さる6月6日(水曜日)に六本木で、「コツコツ投資家がコツコツ集まる夕べ」というイベントが開催された。このイベントは、「投資信託にだまされるな」(ダイヤモンド社)の著者である竹川美奈子さん、「投資信託事情」の編集長である島田知保さん、有名投資ブログ「rennyの備忘録」の管理者である通称rennyさんが発起人となって始まったもので、東京では原則として毎月第一水曜日に実施されており、この日は、二周年ということもあり、立食パーティー形式の会場に59人が集まった。
1.個人として参加する
参加者の多くは、サラリーマンなどの立場の仕事を持っている一般投資家だ。投資歴が長く投資関係のブログを運営しているような人や、投資関係の著作があるような投資に詳しい人もいれば、ほぼ初心者といっていい投資歴の殆どない方もいる。
金融関係者も参加していいことになっている。但し、その場合はあくまでも一個人として参加することが原則で、この場を利用して、所属会社の商品やサービスを売り込むようなことはしない、というルールになっている。
運用会社の社員、メディアの記者、筆者を含めて証券会社の社員などの参加者もいたが(たぶん十数名程度)、何れも一個人としての参加だ。
金融機関が主催するセミナーやいわゆる投資教育の場では、主催者との関係上、どうしてもその金融機関の商品を紹介する機会が増えるし、商品・サービスを直接紹介しないまでも、その会社のビジネスに不利な情報が伝えられることはごく稀だし、まして、その会社の取り扱い商品が批判されることはない。
もちろんこうした機会からも有益な情報が得られることはあるが、知識や情報に偏りや歪みが生じることが少なくない。これは、率直にいって、日本の投資教育が上手く行かない大きな理由の一つだ。
この点では、「投資家が投資家のために投資を教える」というこの会の趣旨は極めて望ましい。
2.知識を持ち寄る
投資家同士が集まって情報交換や勉強をする機会で心配な点は、参加者が正しい知識と情報を十分に持っているかどうかだ。この点、「コツコツの夕べ」の東京の集まりでは、投信、保険、年金などに関する本を書いているような人や、金融関係の審議会に出ているような人がほぼ常時参加しているので、さまざまな話題について、誰かが詳しく知っている。
たとえば、初心者の参加者が年金について分からないことがあると言っているならば、それを聞いた先輩投資家が、その日に出席している年金分野の専門家を紹介するといった形で問題解決に協力することが多い。
3.近況を話し合う連帯感
投資は、いつも上手く行くとは限らないし、投資家は、自分の投資が上手く行かない場合に、不安や孤独、焦燥感などに悩むことがある。特に、現在のマーケットでは、株価の下落や円高で、小さからぬ損失を抱えている投資家が多い。
この日に集まった投資家は、主に投資信託を対象とした積立投資を行っている人が多い。もちろん、保有株の株価が下がることは投資家にとって嬉しくないことだが、今も株を買うし、これから長期に亘って株を買う投資家から見ると、現在の株価が安いことは必ずしも悪いことではない。将来(たとえば老後)の株価が将来の経済状況によって決まるとすれば、現在、より安い株価で買うことが出来れば、それだけ新規に投資する金額については有利になる筈だ。
投資家同士で、お互いの投資の状況と、投資の目的などを語り合うことによって、「損をしているのは、自分だけではない」、「他人も、『これから買える』ことについてはポジティブに捉えている」といったことが確認できて、精神的にも落ち着くし、投資に当たっての自分の基本的な態度を再確認することができる。
この日の相場は、「株安・円高」の状況だったが、会合の雰囲気がそれで暗くなる、というようなことはなかった。
仮に、このイベントが数年後に続いていて(たぶん続いていると思うが…)、株価が大きく値上がりしている状況があるとすれば(あることを願っているし、たぶんあるだろう!)、会合に別の浮かれた気分が生じるのかも知れないが、自慢話が増えて会のムードが変わるのかも知れない。
自慢話も投資の楽しみのうちかも知れないが、遠い記憶を辿ると、バブルの頃の投資家の話は聞いていてばかばかしいことが多かったような気がするので、聞きたいとも思わない(ゲームというものは、簡単すぎるとつまらないものだ)。
将来、投資家が儲かった時に、このイベントがどういう雰囲気の集まりになるのかは、興味深いところだ。
4.情報を交換する
金融商品や金融機関のサービス、あるいは、投資に関する参考書などの情報交換ができることも、投資家の集まりのメリットだ。
主催者が行ったアンケートでは、今回の会合の参加者は平均3つくらい証券会社の口座を持っていた。どこの証券会社の使い勝手がいいかといった、筆者の立場では大いに気になる情報も、会場では立ち話の話題になる。
また、個人型の確定拠出年金で、管理手数料が安いのはどこで、商品ラインナップがいいのはどこか、といった情報も、投資家が一堂に会することによって集まりやすくなる。
投資家が一人で集められる情報には偏りや量的限界があるから、情報の交換は投資家の集まりの大きなメリットだ。
5.集まりを拡げる
「コツコツ投資家がコツコツ集まる夕べ」は、これまでに、全国11カ所で開催されたことがあり、複数の場所で、だいたい毎月開かれている。
筆者も、札幌の集まりに参加したことがある。その時の会合には、約20人が集まって、盛況だった(食べ物は、東京会場よりも随分美味しかった)。
投資家が投資家のために集まることのメリットは、地域の別を問わない。今後、様々な地域で同趣旨の会合が持たれることはいいことだ。おそらくこの会は、今後も拡大するだろうし、この会以外の集まりも増えるのでないだろうか。
地域によっては参加人数が少ない場合もあるだろうし、参加人数が少ない場合、会場によっては、知識や情報が不足する場合が生じるかも知れないが、たとえば、スカイプのようなサービスで複数の会場をつないで、同時刻に別の場所で開催するような工夫も可能だろう。
6.あくせくしない
「コツコツの会」が盛会で継続できている大きな理由の一つは、参加者にとって負担や我慢の大きなプログラムを作らず、いい意味で「緩い」集まりにしていることがあるのではなかろうか。
勉強熱心で同レベルの投資家ばかりが集まれば、テーマを決めた読書会のような会合にすることも考えられる。しかし、進行を綿密にプログラムしすぎると、自由な情報交換がやりにくくなる可能性があるし、準備の負担が大きくなると気楽に参加しにくくなるデメリットがある。
「ともかく、集まることに意義がある」というくらいに考えて、気楽な集まりを継続することを第一に考えるのが良さそうだ。
7.たとえば、筆者が受けた質問
今回の会合は二周年記念ということもあって、主催者のrennyさんの司会で、出席者が他の出席者に向けた質問をすることが出来るコーナーがあった。筆者に来た質問は、以下の3つだった。
- 年齢や資産額、特に資産額が変化することによって、最適な運用内容は大きく変化するのか?
- リスク資産について、「日本株50%、先進外国株35%、新興国株15%」という推奨アセットアロケーションを、「日本株50%、先進外国株25%、新興国株25%」に変更したようだが、その理由と、新しい比率に関して説明して欲しい。
- 山崎(さん)個人は、どのように自分自身の金融資産を運用しているか?
何れもオーソドックスな質問だ。筆者の答えを要約すると以下の通りだ。
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「年齢、収入、資産額などで、最適な運用をパターン化することは出来ない。できるかのように言う人は、たぶん専門家の名には値しない。
個人に限らないが、運用で肝心なのは、『自分は、どれだけリスクを取ることが出来、その中でどのくらいのリスク資産額が適当であるか』の判断だ。この判断は、個々の家計の事情によって大きく異なるはずだ。つまり、リスク資産への最適な投資比率は、運用金額以外の要素で大きく変化する。
しかし、リスク資産への投資の中身は、ポートフォリオの中でのリスク一単位当たりで期待リターンが大きなリスク資産の組み合わせに投資すればいいのであって、大きくは変わらない筈だ。
だから、全資産の中でリスク資産に投資する比率・金額では差があっても、リスク資産の中の最適な投資内容で、本来は、大きな差が付かない。雑多な金融商品の多くが、個人にとって最適な運用商品となることはごく稀で、たぶん全体の1%未満だ」
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「新興国の株式に対する投資については、現状では先進国株式に比してリスクがかなり大きいが、期待リターンの面では魅力があるように思える。新興国の株式は先進国の株式に対して、2%くらい期待リターンが高くてもいいのではないかと、現在、筆者は考えている。
それぞれのベンチマークの過去のリターン・データを使ってリスクを推計し、これらを以前の結果と合わせて、最適ポートフォリオを計算してみた。すると、最適解で「50%・25%・25%」にほぼ近いリスク資産の比率が得られた。
計算の前提条件は、以前と大きく変わらないが、新興国の株式も徐々に新興国自身の経済規模と株式時価総額が大きくなるにつれて安定する方向に向かうとの判断もあり、今回のウェイトを「個人用の簡便法」として採用した。
国内株50%、先進外国株25%、新興外国株25%といった組み合わせは、配分自体が覚えやすいし、全体として標準偏差で20%くらいのリスクになるので、リスクの見当を付けやすいのも長所だ。
外債は、リスクを10%程度と見込むと、国内債券よりも1%以上期待リターンを高めても、最適解の中には入ってこない。現実の運用商品を考えると、なおさら個人投資家が買えるような外債プロダクトはない。
尚、日本株のウェイトがリスク資産の半分もあることに違和感を覚えるとの意見も頂いたが、これは為替ヘッジが出来るならもっと下げていいが、日本の個人投資家の将来の支払いが円建てであることを思うと、その分外国株を(まして外債を)持つと、為替リスクの影響が過大になる。
為替ヘッジは、個人にとってかなり面倒だし、コストが掛かる。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の基本ポートフォリオでも、外貨建て資産に関する為替ヘッジは「無し」との想定だ。円ベース、為替ヘッジなし、という条件で計算すると、リスク資産の半分前後が日本株になる。
尚、国の経済が低成長でも、その低成長が投資家によく知られていて十分株価に織り込まれているなら、その国の株式の期待リターン(のリスク・プレミアム)は、リスクに見合った大きさなるはずだ。
当面、日本経済が低成長だから、日本企業の株も売りというのは、理論的には正しい判断ではない可能性が大きい」
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「隠す必要もないので、正直に言いましょう。金融資産の大半はメガバンクの預金で、あとは、かつて楽天証券に入社する前に運用していた資金を換金したお金が、現在、楽天証券の口座の中にMRFの形であります。これでほぼ全てなのですが、かつて楽天グループの社員が一人一株楽天の株式を三木谷浩史社長から贈与された株式(目下、時価8万円前後)が一株だけ楽天証券の私の口座の中にあるので、厳密には、株式を全く持っていないという訳ではありません。
株式や投資信託などのリスク資産を殆ど持っていない理由は、仕事上、マーケットに関連するコメントをメディアに対して行うことが多いからで、それ以外の理由ではありません。
本当は、個人的に株式の運用が大好きなのですが、たとえば、自分が持っている株について『いいと思います』とコメントするのは不適当でしょうし、自分がいいと思って持っている以外の銘柄を推奨するのも不正直でしょう。これは職業上の制約だと諦めています。
自分自身の人的資本自体がリスク資産なのですが、金融資産に関しては、リスクを取っていない、完全に退屈な運用をしています」
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