円割れといった過度な円高にはならないと思います。

 2022年は1年を通じて為替のボラティリティが高くなり過ぎました。夏までに日銀が金利を上げていたら、10月に1ドル=150円を超える歴史的な円安にならずに済みました。

 大企業は為替ヘッジをしてリスク分散できますが、中小企業は円安がさらに進むと思って原材料を慌てて仕入れた可能性もあります。

 一般の人もドル預金をしようというマインドになった時に政府・日銀による為替介入がガツンと来た。利上げが早ければ、円を買い支えるための為替介入も必要なかった。政府・日銀が為替を安定させなかった点は大きな失敗です。

――日銀が昨年末のタイミングで緩和政策を修正することは市場ではサプライズとして受け止められました。

 長期金利の引き上げが年末だったことは疑問です。年末は欧米の投資家が休み取引が少ないため、ボラティリティ(価格変動性)が大きくなりやすい。

 日経平均株価(225種)も発表があった当日は一時約900円下がりました。FX(外国為替証拠金取引)をしている個人も結構、損したと思います。日銀はよく奇襲をかける。今回の長期金利0.25%の引き上げは小幅ですが、サプライズを演出して市場インパクトを大きくする狙いがありました。

 米国では中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が金融政策を変更する際は市場との対話を重視している。FRBの政策を決める昨年12月のFOMC(連邦公開市場委員会)前に、投資家は政策金利を0.5%上げることを織り込んでいた。

 FOMC理事が年中、政策の見通しをしゃべっている。株高や緩和への市場の期待が高くなり過ぎたら、タカ派の発言をして抑えようとする。投資家は理事らの発言から政策の先行きを予測できる。日銀とは真逆です。

日銀年内にマイナス金利撤回、さらなる引き締めも

――日銀の金融政策は今後どうなりますか?さらなる引き締めもあり得ますか?

 マイナス金利は2023年にやめると思います。短期金利を引き上げて、長短金利操作(YCC:イールドカーブ・コントロール)も止めざるを得なくなる可能性があります。現時点では引き締めにかじを切ったとまでは言えませんが、引き締め方向に向かっていく。放置していれば、国債市場が機能しなくなる。非常に大きな問題です。

 日銀はYCCの中で長期金利上昇を抑えるため、指定した利回りで無制限に国債を買い入れる「指値オペ」を実施してきました。日銀による国債の保有割合は2022年9月末時点で5割(国庫短期証券を除く)を超えました。日銀が日本国債を持ちすぎると、ほかの買い手がなくなり価値がなくなる。根本的なシステムが崩壊しかねず、望ましくありません。 

日銀の金融政策の経過
2013年 1月 消費者物価の前年上昇率を2%にする物価安定目標を掲げる
3月 黒田東彦総裁が就任
4月 国債やETF(上場投資信託)を大量に買い入れる「異次元の金融緩和」(量的・質的金融緩和)を開始
2016年 1月 短期金利を抑え込むため、マイナス金利政策導入を決定
9月 長期金利を0%程度に誘導する目標を決め、YCC(長短金利操作)を導入
2018年 7月 長期金利の変動幅をプラスマイナス0.2%程度まで容認
2021年 3月 長期金利の変動幅をプラスマイナス0.25%程度まで拡大
2022年 9月末 国債発行残高の内、日銀が保有する割合が5割を超す
12月 長期金利の変動幅をプラスマイナス0.5%程度まで拡大、市場で実質利上げと受け止められる
2023年 4月 黒田総裁任期満了

住宅ローン金利上昇の一方、住宅価格は下落へ

――引き締めによって住宅ローン金利が上がり、個人の負担が増す懸念があります。

 住宅ローン金利は上がるかもしれないが、逆に住宅価格は下がります。金融緩和は既に資産がある人には有利だけど、今から買おうとする若者に不利になる。これから家族をつくる人たちにとって、住宅価格が下がった方が望ましいです。

 日本で不動産が高騰したのは、金融機関が預金から金利を取れず投資先も限られている中で、不動産のようなリスク資産に投資するしかなかったからです。日本の金利が低いままだと、実需だけでなく投資マネーも呼び込み、住宅価格がどんどん上がる。

 緩和が続いたら、若い人は一生、家や車などの資産を持てません。金利をゼロやマイナスにするのは間違っています。(※インタビュー後の昨年12月30日、大手銀行が固定型の住宅ローン金利の引き上げを発表し、今年1月から適用を始めました)

――金利が上がることで、中小企業などの資金繰りが苦しくなる可能性もありませんか?

 ありますね。そのあたりに関しては現時点ではまだYCCをいじっただけなのですぐに影響があるかは分かりません。そうした様子を見ながら、今後も引き締め方向に持っていくのだと思います。

――金融引き締めに向かうことは、日本経済にプラスになりますか?

 まだ分かりません。そもそも金融緩和で日本のGDP(国内総生産)成長率は上がらず、思っていたほどプラスになっていない。日本人は貯蓄率が極めて高く、緩和をしても市中に出回るトータルマネーが増えず、インフレが起きなかった。緩和のやりすぎは間違った政策です。

 日本政府の経済政策は中央銀行に丸投げし過ぎです。本来、経済を復活させるのは政府の仕事です。中銀には物価安定と雇用安定という二つの責務があり、そのために金融政策をいじるだけです。

 日本企業が抱えるイノベーションや市場シェアの喪失など経済全般の問題に中銀は何もできません。リーマン・ショック以降は日本も米国も政治の力が落ちている。中央銀行は選挙で選ばれた人ではない。テクノクラート(技術官僚)です。官僚が政治家より力を持つ世の中は民主主義として良くない。政治家が怠けずに経済対策をしないといけない。

――インフレ手当の支給をする企業もあります。これから春闘も本格化します。インフレに合わせ、賃金も上がりますか?

 今のところ、インフレ手当など一時的な対応の企業が多いですが、ここ30年続いたデフレから変わるチャンスでもあります。製造コストの上昇を受けて、自動車会社が自動車を値上げして、下請けも値上げする。値上げすることで、売上高が増え、賃上げも起きる、いい循環ができるきっかけになる可能性があります。

反グローバル化がコロナで加速、インフレ要因に

――今年は世界的な景気後退が懸念されています。とりわけ、米国のインフレや利上げはどうみますか?

 米国のCPI(消費者物価指数)は高止まりしていますが、前年同月と比べた上昇率は昨年6月に9.1%になったところで天井は打ったと思います。欧州のインフレも昨年9、10月ごろにピークは越したと思っています。

 ただ、インフレ率が物価安定目標の2%まで、すぐ下がるかというと難しい。リセッション(景気後退)がどこまで進むかという問題もあります。米国の政策金利は、リーマン・ショックの一因となったサブプライムローン問題が2007年に表面化するまで、5.25%でした。FRBはこれと同じ水準まで引き上げると思います。

 現在が4.50%なので、0.25%の利上げを3回やれば終わる。景気が今後、本格的に後退した際に、利下げできる余地が5%くらいあれば、景気刺激効果を期待できる。FRBは利下げできるバッファーがほしい。

 FRBは2021年頭に引き締めを始めるべきでしたが、1年遅くなりました。対応の遅れで今はインフレも進み、資産バブルもはじけ、痛い目にあっている。リーマン・ショック以降、緩和を続けてもインフレが起きませんでしたが、それを過信し過ぎました。

――中国経済は昨年、感染の封じ込めを図る「ゼロコロナ政策」で大きく揺らぎました。中国の不安定さは続きますか?

 中国はまだ荒れるでしょう。非効率な投資をして、不動産バブルをつくってしまいました。また、反グローバル化の中で、多国籍企業はサプライチェーン(供給網)を中国から自国や先進国にいかに移すかを考えている。

 2013年に新冷戦が始まった時から既にその動きはあったが、コロナを機に供給網の見直しがさらに加速する。昔は20、30年かかっていたが、5年以内に終わると思います。

――そうした反グローバル化の動きは世界経済にどのような影響がありますか?

 米中対立やコロナ、ロシアのウクライナ侵攻など、反グローバル化が世界のトレンドになりました。グローバル化や緩和マネーの恩恵を受けてきた新興国にとってはいい話ではありません。賢い新興国は産業の発展に投資をしましたが、愚かな新興国は借金で箱物しか作らなかった。そうした国はこれから特に厳しくなる。

 地政学的な要因だけではなくて、コロナ禍後の世界的な供給網の見直しで、自国や友好国に生産拠点を移す動きが世界的に広がっています。これまでグローバル化の中で安い労働力を使って低価格で生産できていました。だけど、これからは自国などで作らざるを得ず、生産コストが高くつくようになります。それは構造的なインフレ要因です。

 一方で、先進国は自国に生産拠点が戻り、プラスになる側面もあります。日本に半導体などの生産拠点ができて、企業は高い給与で人材を雇わないといけなくなる。給与が上がる可能性があります。

投資先は割安な日本株、特にインバウンド、防衛、医薬品銘柄

――世界的な景気後退リスクがある中で日本の個人投資家はどこに投資したらよろしいですか?

 日本政府がNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)枠を2024年に拡大することもあり、初心者はまずは積み立てです。日本株が割安なので見直される時です。日本株の積み立てが一つの方法だと思います。

 日本はほかの先進国に比べてコロナ後の経済再開が遅れていましたが、インバウンド(訪日外国人客)の受け入れが再開されて、航空、鉄道、宿泊レジャーは恩恵を受けます。

 医薬品も引き続き注目したいですね。今後、新型コロナウイルスほど大きな危機はなくても引き続き感染拡大などのリスク要因が潜在的にある。画期的な新薬の開発があれば、材料になりやすい。健康も長期のメガトレンドです。

 後は防衛費の増額が決まった防衛関連。鉄鋼も含めて重工業は引き続き大きなテーマです。ゴールドも米国の長期金利やドルの下落が追い風になっている。

――暗号資産(仮想通貨)では交換所大手FTXトレーディングが経営破綻し、ビットコインも含め大きく値下がりしました。仮想通貨は今後どうなりますか?

 仮想通貨はかなり厳しく規制されると思います。ビットコイン以外はあまり期待しない方がいい。ビットコイン以外の仮想通貨であるオルトコインは各国の通貨当局に規制されて、全て廃止される気がします。オルトコインから投資資金がビットコインに流れて行きやすくなる。株式に流れるかどうかは分からない。(取材はトウシル編集チーム 田嶋啓人)

エミン・ユルマズ氏 1980年生まれ。トルコ出身。1997年に日本に留学し、東大院修士課程を修了。2006年野村証券。2016年から複眼経済塾取締役・塾頭。