最高額の資金が動くカタールW杯

「うぉー!」「日本!」「きゃー!」…筆者の家の周辺には、熱狂的なサッカーファンのお宅が複数あります。2018年の大会の時もその前も、そうでした。

 日本代表がゴールを決めるたびに聞こえてくる「歓喜の悲鳴」は、もはや4年に1度の風物詩になっています。

 また、筆者のYouTubeのおすすめ欄に表示される、とある「旅系YouTuber」のチャンネルは、現地から日本代表の試合の模様や、テレビではあまり報じられないであろう、海外から来場した人の宿泊施設の中、スタジアムや宿泊施設周辺の素の模様などを事細かに伝え、見る人のW杯熱をさらに高めています。

 日本代表の躍進により、熱気を帯びるカタールW杯ですが、筆者はそうした熱に飲まれず、どこか冷めた目で試合を見ています。選手たちの躍動ぶりよりも、ピッチ(選手たちがプレーする芝生)周辺に掲示される「広告」に、しばしば目を奪われるからです。

 以下のグラフは、FIFA(国際サッカー連盟)が代表チームやクラブに対して拠出した金額とその内訳です。2022年のカタール大会では、FIFAは10億ドルという巨額の拠出を行いました。

「広告」にロゴが表示されるパートナーとスポンサーは、巨額の費用を投じW杯を支えています。

図:代表チームやクラブに対してFIFAが行った財政的貢献 単位:百万ドル

出所:totalsportal.comのデータをもとに筆者作成

 カタール大会の「賞金」の総額は、前回のロシア大会から10%増え、史上最高の4億4,000万ドルです。報道によれば、優勝国が4,200万ドル、準優勝国が3,000万ドル、3位が2,700万ドルのほか、ベスト8が1,700万ドル、ベスト16(1次リーグ突破)が1,300万ドル、1次リーグで敗退でも900万ドル(約13億円)とされています。

「準備金」は、大会の準備のために動くサッカー協会に支払われる額(カタール大会は7,000万ドル)、「クラブへの給付金」は、ワールドカップでプレーする選手を一時的に開放するクラブに支払われる額(同3億1,000万ドル)、「クラブ保護プログラム」は、代表としてプレーしている最中に負傷した選手への補償としてクラブに支払われる額(同2億2,000万ドル)です。

「クラブへの給付金」と「クラブ保護プログラム」の額はブラジル大会(2014年)から増え始めています。FIFAが、選手を一時的に開放するクラブの負担の一部を負うことで、スター選手が大会に集結することを実現する狙いがありそうです。

 巨額の「お金」が動くW杯。実際に、どのような国のどのような企業が、どれだけの資金を投じているのでしょうか。次より、FIFAのパートナー企業、スポンサー企業の動向に注目します。

中国企業が資金の主な供給源

 以下のグラフは、カタール大会のために、FIFAのパートナー企業、スポンサー企業が拠出した資金の額を示しています(1年あたり。カタールでの開催決定は2010年)。vivo、万達集団(ワンダグループ)、など中国の企業が多額の資金を拠出していることがわかります。

 中国企業の他、コカ・コーラ、Visaなどの米国の企業、カタール航空、カタールエナジーなどの開催国カタールの企業、アディダス(ドイツ)、ヒョンデ モーター(韓国)、Crypt.com(シンガポール)などもあります。

 大会期間中、試合中のピッチ周辺に広告として掲示されるこうした企業たちのロゴは、インターネットでの視聴を含めると50億人とも言われる視聴者の目に入ります。

図:カタール大会に向けたパートナー企業、スポンサー企業の拠出額(年あたり) 単位:百万ドル

出所:raconteur.netのデータをもとに筆者作成

 W杯の競技場を作るために、違法な労働が発生した(人権問題の上に競技場が存在する)可能性があることを、ドイツをはじめ、複数の欧州の国が指摘していますが、このことは欧州の企業が今大会のパートナー企業、スポンサー企業に名乗りを上げなかった一因と考えられます。

 サッカーの最高峰の大会であるW杯のパートナー・スポンサーにおいて中国の企業が支配的であることが、どこか、前回の「逆さから見る民主主義 コモディティ価格はどう動く!?」で述べた、世界全体において、民主的でない国家が支配的になりつつあることと重なるのは、筆者だけではないはずです。

W杯は、かつては西側、今は非西側で回っている

 サッカー発祥の地は「英国」です。そしてその英国は、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドで出場しています。

 四つの地域のサッカー協会はそれぞれ個別に活動しており、FIFAへの加盟も英国としてではなく、個別に加盟しています。(カタール大会でヨーロッパ大陸の予選を通過したのはイングランド、ウェールズの二つ)。

 また、1930年の第1回(ウルグアイ大会)から2018年の前回大会(ロシア大会)までの21回の大会で(1942年と1946年は第二次世界大戦の影響で中止)、3位以内に入った回数が多いのは欧州の国々です(45回、南米17回、北米1回)。

 開催回数が多いのも欧州の国々です(11回、南米7回、北米1回、アジア2回、アフリカ1回)。

 92年間のW杯の歴史を振り返れば、「W杯と言えば欧州」と言えるでしょう。しかし、中国が資金拠出で突出した存在感を示しているとおり、2022年のカタール大会の「欧州色」は、従来よりも強くはありません。

図:W杯のパートナー企業、スポンサー企業数の推移(国別) 単位:社

出所:FIFAなどの資料をもとに筆者作成

 上図は、1986年のメキシコ大会以降の、パートナー企業、スポンサー企業の数の推移(国別)です。

 1990年のイタリア大会、1994年のアメリカ大会、1998年のフランス大会、2002年の日韓大会、2006年のドイツ大会など、1990年代から2000年代前半の大会では、積極的に欧州の企業は資金を拠出していました。日本企業も同様です。

 この間のパートナー企業、スポンサー企業を務めた具体的な企業名(当時の名前含む)は、アルファ・ロメオ(イタリアの自動車メーカー)、オペル(ドイツの自動車メーカー)、コンチネンタル(ドイツのタイヤメーカー)、フィリップス(オランダの電気製品メーカー)、キヤノン、富士フイルム、JVC(日本の電子部品、電気機器会メーカー)などです。(ソニーは2010年の南アフリカ大会、2014年のブラジル大会、セイコーは1982年のスペイン大会、1986年のメキシコ大会でパートナー企業もしくはスポンサー企業を務めた)

 パートナー企業、スポンサー企業で「欧州」が目立っていたわけですが、2014年のブラジル大会あたりから、中国企業の参入が目立ち始め、様子が変わります。

 vivo(スマホメーカー)、万達集団(金融、不動産などの複合企業)、蒙牛乳業(乳製品メーカー)、ハイセンス(電気機器メーカー)、英利(太陽電池メーカー)などが名乗りを上げたのです。

 中国企業の参入、そして今大会ではByju's(インドのオンライン学習関連企業)などの参入もあり、もはや「欧州」の影響度は低下傾向にあると言わざるを得ません。W杯はどんどんと「非西側化している」と言えるでしょう。

 それは非西側の影響力が強まり、相対的に西側の影響力が低下していることを意味します。両者の間には「分断」があります。

「分断」はスポーツの大会だけではない

 西側の影響力が低下し、「分断」が生じているのは、W杯だけではありません。ウクライナ情勢をめぐる国連決議でも起きています。

 以下は、11月14日に行われた国連決議「ロシアに対してウクライナ侵攻による損害の賠償を要求」の結果です。

 193カ国中、西側を中心とした94カ国が賛成(ロシアを否定)しましたが、99カ国(反対13カ国+棄権74カ国+未投票12カ国)が、ロシアを否定しませんでした。99カ国の内訳は、「ロシアと隣接するアジア諸国の一部」、「OPECプラス」「旧ソ連諸国」「南米・アフリカの鉱物資源国」です。

図:国連決議(11月14日)「ロシアに対してウクライナ侵攻による損害の賠償を要求」

出所:国際連合などのデータをもとに筆者作成

 もともとロシアになびきやすい国、化石燃料が重要な収益源で西側が提唱する「脱炭素」を受け入れにくい国、独裁色が強く西側が推進する「人権重視」を容認しにくい国などです。

 つまり、細かい文脈は異なれど、「西側と考えが合いにくい国」が、国連決議の場で「非西側」を表明しているのです。

 スポーツの世界でも、ウクライナ情勢をめぐっても、「西側」と「非西側」の分断が目立っています。

「分断」起因の金相場への上昇圧力は長期化か!?

 スウェーデンのヨーテボリ大学のV-Dem研究所が公表する、自由民主主義指数の状況を確認すると、すでに世界は2分割されているように見えます。

 青が濃いほど自由で民主的であり、赤が濃いほどそうでないことを示しています。(行政の抑制と均衡、市民の自由の尊重、法の支配、立法府と司法の独立性など、自由・民主主義的な傾向を示す複数の側面から、このデータは計算されている)

図:自由民主主義指数(2021年)

出所:V-Dem研究所のデータおよびMapChartをもとに筆者作成

 W杯と国連決議で、「非西側」に回っている国々の多くは、赤やオレンジの国々、つまり「民主的でない」国々です。

 W杯と国連決議の状況はほんの一例にすぎず、もはや世界全体としては「分断」が鮮明になっていると言えるでしょう。(世界全体として分断が起きているから、W杯や国連決議でも分断が起きている)

「黒い悪」を絶滅させるため、強力なルールを作ると、何が起きるでしょうか。そのルールにしばられない「グレーな悪」が誕生し、また別の軋轢(あつれき)が生じます。

 西側がやろうとしている「民主化」や「脱炭素」は、白(純粋な状態)を目指す行為だと言えるでしょう。かえってその行為が、「非西側」を生み、団結を強めている可能性があると、筆者は考えています。

 今、分断を解消するために役立つ第三者を探すことすら困難な状況にあるため(国連も機能不全状態)、分断は長期化する可能性があります。金(ゴールド)相場への、分断起因の上昇圧力は、長期化する可能性があると筆者は考えています。

[参考]積立ができる貴金属関連の投資商品例

純金積立・スポット取引:金(プラチナ、銀)

投資信託(一例):

ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)

ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)

三菱UFJ 純金ファンド

海外ETF(一例):

SPDR ゴールド・ミニシェアーズ・トラスト(GLDM)

iシェアーズ・ゴールド・トラスト(IAU)

米国株(一例):

バリック・ゴールド(GOLD)

アングロゴールド・アシャンティ(AU)

アグニコ・イーグル・マインズ(AEM)