運用手順と金融商品選択

はじめに考えた本稿のタイトルは「金融商品選択の一般理論」だった。しかし、ケインズでもない私が「一般理論」というのは、あまりに偉そうなので、遠慮して「一般論」とした。しかし、今回は、「全ての金融商品にあてはまる」議論という意味での「一般論」を提示する意気込みだ。

先ず、金融商品を評価・選択する前提となる、個人の正しい資産運用手順を確認しよう。

個人の資産運用は以下の手順で行う。

個人の“正しい”資産運用手順

  1. 家計の分析・把握
  2. 資産配分計画の作成
  3. 商品選択
  4. 売買金融機関の選択
  5. モニタリングとメンテナンス

先ず、自分の資産や負債、さらに今後の収入や支出などを分析して、どれだけリスクを取ることが出来るかを考える。リスクの限度は、「一年間に運用で損してもいい限度額」で把握するといい。

次に、上記のリスクの限度額の範囲内で、「現金」・「国内債券」・「外国債券」・「国内株式」・「外国株式」といった“アセット・クラス”(資産分類)にどれだけの割合・金額を配分するかを決定する。いわゆる「アセット・アロケーション」を行う。このプロセスを踏むのは、いきなり商品選択に向かうと、自分がどれだけリスクを取るのかが把握しにくくなるからだ。単一の運用商品で運用することが最適になることは考えにくいが、複数の金融商品で運用した場合、全体のリスクがどうなるかが極めて把握しにくくなるので、この手順で考えるのが現実的だ。

一つの商品で内外の株式や債券をミックスして運用する「バランス・ファンド」と呼ばれるカテゴリーの商品があるが、これは、中身が把握しにくく,リスク把握が難しくなるので、少なくとも初心者向けではない。また、個別のアセット・クラス毎に商品を選択して同様の配分を作るよりも手数料が割高になることが殆どだ。現実的なアドバイスとしては、「バランス・ファンドは運用の選択肢にしないと決めておけ」と申し上げていいと思う(この結論は、将来、手数料が破格に安いバランス・ファンドが登場するまで変える必要がない)。

個人向けの資産配分の簡便法を提示しよう。

一案として、「国内株50%+外国先進国株(ベンチマークはMSCI-KOKUSAI)25%+外国新興国株(同MSCI-EM)25%」をひとまとめに「リスク資産」と捉え、これを許容最大損失額の3倍までを上限にして、「期待リターンは金利プラス5%くらい」と考えてリスク資産への投資額を決め、残りを「(ほぼ)無リスク資産」として、「国内債券」、「現金(預金などの流動性の高い短期資金運用手段)」に配分するという方法をお勧めする。

この配分案には「外国債券」が入っていないが、「外国債券」は、(1)為替のヘッジができない場合に為替リスクが過大になること、(2)為替リスクがある割に期待リターンが大きくないこと(国内債券とほぼ同じと考えるべきだ)、更に、(3)個別の債券(外債)は信用リスクの判断が困難で(格付は信用できない)、(4)また投資信託のように中身が分散投資された商品は手数料を考えた場合に現実的に買える商品がないことから、個人投資家は現在除外して考えていい。

また、「外国債券」は、商品が個別の外債である場合もあるし、投資信託である場合もあるが、率直に言って、対面型の営業を行う金融機関に多額の手数料を稼がれてしまう危険なアセット・クラスでもある。近づかない方がいい。

資産配分計画が出来たら、各アセット・クラスに対応する商品を選択する。この場合、幅広い運用会社・金融機関からベストなものを選ぶことが肝心だ。

運用商品が決まったら、どの金融機関でこれらを購入し、将来の売却を行うかを決める。現在、リテールの金融商品に関して「一物一価の法則」は成立していない。全く同じ商品を買っても、金融機関によって手数料が異なることがあるので、注意して欲しい。

個人の資産運用の典型的な誤りは、売買窓口を、たとえば「退職金が振り込まれた銀行で」(多くの場合、これは最悪の選択だ!)といった具合に、先に決めてしまうことだ。選ぶことが出来る運用商品及び売買手数料に大きな制約が加わる。

最終的には、読者が自分で調べて納得して決めて欲しいが、扱う商品の範囲が十分に拡大したことと、売買手数料が安価(又はゼロ)であること、及び、金融マンのセールスに合うことなく商品選択できるので、ネット証券が好適な売買窓口であることが多いだろうと申し上げておく。

金融商品評価の一般論

さて、本題に辿り着いた。

運用対象となる金融商品は、全て、「資本市場から取ってきた素材をパッケージングして、手数料を乗せて売っているもの」だ、と理解しておくとよい。

投資信託はこのイメージそのままの商品だし、個別の株式は、資本市場で取引されている価格プラス委託売買手数料で最終顧客は投資することができる。

個別の株式は、個人投資家の側から見て、取引価格の透明性が高いので「ごまかされにくい」ことが大きな長所であり、手数料も安い。ただし、分散投資を行わないとリスクが大きい事が難点だ。たとえば「国内株式」の場合、数銘柄から十数銘柄くらいの分散投資を行って、TOPIX(東証株価指数)に近いレベルまでリスクを下げることは可能だが、株式投資に詳しくないと(株式投資が趣味であるか、或いは仕事あるというくらいでないと)難しいかも知れない。

金融商品が、仕組み債であっても、或いは各種の保険であっても、運用手段として評価する場合の基本的な原理は同じだ。ただし、実質的な手数料の分からないものは買わない方がいい。これは、投資家が常に守るべき大原則だ。

実質的な手数料が分からないということは、自分が投資しようとする条件が、フェアに取引されている資本市場での条件からどれだけの距離があるのかが分からないということだし、それは、同時に期待リターンが分かっていないということだから、大事なことが分かっていないということだ。「買ってはいけない!」と断言して構わない。

さて、今、「フェアに取引されている資本市場の条件からどれだけの距離があるのか」と言ったが、これこそが、金融商品を評価する最重要のポイントだ。

たとえば、株式の運用について、残念ながら投資家は(金融機関のセールスマンも、運用コンサルタントも、FPも、だが)、どの商品、ひいては運用者が上手いのかを投資する前に見分けることが出来ない。これは、運用業界にとっては不都合な話だが、真実だ。

すると、商品選択の段階で投資家に出来る最大の運用改善は、「資本市場のフェアな条件からの距離」即ち「実質的な手数料」をどれだけ縮めることが出来るかだ。

この事情は、以下の図を見て頂くとご納得頂けよう。

国内株式の運用商品を評価する構造

図の、リスクフリー金利を示す点FとTOPIXの期待リターンとリスクを示す点Mとを結ぶ直線は株式と無リスク資産の組み合わせで到達可能なリスクとリターンの組み合わせを示しており、「フェアな資本市場で達成可能な条件」ということになる。

現在、「国内株式」のカテゴリーの分散投資された商品では、ある程度投資金額がまとまっていれば、TOPIX連動型のETF(上場型投資信託)の実質的手数料(信託報酬と保有期間当たりの売買コストの合計で評価する)の実質手数料が最も安価だろう。

但し、積立投資など少額で資金を投じる場合には、ノーロードのインデックス・ファンドで信託報酬の安いものがベストになる可能性がある。

先に紹介した簡便法では、「外国株式」を、「先進国株式」と「新興国株式」に分けてみたが、それぞれのカテゴリー内での商品評価も同じ原理で出来る。

「今」の特殊性

資本市場のフェアな取引条件にどれだけ近いかを金融商品の評価基準にするという大原則はほぼ全ての金融商品にあてはまる。

それでは、大まかには「無リスク資産」、より細かく分けて、「現金」と「国内債券」については、どう考えたらいいのか。

現時点でこの問題を考えると、短期金利が「ほぼゼロ」であり、長期金利(国際10年物の流通利回り)も1%より低いことが、特殊な条件だ。

銀行の普通預金は、通常であれば「流動性が高く便利だが、他の商品に比べて利回りが悪い」運用商品だが、現在、リスクが小さい他の商品の利回りがゼロに近いところに貼り付いているので、利回りが低いことの欠点が殆ど無い。これは、いつでも当てはまるわけではないので「一般論」ではないが、現時点では、銀行の普通預金は「便利な上に、資本市場のフェアな条件に近い」運用商品なので、預金保険の範囲内(一人、一行、合計元本1千万円まで)なら、不利の小さい優れた商品だ。

1千万円を超える額の資産を(ほぼ)リスクなしで運用するための手段としては、MRF(マネー・リザーブ・ファンド)か個人向け国債(主に「満期10年の変動金利タイプ」が相対的に優れている。

但し、これは、将来、金利が上昇すると変わる結論なので注意して欲しい。

過去を振り返ると、利回りの低下局面が多く含まれることもあり、アセット・アロケーション上、「国内債券」や「外国債券」が効果的な分散投資の対象になっていたが、現在の金利情勢を考えると、個人向けには、上記以外に適当な運用商品がないのが現実だ。