先週は約9円円高に!再び円安も143円が攻防ライン

 先週10日に発表された米国の10月のCPI(消費者物価指数)が市場予想を下回ったことを受けて、ドル/円は10~11日の2日間で約8円の円高に動き、久々の大相場となりました。この値幅は1998年10月に、*米ヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の破綻によって、**円キャリー取引が急速に巻き戻され、一日で10円の円高に振れた時以来の大きさです。

*LTCMの破綻...1997年のアジア通貨危機と、そのあおりを受けて1998年に発生したロシア金融危機(ロシア通貨暴落と国債の債務不履行)に起因し、高いレバレッジをかけたデリバティブ取引などの巨額ポジションに想定外の損失が発生したことで、世界のマーケットに大きな影響を及ぼしました。ノーベル経済学賞の受賞者や著名人などを集めた「ドリームチーム」の運用といわれていたが、予測が完全にはずれ破綻。ドル/円は136円台から4日間で115円台に下落し、約20円の円高となりました。

**円キャリー取引…低金利の円を借り入れて、高金利の外国の通貨に交換して、高利回りの資産で運用する取引。円キャリー取引の巻き戻しとは、円を借りて投資した資産を売却し、外貨を円に戻すこと。円高の要因になります。

 1週間でみると、先週は最大で約9円の円高となり、リーマン・ショックが起きた翌月の2008年10月に約11円50銭の円高に動いた時以来となります。長年マーケットに携わってきたベテランディーラーやファンドマネジャー、エコノミストにとっては、LTCM破綻やリーマン・ショック以来と聞くと、相当の円ショートの巻き戻しがあったのではないかと想像できると思います。

 投機的なポジションの参考となるIMM(米シカゴの通貨先物市場)の円ショートポジションは、150円を超えてからもまだ積み上がる余地があるとの見方がありましたが、IMM以外で相当の円ショートが積み上がっていたということかもしれません。

 10日、11日の値動きをみていますと、145円以下では売りと買いがぶつかりながら下がっていき、止まって反発してもすぐさま売りに押されるという展開でした。

 140円を割ると、ストップオーダーのドル売りによって一気に138円台まで下がりましたが、138円台では再び買いが入ってくるような動きでした。今週はドル/円の反発が予想されますが、140円台を回復し、どの程度まで反発するのかが注目です。

 米国の10月CPIの前年同月比の伸び率は7.7%となり、前月9月(8.2%)と市場予想をともに下回りました。6月の伸び率9.1%をピークに4カ月連続で鈍化し、8カ月ぶりに8%を割り込みました。

 この結果を受けて、米国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)が12月に開くFOMC(米連邦公開市場委員会)で利上げ幅を0.75%ではなく、0.50%に抑えるとの期待が高まりました。ただ、0.50%に縮小しても依然、米国の物価は高水準であるため、日米金利差や金融政策の違いによって再び円安に動くとの見方が根強いようです。

 しかし、これまでに積み上がってきた円売りポジションがまだ残っているとみられ、そのポジション解消のための円買いが出やすく、145円超えまでには相当上値が重たくなってくると見込まれます。145円に行くまでに143円台がドル/円の攻防ラインになるのではないかとみています。

米長期金利やウクライナ地政学リスク拡大に留意を

 138円台まで円高になったのは8月以来ですが、8月の米10年債利回りの水準は3.1%台でした。そして先週、138円台を付けた時の米10年債利回りは3.8%台でした。

 為替相場は同じ138円台ですが、米10年債利回りの水準に開きがある状況となっています。どちらかがオーバーシュート(過剰な動き)しているのか、あるいは期待と思惑を取り込み過ぎているのかもしれません。

 米10年債利回りが3.8%台というのは高すぎる水準ではなく、伸びが鈍化したとはいえ高止まりしたままの米物価水準に見合ったものなのかもしれません。

 そうだとすれば円高が行き過ぎており、ドル/円は3.8%に見合った円安水準まで戻るのかもしれません。逆に3.8%が高すぎるのであれば、ドル/円(ドル安)の水準に合わせて長期金利の方が下がっていく可能性もあります。

 別の言い方をすれば、利上げペースが鈍化するとのハト派的な見方が勝れば米長期金利が下がり、逆に、ペースは鈍化しても利上げはこれからも続くとのタカ派的な見方が勝れば、再び円安に動き出すということになる可能性もあります。

 米国の10月PPI(生産者物価指数)が15日に発表され、前年同月比8.0%の上昇にとどまりました。前月水準と市場予想ともに下回ったことからドル/円は139円台半ばから137円台半ばに円高が進みました。米10年債利回りは3.7%台半ばに低下しましたが、ところがドル/円が139円台に戻ると、3.8%手前の水準に戻りました。

 10月のCPIやPPIの伸び率が抑えられたことで、FRBによる12月の利上げは0.50%になるとの見方が市場ではかなり織り込まれました。ただ、高水準の物価が今後も続くのであれば、2023年の利上げのペースや上げ幅、さらに利上げがいつまで続くかといった点に注目度が高まってきます。したがって、ドル/円の上値が重たくなっても、12月に発表される経済指標の内容を見極めるまでは、一段のドル安は期待できないかもしれません。

 また、12月のFOMCまでにFRB高官の発言にも注意が必要です。マーケットがあまりにも楽観的になり過ぎると、金融引き締めによる物価抑制の効果が薄れることを警戒し、高官たちからタカ派色の強い発言が相次ぐかもしれません。

 例えば、利上げペースは鈍化しても、依然物価は高いため2023年中も利上げは続けるなど、息の長い利上げ局面を示唆する可能性もあります。

 一方で、15日の夜、衝撃のニュースが世界に流れました。「ロシア製のミサイルがポーランドに着弾し2人死亡」と懸念されていたことが起こりました。

 ポーランドはNATO(北大西洋条約機構)加盟国です。加盟国への攻撃はNATO全体への攻撃とみなされ、NATOがロシアへの報復に乗り出す可能性があります。ロシアは関与を否定し、米国も慎重な動きをしているため、ロシアには何のメリットもない欧州全面戦争には至らないと思いますが、欧州の地政学リスクが高まったことには留意が必要です。

 そうした地政学リスクと12月のFOMC、一本調子で円安が進んだ10月までとは異なった展開に変わる可能性もあるため、相場シナリオについては柔軟な姿勢で臨む必要がありそうです。