打たれた政治的布石

 先週のレポートで、「白紙革命」を引き金に、中国政府が、この期間物議を醸してきた「ゼロコロナ」政策の緩和に踏み切った経緯を整理しました。11月30日、12月1日の両日、孫春蘭(スン・チュンラン)国務院副総理が、国家衛生健康委員会で座談会を主催し、中国の新型コロナ感染防止策が新たな情勢に直面していること、それを受けて、12月6日、首都・北京市で実質的な緩和策が打ち出されたことなどを扱いました。

 その後の展開は急ピッチで進められました。6日、中国共産党の最高意思決定機関である中央政治局が会議を開き、主に2023年の経済情勢について審議を行いました。私から見てサプライズだったのは、「ゼロコロナ」政策の象徴として、事あるごとに習近平(シー・ジンピン)総書記によって提起、正当化されてきた「動態的ゼロコロナ」(動態清零)という文言がプレスリリースに記されなかったことです。この事実は、3期目に突入した習近平政権として、もはや従来の「ゼロコロナ」政策を堅持している、すべき状況ではないという認識と立場に至っている現状を露骨に示していると言えます。

 7日、国家衛生健康委員会は「新十条」と称される新たな緩和策を発表。6日の政治局による審議を受けてのもので、リスク地域の細分化、PCR検査の規模、頻度の縮小、自宅隔離の推奨、地域をまたぐ移動時の陰性証明、到着時のPCR検査不要化などが打ち出されました。

 緩和策を講じれば、新規感染者数が増加するリスクが生じ得ますが、それを見越してか、6日の会議、7日の緩和策発表以降、医療の専門家や著名人などによる「オミクロン変異株は怖くない」、「感染しても自宅で安静にしていれば1週間から10日程度で回復する」、「オミクロン変異株に感染しても後遺症は残らない」といった党指導部の立場を代弁、擁護する言説が、官製メディアやソーシャルメディアによって大々的に宣伝されています。

 国民がパニックに陥り、社会不安が広がらないように、習近平政権として奔走している現状を物語っていると理解することができます。

中国「改革開放」の窓口となってきた香港で大幅に緩和へ

 12月13日、中国の特別行政区である香港でもさらなる規制緩和が打ち出されました。李家超(ジョン・リー)行政長官は、香港への入境者に従来科してきた、バーやレストランといった一部施設への立ち入りが制限される「黄色」のコード対象を14日から外すと発表。使用が義務化されてきたコロナ追跡アプリも廃止するとのことです。

 2020年、コロナ禍で国家安全維持法が採択されて以降、社会主義制度を取る中国本土で堅持されてきた「ゼロコロナ」政策に追従する政治的立場を取ってきた資本主義社会・香港の、国際金融センター、アジアのビジネスハブとしての地位と役割が疑問視されてきました。中国本土をほうふつとさせるような規制が敷かれるような場所でもはやビジネスなどできないと判断した企業が、シンガポールにアジアのヘッドクォーターを移転するようなケースも見られました。私が把握する限り、最も迅速かつ大胆に移転を決断、実行してきたのは中国企業に他なりません。

 香港政府が、お上である中国共産党に忠誠を誓わなければならないという立場と、その上で香港の従来の地位を守り、経済成長を確保していきたいという願望のはざまで揺れ、もがいてきた経緯は想像に難くありません。今後も、入境者には到着時とその後1回PCR検査が義務付けられますが、水際対策としてはほぼ規制が解除されたと言ってよく、シンガポールに続くように、香港へのビジネスなどの出張は勢いづく見込みです。

政治経済の安定に残る不確実性

 昨日、日本のあるエコノミストから次の問題提起を受けました。

「中国がゼロコロナ政策をなし崩し的に止めてしまった感じの報道が続いているが、かなり突然かつ大胆な動きで、民衆はついていけるか? 医療体制は本当に大丈夫なのか?」

 同様の質問を、日本や海外の企業家からも受けている今日この頃ですが、至極まっとうな懸念であると私も思います。3年もの間、感染者数ゼロが政治的に正しい、そのために、仕事、生活、余暇においてあらゆる制限が敷かれるのが当たり前だった中国国民が、「新常態」に適応していけるのかどうか。

 仮に、規制緩和後、新規感染者数が一気に拡大した場合(ここ数日の新規感染者数は、12月10日:1万815人、11日:8,838人、12日:7,679人と減少傾向にある)、どのような事態が起こるのか。大幅な緩和から、三度のロックダウンといった大揺れの措置が打ち出されれば、国民は堪忍袋の緒を切らすでしょう。そういう潜在的リスクに対し、習近平指導部はどう備えているのか。少なくとも、依然として不確実性は残ると見るべきでしょう。

 平時であればのべ30億人以上の「民族大移動」が起こる旧正月(春節:2023年は1月22日)も、感染拡大リスクという意味で、注意を要する時期になるでしょう。