企業経営の流行語「ウェルビーイング経営」

 企業経営にはいろんな流行語があります。最近話題となっているものの一つが「ウェルビーイング経営」です。

 自社の利益だけではなく、関係者の幸せを広く追求する考え方で、顧客、取引先、社員など広範囲で考えます。

 もちろん社員の幸福度や満足度は結果として会社の生産性や業績を引き上げるものとして重要視されます。

 社員が心身共に健康であり、また社会的にも充足し幸福感を感じているだろうかと問うわけですが、それは企業の経営効率にも大きく影響してきます。

 人生に幸福感を感じている、あるいは会社に対するロイヤルティーの高い社員のほうが、生産性が高いというのはそうかもしれないな、という印象を持ちます。

 しかもそうでない人材と比べて生産性に30%以上の差がつくという具体的な数字がついてくれば話は違ってきます。経営者の目の色が変わってくるわけです。

 離職率に至っては、幸福度の高い社員はそうでない社員と比して60%近く減少するいというデータもあるそうで、企業経営者は社員のウェルビーイングをどう向上させるか躍起になっています。

 でもまあ、ブラック企業がなぜ(長時間の労働はさせているのに)生産性が低いのかといえば、その根源的な理由は疲弊感に伴う社員のやる気のなさ、低賃金に伴う満足感の低下にあるわけですから、企業が社員のことを思いやれば、結果として会社にもプラスになる、という当たり前のことが再評価されているといえます。

個人にとっても幸福は重要な概念

 さてこの課題、経営者だけが盛り上がって終わらせるのはもったいないように思います。経営者が社員の幸せがどうこうというなら、その社員自身の目線で考えるウェルビーイングもセットで必要となるからです。

 いってみれば「パーソナル・ウェルビーイング」といったところでしょうか(もともとパーソナルなテーマですが)。

 前野隆司さんの「幸せのメカニズム 実践・幸福学入門」(講談社現代新書)は、個人の幸福についての研究の基本を押さえる好著だと思いますが、幸せの要因はたくさんあるとしつつも、四つの因子にまとめて紹介しています。

 そこでは「やってみよう!」「ありがとう!」「なんとかなる!」「あなたらしく!」のような言葉が並んでいます。巻末資料では48項目の幸せに影響を与える要素が紹介されていますが、あまりお金に関係がないキーワードのように思えるかもしれません。

 しかし、ウェルビーイングの問題をお金の問題抜きで考えるわけにはいきません。

 家族と愛情が深い関係に満たされていても貧困状態でかつ無職ではなかなか幸福感を感じることができませんし、夢を実現するための資金不足で諦めることになればそこには喪失感が生じるでしょう。

 私たちのウェルビーイングの問題はお金の問題と密接にリンクしています。「ファイナンシャル・ウェルビーイング」というわけです。

お金は全てではない。しかし幸福を確保する重要な手段の一つ

 ダニエル・カーネマンといえばノーベル経済学賞受賞者として有名ですが、彼の研究結果の一つに「感情的幸福」と年収の関係を示したものがあります。

 年7万5,000ドルを超えるまでは年収増が幸福の増とほぼ比例するのに対し、それを上回ると比例しなくなる(上昇しなくなる)というものです。調査当時のレートを勘案して前著では年収1,000万円くらいとみています。

 これは不思議なようですが、具体的に考えれば納得がいきます。年収200万円から400万円へのステップアップ、あるいは400万円から600万円へのステップアップは生活の安定、消費欲の充足などが次々に実現し「年収増=満足度増」となります。

 一方で1,000万円を超えたあたりからは税や社会保険の負担も増し、欲しいものはおおむね手に入り、「年収増=満足度増」の公式は崩れていくということになるわけです。

 幸せや生活の満足は全てがお金で買えるものではありません。これは人生において重要な点です。一方で、幸せや生活の満足を得るために、お金が必要になる局面も多々あります。

 子どもにおいしいものや欲しい服を買ってあげて喜ぶ顔を見たいとか、「スプラトゥーン3が発売されたから買ってほしい」とゲームソフトをねだられたとき、それくらいの予算を出してあげられるほどの余裕はあるかなど、少なからず家族の幸福度は金銭がまかなっています。

 住宅の購入や子の高校・大学進学費用の捻出なども最終的には予算の問題です。満足のいく家を手に入れられるかは頭金の準備と返済能力に大きく依存します。

 老後のゆとりや豊かさも、「年に一度、10万円程度の旅行予算を捻出できるのでメリハリをつけて楽しめる」のと、「旅行も行けず、孫のプレゼントもあまり出せず、家からほとんど出ずにすごす(そしてそれを悔やむ)」のとでは幸福度にも違いが出てきそうです。

 もちろん、いずれも「お金がないなりに幸せな人生を選ぶこともできる」ということもできますが、自分が何か望むことがあって、そこに予算が必要であればやはりマネープランがあなたの幸福度・満足度を左右することになるはずです。

資産運用はあなたの幸福を勝ち取る選択肢

 ウェルビーイングの問題を意識することは、あなたのマネープランを「生きたプラン」にすることでもあります。

 しばしば節約だけを鬼のように指摘するFP(ファイナンシャル・プランナー)がいますが(趣味予算ゼロ、車は売却、お菓子も買っちゃダメなど)、これは赤字転落家計を黒字化するのには有効ですが、普通の家庭では幸福度を下げてしまうリスクもあります。

 むしろ消費をバランスよく組み入れ、満足度を高める支出を設定することも重要だというヒントがウェルビーイング目線から得られるように思います。

 私は基本的にオタク気質なので、趣味や生きがいに回すお金が人生の満足度を高めることはよく分かります。趣味や生きがいの予算についてコスパは意識することをすすめても、出費ゼロを求めることはありません。

 支出をコントロールする目的を「満足度の最大化」「幸福を最大限に獲得する方法」と考えてみることで、新しいマネープランにつながってくるのではないでしょうか。

 そして、資産運用の意義もそこに見いだせるように思います。期待リターンを高めることで資産形成のスピードを増すことができますが、そこから獲得できる幸せの総量を多くすることにもなります。経済的安心とそこから獲得できる消費に伴う満足が増やせるからです。

 同時に、あまりにもメンテナンスの手間がかかりすぎる投資手法やリスクの高すぎる投資手法は、日常生活のストレスを高め、結果として人生の満足度を下げてしまう恐れもあります。

 私は、ごく普通に働く会社員世代における投資手法は、iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)やNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)を通じた長期積立分散投資に尽きると思っていますが、これは「目の前の幸福度」と「未来の幸福度」をバランスよく獲得することができる運用の選択肢であるからなのです。

 さて、いくつかのヒントを並べてみました。

 あなたのいつも通りの家計支出や資産運用方針を少し変えてみると、人生全体の幸福度や満足度がちょっと高まるかもしれませんね。