個人の資産配分「簡便法」の追求

一般的な個人が、無理なく本人の手で実行できる資産配分の方法はどのようなものであるか。筆者は、ここ数年このテーマについて試行錯誤している。

機関投資家の場合、キャッシュのインフローとアウトフローが比較的はっきりしていることが多いので、ALM(資産負債マネジメント)的な要素を考慮しながらも、「リスク拒否度」を明確化させて、資産の中で、何に何%運用資金を投じるかと考えることで答えを出すことが一般的だ。

そもそも機関投資家の資金は「運用のため」であることがはっきりしているので、運用資金を何に何%に配分するかという意思決定方法が馴染みやすい。たとえば、運用資産が120兆円以上に及ぶ日本の公的年金のような運用でもこうしたアプローチで「基本ポートフォリオ」を決めている。

しかし、個人の場合は、もう少し事情が複雑だ。

たとえば、合計1,000万円の金融資産(預金、株式、債券、投資信託などの合計で)を持つ家計について考えてみよう。

常識的に考えて、家計は、借金(条件がひどく不利である)をせずに済むようにある程度の「予備費」をいつでも使える形で持っていることが好ましい。

すると、仮に予備費を生活費の半年分持つとして、生活費が30万円の家計と100万円の家計では、運用に回すことができる資金が820万円(1,000万円-30万円×6=820万円)から400万円(1,000万円-100万円×6=400万円)の差ができる。

この場合、1,000万円を「100%」として資産配分を行うと、両家計では適切な資産配分が大きく異なる公算が大きいし、820万円、400万円をそれぞれ「100%」と見ても、リスクを取ることができる金額が異なる可能性が大きい。

加えて、生活費以外にも、個人が持っている「人的資本」(将来の収入のリスクを考慮した割引現在価値)には大きな個人差があるし、将来支出することが予想される「負債」の現在価値も異なっているだろう。

これらの差を運用計画に適切に反映させて、資産配分計画を立てることは、個人にとってかなりハードルの高い意思決定であるのみならず、FP(ファイナンシャルプランナー)のようなアドバイザーにとっても簡単でない。

実は、彼らが、新聞や雑誌等で、簡単に推奨する資産配分を(多くは円グラフ付きで)比率として無造作に提示することがあること自体が、彼らが資産配分計画で考慮すべき要素が何かをおよそ理解できていないことの証拠だ(→円グラフの配置も含めて、記事のレイアウトを決めてから取材するメディアの側の問題もある)。

難しい要素が幾つかあるとしても、こうした諸々の要素を、正確ではなくとも十分反映させつつ、個人が自分の手で「無難に!」資産配分計画を作るためには、どうしたらいのか、筆者は、これまで何度か試行錯誤を重ねてきた。その軌跡の多くは、この「ホンネの投資教室」のバックナンバーに反映されている。

たとえば、家計の状況を「リスク拒否度」に反映させて最適化計算を行ったり(→リスク拒否度の理解と最適化の計算が個人やFPには難しい)、最大限の想定損失額から運用資金をリスク資産に投ずることができる上限を決めて資産配分の比率を計算したり(→これでもまだ難しいことが多いようだ)、といった工夫を試したし、運用資金に対して人的資本が相当に大きいケースが多い(特に若いサラリーマンの場合)ことを前提として、余裕資金をすべてリスク資産に投資してしまうことを推奨したり(→多くの場合問題ないが心理的にリスクが過大だと感ずることが多く、その結果バランスファンドのような効率的でない運用対象に資金が向かうこともあった)ということもあったが、どれも「これが決定版だ!」という実感がなかった。

配分比率から金額へ

個人の資産運用の場合、おおむね無リスクな資産と内外の株式のようにリスクを取って運用する資産の「比率」を決めることが最大の課題であるように思われた。

取ってもいいと思うリスクの大きさが決まると、リスク資産部分の中身についてリスク当たりの期待超過リターンがベストに近い組合せ(これは、「おおむね」誰にとっても同じにして問題ない)を一つ知っていると、資産配分計画を完成することができる。無リスク資産の中身もある程度定型化することが可能だ。

こう考えて、リスク資産への資金配分額を決めることができればいい、というところまで辿り着いた。

この場合に、「金融資産全額」なのか「金融資産マイナス必要予備費」なのか、あるいは「金融資産プラス人的資本」なのか、何を「100%」と考えてリスク資産への運用額を何%とするか、と考えるのが分かりやすいか判然としない。

そこで、今回考えた個人向けの運用の簡便法は以下の通りだ。具体的な例で考えてみよう。

1,000万円の金融資産額を引き継ぐとして、リスク資産に関して、期待リターンを「無リスク資産の利回り(=金利)+5%(機関投資家の運用計画上、株式のリスクプレミアムとして平均的な水準だ)」、リスク資産のリスクをリターンの年率標準偏差で20%(やや大きめの見積もりであり、保守的な想定で、かつ計算が簡単だ)とすることにしよう。

ここで、一年間の運用に於ける一応の「最悪」を期待値マイナス2標準偏差のイベントと想定するとして、以下のような状況になっている。

まず、想定される最大損失額は、
(1)想定最大損失額=リスク資産運用額×35%
である。5%-20%×2=-35%なので、こうなる。

次に、リスクを取ることで予想される平均的な稼ぎは、
(2)期待される稼ぎ=リスク資産運用額×5%
となる。ここでは、無リスク資産の金利にプラスされる収益を「稼ぎ」とみなす。インフレ率や金利水準が変わっても、リスク資産のリスクプレミアムが変わらなければ変化しない。

ここで、基本的には、(1)で計算される「最悪」が許容できる範囲の中で、「最悪」と「期待される稼ぎ」との組合せとしてどれを選ぶかを考えたらいい。

たとえば、リスク資産に500万円投資するなら、最悪時の損失が175万円で、期待される稼ぎは25万円だ。リスク資産が400万円なら、これが140万円と20万円になる。

しかし、この場合、心理的に、数字として損失額と稼ぎでは損失額が大きく見えてしまう難点がある.「最悪」と同時に「ベスト」の可能性も参照して考えることが良さそうだ。
(3)ベストの稼ぎ=リスク資産運用額×45%
も合わせて考えるといいのではないか。

結局、運用を考えるに当たって「比率」は、複数の運用対象の効率を較べるには便利だが、自分の経済生活にとってのインパクトを考える上では、十分な実感を伴わない。

損や稼ぎの「金額」なら、自分の年収や、生活費と較べることができるので、「±の利回りの率」よりも分かりやすいのではないか。

「利回りの率」を喜びや痛みとして実感するのは、ファンドマネージャーや、運用会社の顧客担当者などの、運用業界人だけかも知れない。

1,000万円の金融資産がある人のリスク資産運用額に対する、1年間の、想定最大損失(の目処)、平均的な稼ぎ、ベストな場合の稼ぎ(最大損失と同等程度に起こりうるベスト)は、以下の表のようになる。

リスク資産運用額と想定される損益の金額

(単位:万円)

リスク資産運用額 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
想定最大損失 -35 -70 -105 -140 -175 -210 -245 -280 -315 -350
期待される稼ぎ 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50
ベストの稼ぎ 45 90 135 180 225 270 315 360 405 450

リスク資産の中身については、何を何%という比率での把握となるが(ここでは、TOPIXのインデックスファンド50%、MSCI-KOKUSAIのインデックスファンド35%、MSCI-EMのインデックスファンド15%、といった内訳を想定している)、これは、ベストに近い効率のパターンを一つ覚えておけばいい。

運用資産全体を何%何に投資するかと発想するよりも、想定される損益の上下限と平均を自分の収入や生活費と較べる方が、一般個人には考えやすいのではないか。

まだ、改良の余地があるかも知れないが、これならかなり簡単かと思うのだが、いかがだろうか。