利回りは損得判断の基礎

あらためて利回りについて書くことについては、筆者自身も意外の感がある。しかし、損得判断の基礎である「利回り」について、正しく理解されていないと思うことが日常的によくある。何事も基本が大事であり、運用も例外ではない。今回は、敢えて、利回りを扱う上での注意事項を整理したい。

正しい損得判断を行うために必要な注意事項を四つご紹介する。

利回りの取り扱い四原則

  1. インカム・ゲインとキャピタル・ゲインを「合わせて」評価する
  2. 評価損益を含む「時価」の現状を直視する
  3. 損得は概ね「複利」で考える
  4. 通貨、リスクの異なるリターンを直接比較しない

インカム・ゲインとキャピタル・ゲインは「合わせて」評価する

一番目の原則は、インカム・ゲインとキャピタル・ゲインを合わせて評価することだ。

インカム・ゲインとは、預金の利息、株式の配当、投資信託の分配金のような現金収入で、多くの場合は、定期的に入ってくる。一方、キャピタル・ゲインは株式や債券などの価格、投資信託の基準価額など、運用元本の値上がりによる利益のことだ。

簡単な例を見てみよう。

1年前に250円で買った株式に、配当が5円支払われて、株価が260円に値上がりした。投資利回りはいくらか(注;税金は考えない)。

答えは6%で、計算は以下の通りだ。

もう一つやってみよう。1年前に1万円で買った投資信託が、分配金を毎月100円支払って、1年後の基準価額が9千円になった。但し、分配金への税率は、現在の軽減税率が本則に戻った20%で計算しよう。投資利回りはいくらになるか?(注;分配金は再投資しない)。

この投資収益率は、次のように計算して、マイナス0.4%になる。

何れも、インカム・ゲインとキャピタル・ゲインの両方に目配りして、両方を「合わせて」丁寧に損得を判断しようと思っていれば、簡単だ。

しかし、後の例でいうと、「分配金が毎月100円」という点だけに注意を引きつけられて、「毎月1%なら、年率12%の利回りか」と思い、こうした投資信託に投資してしまう人がいる。

また、キャピタル・ゲイン(ロス)の重要性に気づいても、税金や口座の管理料のような支出を計算に入れ忘れる場合がある。

一般に、インカム・ゲインをキャピタル・ゲインよりも過大評価する傾向があって、これは、しばしば誤った運用判断の原因になる。金融商品の売り手側は、この傾向を利用して、インカム・ゲインだけを強調することによって、実は顧客にとって得にならない商品を売りつけようとすることがある。

もう一点、注意しておこう。

「高齢者の資金運用では、インカム・ゲインを重視すべきだ」という考えを持つ人がいるが、これは誤った先入観であり、損の原因になることがある。たとえば、先の例のような投資信託は、分配金だけに注目すると、定期的な現金収入になって、年金を補完する収入として分かりやすいといった理由で魅力を感じる人もいるが(売り手は当然これを狙う)、こうした感情が、元本部分で過大なリスクを負ったり、手数料の高い商品を買ったり、といった誤りにつながることがある。

この種の投信は、現在の円の金利よりも高い手数料を取ることが多い。はっきり言うと、このタイプの投資信託を買うくらいなら、普通預金にお金を入れて、これを定期的に引き出す方が、損が少ないし、遥かに「健全」だ。

しかし、「元本を取り崩すのは、不健全だ」という先入観があると、正解に辿り着きにくい。

時価の現実を直視する

時価の直視も重要だが、なかなか出来ないことがある。

よくある間違いは、たとえば株式投資で「現在の株価は買値よりも値下がりしているけれども、買値より値上がりするまで売らなければ、損でもないし、負けてもいない」といった無用な意地を張ることだ。

名前は挙げないが、かつて、ある航空会社の株式を大量に持っていたお金持ちが、株価の値下がりに対して、「政府はこの会社を潰せないし、買値よりも安く売らなければ、株式投資で負けることはない」といった、独自の株式投資必勝法(不敗法?)を唱えていたことがあった。しかし、その後、この航空会社は潰れてしまい、株式は無価値になった。

彼は、株価が値下がりしている現実を素直に受け入れて、勝ち負けに拘らなければ、途中で売って、投資額のうちの相当額を残すことができたのではなかろうか。

しかし、多くの人が、自分の買値と「時価」つまり現在の株価との関係を、あたかも「勝ち負け」のように捉えて、これに拘ることで、現実を無視したり、判断を歪めたりしてしまう。

自分の買値よりも低い株価では売れないと考えて売るべき時に売らなかったり、逆に、株価が買値よりも高いから売ってもいいと考えてまだまだ有望な株を売ったりすることがある。

出来れば、次のようでありたい。

  1. 時価を現実として認識する
  2. あくまでも、時価を基準に、売るか、買うか、持ち続けるか、を判断する
  3. 自分の買値には拘らない

率直にいって、これを完全に実践できる人は少ない。投資について考える際には、この心得を繰り返し自分に言い聞かせるくらいのことが必要だ。

損得は複利で判断する

三番目の原則は、損得を複利で考えることだが、これも常に意識していないと損につながることがある。

「複利利回り」とは、一定期間後の収益を元本に繰り入れて、時期の収益を計算することを前提に計算された利回りのことだ。たとえば、期間1年間で10%の利息が付く預金があるとする。2年目は元本に利息を加えた当初の元本の110%の金額を運用することができ、2年目には当初元本に対して11%の利息を稼ぐことができて、二年後の資産額は当初元本の121%になる。

これを「2年で21%増えるのだから、1年当たりの資産増加率は10.5%だ」と考えると、1年当たりの運用効率を過大評価してしまうことになる。資産の増加率を単純に運用年数で割った利回りを「単利利回り」と呼ぶ。しかし、この場合、「一年当たりの資産の増加率」はあくまでも10%だ。

念のため確認すると、単利と複利の定義は以下の通りだ。以下の式を満たすRが単利、rが複利の利回りだ(共に、元本に対する%比で表すことが多い)。

2年後に資産額が当初の121%になる運用は「1年当たり10%の利回りと同等だ」と評価しなければならない、というのが、運用効率を判断する場合の基本だ。

先日、筆者が都内を歩いていたら、証券会社の店頭で黒板に書かれた外国債券の広告が目に入った。日本円建ての利回りではないが、「割引債。年率8.0%!(単利。税引き後6.4%)」とあった。文字は「年率8%!」が大きくて、括弧付きの「(単利。税引き後6.4%)」は小さな字で書かれていた。

債券は10年満期の割引債で、10年後に当初元本の180%で償還されるのだろう。購入価格は55.56ということになる。

しかし、10年間の複利運用を考えると、運用資産額が10年後に当初の180%になるためには、一年当たりの利回りは8%ではなく、約6.054%あれば十分だ。計算は以下の通りだ。

利回り計算の前提と運用期間を確認して、将来の価値が幾らになるかを考えて判断すればいいのだが、「年率8%」というのと「年率6%」というのとでは、随分印象が違う。

現実には、満期も違えば、再投資の条件も異なるものの運用効率を比較しなければならない場合が多い。運用効率の評価基準を決めておく方が便利だ。この基準は運用の目的によって変えた方がいい場合もあるが、個人が自分のお金の運用効率を考えるには、「複利・年率」で考えるのが殆どの場合最適だ。

通貨・リスクが異なる利回りを直接比べない

さて、利回り比較の大原則の四番目は「通貨、あるいはリスクの異なる利回りを直接比べてはいけない」だ。

たとえば、(A)豪ドル建ての利回り年率5%と(B)日本円ベースの1%の利回りを直接比べて、「リスクがあるけれども、(A)の方が得だ」と即断してはいけない。実際の運用利回りは、将来の為替レートが決まらなければ分からない。また、市場で取引されている通貨は、将来これを日本円に交換する際の為替レートを予約することが出来る。(A)、(B)の損得は、本来は、このベースで日本円建ての利回りに揃えて比較するのが基本だ。

通貨の違う利回りを直接比べて、高金利の通貨と金利に釣られてしまう、というのは、近年の個人投資家が頻繁に判断を間違える(つまり、損をする)ポイントであり、ここは金融業者にとって有力な狙い所になっている。

純粋な素人ではなく、ある高名なコンサルタントが雑誌に書いた原稿にも、外国の(もちろん外貨建ての)運用利回りと、日本の運用利回りとを直接比較して、「日本人はお金の運用が下手だ」と結論づけている乱暴な議論を見たことがある。

リスクの異なる利回りを、リスクを無視して単純に比べるのもいけない。

たとえば、リスクがゼロで年率0.5%の預金と、株価変動のリスクを負いながら期待利回りを年率5%と考えた場合の株式投資との比較で、どちらが良いと考えるかは、リスクに対する評価基準を決めなければ結論が出ない。

さて、簡単な計算問題をやってみよう。

先ず、毎月2%増える運用(単利では年率24%)は、毎月複利で運用できるとすると、年率何%の利回りになるだろうか。

答えは、約26.82%だ。計算は下記の通りだ。

では、この結果を使って、次のケースを考えてみて欲しい。

税率を分配金の20%とする。1万円の元本に対して毎月200円分配できる投資信託で、毎月単位で複利運用すると1年後の収益率はいくらか? これは、1年後に26.82%の分配金に20%課税されるケースと比較した場合、1年後には何%損になるか?

答えは、一年後の税引き後収益率が約20.98%で、損は0.47%だ。計算は、次の通りだ。

0.47%の差は、毎月の分配金に課税される場合、1年単位で分配金を払って課税されるよりも、税金を先に取られて運用元本が減ることから生じる。仮に、同じ収益力でプラスの利回りが期待できるなら、毎月分配金を支払う商品よりも、年一度の分配金の商品の方が得だ。

これは、議論の余地のない算術的な真理なのだが、それでも、同じ運用内容の投資信託で年一回の分配金のコースよりも毎月分配のコースを選ぶ人が多い。

プラスの利回りがある世界では、一般に、お金は先に払うよりも後に払う方が得だ。近年の日本は、殆どゼロに近い低金利なので、こうしたことが意識されることは少なくなっているが、かつて、もっと金利が高かった頃は、お金の受け払いの時間差を利用して金利で稼ぐことが、商社や銀行が関わる商売などで、よく行われていた。

たとえば、金利が年率6%あって、代金の受け払いの差が5日あれば、受け取った資金を5日間運用することで代金の約0.082%を稼ぐことが出来る。

筆者が最初に入社した会社は総合商社だったが、同じ寮の先輩で、自分が飲み会の幹事の場合は直ぐにお金を集めるが、他人が幹事の場合は次の給料日まで支払いを待たせる人がいた。

彼の言い分は、「お金は、受取は早く、支払いは遅くするのが商売の大原則だ。商社マンたるもの、日頃から基本に忠実でなければならない」ということだった。これが、「人間関係の基本」とどう関係するかについて多少の問題なしとしないが、運用に関しては真理だ。我が先輩の貴重な教えでもあるので、お伝えしておく。