脱初級者を目指す投資家に

投資、特に株式投資が好きで、自分の投資の腕前を上げたいと願っている投資家に新刊書籍を一冊お勧めしよう。マシュー・シフリン「となりのバフェットがやっている凄い投資」(小野一郎訳、ダイヤモンド社。以下「となりのバフェット」と略記する)がなかなか面白い。

この本では、フォーブス・メディア副社長で投資編集者のキャリアが長い著者が、あらかたのプロを上回る投資パフォーマンスを上げたアマチュア投資家を10人取り上げて、彼らの投資手法とライフスタイルを紹介している。

登場するアマチュア投資家の中にはトラックの運転手もいれば、引退した元ビジネスマンもいるし、投資の実績を買われてファンドを運用し始めた今やプロと呼ぶべき投資家もいる。彼らが、どのような手法を使って、プロも羨むようなハイ・パフォーマンスをあげたのか、がこの本の最大の読みどころだ。

初級者・上級者といった分類は他人が勝手にするものであって、投資家本人はどうでもいいことだが、脱初級者を目指す投資家に、筆者は、しばしば、有名ファンドマネジャーへの伝記的インタビューのような本を薦める。たとえば、ジョン・トレイン「マネーマスターズ」(座古義之、臼杵元春訳。日本経済新聞社)のような本だ。

この種の書籍で上質なものは、「投資のアイデア」とはどんなものかということを、これを考え、実践する楽しみと苦労とともに教えてくれるので、読者である投資家は、知識を増やすと共に、投資技術向上へのモチベーションを高めることができるのがいい点だ。大雑把には、野球少年が、優れた野球選手・監督の伝記を読むようなものだと思えばいい。

但し、あらかじめ申し上げて置くが、この本は、ある程度個別株の投資に経験があって、複数の投資銘柄を保有した経験がある程度の投資家が読むのでなければ無駄だろう。

内外のインデックス・ファンドで積立投資をしていて、これに満足している、という投資家は、それはそれで十分立派な投資家なのだが、彼らがこの本を読んでも得るものは少ないだろう。

「投資家記録本」の読み方

成功した投資家の伝記は、投資家にとって貴重な読み物だが(なぜなら、読む価値のある投資本は数少ないから)、読み方には、幾つか注意がある。

一つは、商業的宣伝の本や単なる自慢話に付き合わないことだ。

これは、その書籍を通じて著者がファンドなりセミナーなり他の商売をしようとしているか、また、投資手法について語るときに曖昧さを残そうとしているか、という態度を見分けることによって多くが判別可能だ。実績らしき数字をくどいくらいに強調する一方で、本文を読んでもどのようにポートフォリオを作ったのかが分からないような本は「商売」か「自慢話」だ。

「となりのバフェット」は、このレベルの本ではないので大丈夫だ。

次に、投資家の記録を読む際に最も重要なポイントだが、そこに書かれていることは「ある時期に上手く行った事例に過ぎない」という事実を絶えず念頭に置いて読むことだ。

ウォーレン・バフェットもピーター・リンチも、運用していた時代がちがうと、優れたパフォーマンスをあげられたかどうかは、よく分からない。まして、そのノウハウを真似しようという投資家が、別の時代に彼らの方法(とその投資家が思った方法)を使って上手く行く保証は全くない。

そもそも投資家について語った文章で取り上げられる人たちは、過去の成功者であって、たまたま運が良かった人である可能性が無視できない。たまたま儲かった人を後から探して讃えているだけかも知れない、という「健全な疑いの心」が読者の側では常に必要だ。

また、本に登場する投資ノウハウの有効性をそのまま信じてはいけないことはもちろんだし、さらに、積極的に、「その方法に嘘や弱点はないか?」という疑いの心を持って読むことが必要だ(たいていは、ある)。

たとえば、「となりのバフェット」に一番目に登場するバリュー投資家リーズ氏は、「10以上の銘柄をきちんとフォローできるはずがない」と言って、投資銘柄を絞り込むことを提唱するが、敢えていえば、これは正しいアドバイスではない。

実のところ、一銘柄でも絶対に大丈夫というレベルで「きちんとフォロー」などできないから、分散投資をするのであり、「同様に有望な銘柄、10銘柄のポートフォリオ」よりも、「同様に有望な銘柄、50銘柄のポートフォリオ」の方が、期待リターンが同じ(=同様に有望)で、リスクが小さい筈(業種分散その他にもよるが、傾向として)だから、ポートフォリオの構築方法としての優劣は明らかだ。「経験」にはリアリティがあるが、リアリティよりも論理を優先させる方が利口だ。

参考になるのは誰だ?

紹介されている10人の投資手法を詳しく書くと、映画評などで言うところの「ネタバラシ」になってしまうので、具体的な投資手法については、是非、本を入手して読んでみて欲しい。中級以上の株式投資家なら面白いと思う部分が幾つかあるはずだ。

その前に、「となりのバフェット」を読むコツを一つお伝えしよう。

それは、投資家を紹介した本文を読む前に、「投資に役立つサイト」と題された末尾にある第11章を先に読むことだ。

紹介されているアマチュア投資家の投資パフォーマンスの多くは、投資サイトに記録された模擬ポートフォリオの運用成績だ。また、紹介された投資家は、有名投資サイトの中で評判の高い人の中から選ばれているし、彼らの多くは、各種の投資サイトを情報の収集と発表の両方に使っているヘビーユーザーだ。米国の投資家がどんなサイトを使っているのかが分からないと、背景の理解に苦労する。

著者によると、大手のファイナンス系サイトの掲示板などは、勧誘と、デマと、何よりもノイズ(意味のない情報)に満ちているという。

本書で紹介されているサイトの中には、「ヴァリュー・フォーラム」のように、年会費が250ドル必要だが、会員相互の意識が高く(現在、会員数は約1,200人だという)、ノイズが殆ど無くて、会員がお互いを助け合うサイトもあれば、「バリュー・インベスターズ・クラブ」のように、匿名ではあっても、本会員が年間2本以上の本格的なレポート書きと20本以上のレポートの評価を行う義務がある、本格的な内容のサイトもある。長年思っていることだが、アカディミック、アマチュア、プロフェッショナルいずれにあっても米国の投資研究の層の厚さは羨ましい。

さて、本書に登場する投資家の投資方法はバラエティに富んでいるが、彼らの多くが、何らかの意味でバリュー投資家(割安株投資家)だ。はじめに紹介される、リーズ氏、クレブス氏、コーザ氏、ペタイネン氏は何れもなにがしかバリュー系の投資哲学だ。順に、バフェットに近いスタイル、バリュー投資にオプションの売りを組み合わせるやり方、バリュー株が更に下落する「バリュー投資の罠」を避ける工夫をしているリカバリー投資が得意な投資家、バリュー投資の方向性を重視したクオンツ(数量分析投資家)、といったところだ。

筆者は、本書全体の中で、二番目に出てくるクレブス氏、三番目のコーザ氏、四番目のペタイネン氏の三人が、特に一般個人投資家の参考になると思った。

詳しくは本を読んで欲しいが、オプションではロング(買い)の投資家が儲かっていないことから、ゼロサム・ゲームなのだからショート(売り)が儲かるはずだと考えて、オプションのショートを投資に組み込んだクレブス氏の方法は、日本の一般投資家にも応用が利く。

たとえば、ある株(インデックス・ファンドでもいい)を買おうとする場合、先ずその銘柄のプットをショートして実質的に現値よりも安く買い始めて、現物の保有に乗り換えて、株価が値上がりしたらカバード・コールを使ってプレミアムを取りつつ利食いに入るといったパターンは、「基本パターン」の一つとして、覚えておくといい。

また、コーザ氏の株式の「内在価値」に関する考え方と、これに結びつけた売買のルールの作り方などは、日本の投資家にも参考になるはずだ。

ペタイネン氏は、ミシガン大のコンピューターセンターに勤務していて、専門の運用会社並みのデータとシステムを使える恵まれた立場を生かして、多くの仮説を試して有効と思われるもの(現在11のルールがある)を自分の投資に組み入れている。

経験的に有効と思える複数のルール間の矛盾に悩む箇所などは、やや微笑ましいが、こうしたことに悩む以前のレベルのプロフェッショナルなファンドマネジャーを何人も知っているので、彼を笑うわけにはいかない。

また、本文を読んでいると、デビット・ドレマン(バリュー投資のプロ)やジム・クレイマー(有名な投資コメンテーター)などが、近年の相場の下落でかなり痛い目に遭ったらしいことなども分かって興味深い。株式投資自体が低調で人気の無いゲームになってしまったかのような日本と違って(もちろん、その中でも熱意を持ち、儲けている投資家もいるわけだが)、米国の株式投資家はまだまだコミュニティー全体が熱い。

5番目のヒル氏は、ネットから情報を取って投資するタイプ、6番目のウェイランド氏はバイオ株に特化、7番目のマクダフ氏は「バフェット1にテンプルトン2の割合のカクテル」と紹介されるグローバルなマクロ経済分析を重視視する(再び)バリュー投資家、8番目のスワン氏は金鉱株の専門家といった具合に、紹介される投資家は多岐にわたっている。

ここまでご紹介すると、投資好きの方なら、是非読んでみたいと思われるのではなかろうか。

もう一度繰り返すが、それぞれの投資家のアイデアの参考になる部分を吸収するとともに、投資手法の穴や弱点を探しながら、一人一人について検討しながら読んで欲しい。投資家にとっては「いい栄養」になるはずだ。