「一人前」まで2年?

筆者は、かつて『ファンドマネジメント』(金融財政事情研究会、1995年刊)というファンドマネージャー向けの教科書を意図した本で、ファンドマネージャーが何とか一人前になるために必要なのは「2年間の集中的な努力」だと書いたことがある。

ただし、同業の先輩達からは「2年間で一人前というのは、少し短すぎるのではないか」という異論が多かった。

一つには、「一人前」をどのくらいのレベルに求めるかによって結論が違ってくるだろう。筆者が当時考えた「一人前」は、たとえばビジネスの世界の外国語でいうと、日常会話や商談がほぼ不自由なくできて、定型的なビジネス文書なら独力で不足無く書くことが出来るくらいのレベルだ。外国の大企業を何不自由なく経営できるようなコミュニケーション能力や、ビジネスに関して読者を深く感動させることが出来るような著書を独力で書けるような言語能力を指しているのではない。

トップレベルの知的な人が母国語について使いこなすことが出来る語彙数は5万~6万語くらいだと聞いたことがあるが、上記の暫定的一人前は、語彙力でいうと主要な1万語くらいのレベルだ。英語なら、難しめの大学の入試英語よりももう少し上で実践を伴った英語力くらいを思い浮かべて頂くといいだろう。商社の外国駐在員などの場合、個人差があるが、外国語にも現地にも慣れて、十分に戦力化するのに、初赴任から2年くらい掛かると言われている。

ファンドマネージャーとしては、国内株式、国内債券などの先例のあるファンドを運用方針から自分で設計してスタートし、概ね独力で(もちろん会社の資源を使いながらだが)運用できるくらいの業務能力だ。これくらいのレベルになると、仕事の上で「戦力」になったと考えることが出来るだろう。

プロの場合の「修行」の内容

ファンドマネージャーあるいは投資家として、どのような修行をするかのプログラムは、何を目指すのかによって変わってくる。これは、芸事やスポーツ、あるいは学問でも同様だろう。

例えば、将棋の修行をする場合に、目指すのが、アマ初段くらいなのか、アマ4段くらい(街道場の強豪レベル)なのか、県代表・アマチュア名人クラスなのか、それともプロを目指すのかによってトレーニング方法は変わってくる。

初段目標なら「棒銀」なり「中飛車」なり、特定の得意戦法を集中的に勉強して自分より少し強いくらいの相手と実戦をこなせばそのうちに到達するが、アマ4段レベルなら勉強する戦法の幅を広げると共にプロの実戦を並べるなどの将棋知識が必要になる。また、アマでも選手レベルを目指すなら、読みの能力をアップするような基礎トレーニングが別途必要になるし、プロを目指す場合には、将棋能力の限界を拡大するトレーニングが修業時代から必要だと言われている。かつての米長将棋連盟会長の言によると、「将棋無双」、「将棋図巧」(江戸時代に作られた難解な詰め将棋問題集だ)の各100題を独力で解く(図面を頭に入れて、脳内で解く)とプロになるに足る地力が付くということだったが、道場の腕自慢を目指す程度なら、そこまでの荒修行は必要ない。

では、プロのファンドマネージャーなら何が必要なのか?

ファンドマネージャーの仕事は、ポートフォリオを運用することと、運用について事前・事後に必要なコミュニケーションを取ることだ。

たとえば、国内株式のファンドマネージャーの仕事でいえば、ポートフォリオの運用とは、投資する銘柄を選ぶことと、その銘柄の投資ウェイトを決めることだ。仮にトヨタ自動車の株式に投資しているなら、なぜトヨタに投資するのかと共に、トヨタ自動車にポートフォリオの何%の資金を投入するのかを決めなければならない。仮にポートフォリオの3%を投入しているとすれば、これが2%や4%ではなくて、なぜ3%なのかを、具体的な数字の根拠を挙げて説明できるのでなければならない(残念ながら、このテストに合格しないプロが多数居るように思われるが、彼らは「プロ」の名に値しない)。

そのためには、経済分析、企業分析の知識が必要だし、投資の理論と共に、ポートフォリオを扱うツールの使い方やデータのハンドリング、各種の計算などが出来なければならない。

また、運用している資金が投資信託なのか、年金資金なのかによって、運用計画を立案したり、運用結果を説明したりする前提知識が異なるので、制度やビジネス的な背景に関する知識も必要だ。

分析に関わる知識の習得には、調査的な部署に配属して、アナリストの仕事を経験させる運用会社が多い。レポートを書かせ、社内でプレゼンテーションをさせることによって、コミュニケーション能力の研修も出来る。アナリストとファンドマネージャーとは本来上下関係にあるものではなく、別々の専門性を持つ専門職だと思うので、アナリストの仕事をファンドマネージャーになるための研修と位置づけるやりかたには全面的に賛成できない面もあるのだが、ファンドマネージャーの研修としては、一応筋の通ったプログラムだろう。

投資の知識習得のためには、証券アナリストの資格を取らせる運用会社が多い。運用に関するコミュニケーションを行うための、基礎知識の習得プログラムとしてはまあまあだろうか。

独自に運用戦略を考えたり、運用商品の開発に関わったり、運用会社全体の運用業務のマネジメント(CIO;チーフ・インベストメント・オフィサー)の仕事をしたり、ということであれば、もう少しレベルを上げた知識習得が必要になるが(例えば、専門的なファイナンスの論文を読み込むプログラムが必要だ)、先に述べた暫定的な「一人前」の前提知識としては、証券アナリスト試験のプログラムを十分こなせるくらいの知識があればいいように思う。

加えて、運用の「場数」が必要だ。

運用スタイルにもよるが、マーケットのチェックの仕方や、情報収集の方法、データの扱い方、それに、ポートフォリオのリスクを測ったり、銘柄のウェイトを決める計算の方法とツールの使い方を覚えたり、といった具体的な知識が必要になる。

ファンドマネージャーのアシスタント的な業務を行わせながら、先輩ファンドマネージャーが仕事を教えていくのがいいと思うが、先輩の指導への熱意も含めた質によって効果は大きく左右されるだろう。

こうしたあれこれを同時平行的に行いながら、集中的に時間と努力を投入して、2年くらいあれば、「何とか使えるファンドマネージャー」くらいになるのではないか、というのが、筆者がかつて考えたことだ。

確かに十分レベルを求めると2年では足りないかとも思うが、この程度のことなら2年くらいでこなすくらいの熱意と能力がある人でないと、他人のお金を扱うファンドマネージャーの仕事には就いて欲しくないような気もする。

加えて、プロのファンドマネージャーとしての経験という意味では、上げ相場・下げ相場の両方、できれば景気循環のワンサイクルをマーケットと対峙しながら経験しておきたいところだが、この辺りは理想論を言い出すと切りがない。学習の仕方で経験を省略する工夫も必要だし、短期間であっても経験から多くを学ぶ(組織の立場でいうと「教える」)要領の良さも大切だ。

尚、プロのファンドマネージャーとして、経験が長いことが単純にプラスに働くのかどうかについては判断が難しい。経験を持つことのメリットと感覚がフレッシュでなくなることとのトレード・オフは案外難問だ。

アマチュア投資家の「修行」プログラムは?

運用で生計を立てるのではなく、一方で仕事をしながら、手持ちの金融資産を運用するようなアマチュア投資家なら、どういったトレーニングをするべきだろうか。

この場合にも何を目指すのかによって、「修行」の内容は変化するだろう。

リスク資産の運用を投資信託で割り切るのか、個別の銘柄への投資まで踏み込むのか、デリバティブを使ったトレーディングや外貨リスクのハンドリングまで自分で行うのか、といったことが「修行」プログラムの違いをもたらす。

筆者が大学院や大学で教えてみた経験から判断すると、リスク資産の運用を投資信託でいいと割り切るなら、一方で仕事を持ちながら、副読本を何冊か読む前提で、レクチャーとしては、15回くらいで(大学の授業なら週一コマで半年)何とか自分で運用できる「一人前」と呼べる個人投資家の知識部分を養成できるのではないかと思う。

証券アナリスト試験までの予備知識はいらないが、資産配分(アセットアロケーション)や外貨為替などについては、ベースとなる知識を意識的に強化して身につけておくことが望ましいように思う。

ただ、知識を身につけた上で実際に自分のお金を動かせるようになるための経験に関しては、最低2年くらい、できれば数年、自分の金融資産をマーケットに晒す経験が必要ではないかと思う。

経験を積みながら、誤った知識に染まらないようにするのは、なかなか大変なことなので、できれば指導者が欲しいし、投資家同士で勉強や情報交換ができる機会を作るのもいいだろう。

アマチュア投資家の場合、目指すレベル別に、どのようなトレーニングのプログラムが必要か、機会を改めて書いてみたいと思っている。