試験問題にすると

筆者は、獨協大学で「金融資産運用論」というタイトルの授業を週に一コマ担当している。先日、この授業の2011年秋学期の試験を行った。

試験問題は、3問の中から1つテーマを選んで400字から600字くらいを目処に論じて貰う記述式だ。問題は試験前最後の授業の際に公開し、ノートや本、辞書などの持ち込みは自由で、採点は「とても優しい」。本欄の読者には信じられないかも知れないが、筆者は優しい先生なのだ(「特任教授」なので、学生を「鍛える」ことは他の先生達にお任せして、サービス業に徹している)。

さて、今回は、この試験問題の中から、一問紹介しよう。次のような問題を出した。

「たとえば、信用格付がダブルA(AA)格の外国企業が発行する債券に日本の個人投資家が投資する場合のリターンとリスクについて論じなさい」

読者が学生なら、どんな解答を書かれるだろうか。制限時間は60分だ。持ち込み自由の試験なので、本などを参照して回答を書かれても構わない。

出題の狙い、「リスク」について

凡そ全ての試験問題には、「ここに気づいて答えを書いて欲しい!」という出題者の狙いがある。本問にももちろん、それはある。また、後から試験の採点をすることを考えると、採点基準となるポイントを出題の時点であらかじめまとめておく必要がある。

今回の出題の狙いをご説明しよう。

先ず、外債投資全般に存在するリスクを的確に列挙して欲しい。外債投資だから、円建てのものでなければ「為替リスク」があるし、社債に限らず債券には「信用リスク」がある。加えて、仮に信用リスクが無いとしても、将来の利回り変動による価格変動のリスク(「金利リスク」としておこうか)があり、ここまでのリストアップは必須だ。

また、そこまで要求しないが、リスクを列挙するなら、買った債券を売却したい時にすんなり売れるか否かに関わる「流動性リスク」もある。

問題文が「外債投資に伴うリスクを全て列挙しなさい、そして…」という調子なら、これら全てのリスクの存在に気づくかも知れないが、問題文には、「ダブルA(AA)格の」などとあるので、信用リスだけに注意を取られてしまった答案が何枚もあった。優しい先生としては、「引っかけ」を目的に問題を作るわけではないのだが、答案の出来不出来には多小の差がある方が、採点は楽しい。

もっとも、信用リスクについては、ある程度突っ込んだ検討を期待しており、これも採点の際のポイントの一つだ。

信用リスクについては、(1)一般に信用リスクの判断は難しいし、完璧を期することは出来ないこと、(2)格付会社の格付は少々の参考にはなるが、格付会社は能力上もビジネスモデル上もとても全面的な信頼に足るものではないこと、(3)個人投資家の場合、資金量の点で分散投資が難しく、信用リスクを考えるとAAといえども個別の債券に投資するのは不適切な場合が多いこと、つまり、機関投資家が信用リスクのある債券に投資できるのは大規模な分散投資が可能だからであること、の三点が論じられていれば、出題の意図を十分に汲んで貰ったことになる。

ここで、問題文の中の「個人投資家が投資する場合」という部分が生きてくる仕掛けだ。

本稿は試験の解き方を伝授することを目的とする文章ではないが、たとえば、詰め将棋を解く場合には、一見関係のなさそうな場所に配置された駒が正解への重大なヒントになることが多いように(実は、正解の重要な部分で関係していることが多い)、問題文の中の「余計かも知れない部分」、本問でいうと、「ダブルA(AA)格」や「個人投資家が投資する場合」に出題者の意図が表れている場合があることは覚えておいて損はない。試験は、出題者と回答者の対話なので、出題者がどんな気持ちで問題文を書いたかが分かるまで、問題文をじっくり読むべきだ。

出題の狙い、「リターン」について

さて、問題文には、「リターンとリスクについて論じなさい」とある。リスクについてばかりでなく、リターンについても論じなければ満点にはならない、と解答者は気づかなければならない。

外債投資の場合、最重要のポイントは、現地通貨ベースの利回りが高くても、投資通貨ベースでの利回りが高いとは限らないことだ。外国為替は、二つの通貨の交換比と二つの通貨の金利をセットで取引する金融取引であり、リスクフリーの預金運用に対する期待リターンは、高金利通貨が高いとも、低金利通貨が高いとも言いようがない。

筆者は、「大雑把には、どの通貨の債券に投資しても期待リターンは同じだ、という点を出発点にすべきだ」と考えている。回答者には、この点での厳密な意見の一致を求めているわけではないが、最低限「高金利通貨の期待リターンが高いとはいえない」ことについては、認識が必要だと考えており、この点は、採点にあっても重要なポイントの一つだ。

授業では、「投資」と「投機」を、生産活動に対するリスクを取った資本の提供(=投資)とお互いの見通しの違いに賭けるゼロサムゲーム(=投機)で区別し、外国為替取引は基本的に後者だ、という説明もしているので、答案でこの点に言及してくれるのも喜ばしいことだ。

リターンについては、最低限上記の言及が必要だが、出来れば、「確実なマイナスのリターン」である「コスト」にも言及して欲しい。ここでも、「個人投資家」という問題文の条件が利いてくる。

個人が外国債券に投資する場合、特に社債は業者間の取引が殆どなので、投資家は市場での取引価格を正確に知ることが出来ず、また、取引金額が小さい場合が多いこともあって、売買の値差(ビッド・アスクのスプレッド)で実質的に大きな取引手数料を取られることが多く、また、債券価格に含まれる手数料に加えて、外国為替の手数料が大きい場合が多く、二つのコストで実質的に随分大きなコストを支払って、リターンを大きく損なうことが少なくない。

証券会社と投資家の力関係によっては、外債投資で、投資信託以上の実質手数料コストを支払うことも珍しくない。

現実には、外債を手数料稼ぎの有力な道具と考えている証券会社の営業マンもいるようで、「たまたま豪ドルの債券で儲けが出たら、三カ月後になぜかニュージーランド・ドル建ての債券への乗り換えを勧められた…」というような怖い話を聞くこともある。

もちろん、学生がここまで答案に書くことを要求している訳ではない。リスクのリストアップ、信用リスクの扱い、リターンについて、程度まで答案に書いてあれば、優しい先生の採点では、十分「よくできました!」に相当する評価となる。ちなみに、獨協大学の成績評価で最高ランクは、問題文の中にあった「AA」(90点以上に対応)である。