※本記事は2020年11月4日に公開したものです。
「運用相談」で答えるべきこと
本連載を読んでくれている方は、他人よりも運用に詳しいだろうから、友人などに運用に関して相談される場合があるのではないだろうか。
運用の相談にはさまざまなレベルがあり、持っていたり、これから買おうと考えていたりする運用商品について意見を聞きたいだけというケースもあるだろうし、運用資産全体の状況を明かして「これをどうしたらいいだろうか?」と相談するような本格的なものもあるだろう。
今回は、後者の運用全体に関する相談に対する回答手順をご提案・ご説明する。
尚、個別の運用商品に対する質問は、その運用商品に投資家が1年間に支払う手数料が明確に0.5%以内に収まっていないものを全て排除する「0.5%ルール」に従って答えたらいい。
0.5%よりも手数料の高い投資信託は遠慮なく「ダメだ」と言うといいし、貯蓄性の生命保険や仕組み債券のように実質的な手数料が分からないものについても「止めておけ」あるいは「早く解約する方が合理的だ」とアドバイスしていい。
運用相談で何が大切か
さて、相談者の運用ポートフォリオ全体に関する運用相談では、以下の3点が大切だと筆者は考えている。
(1) 相談者の周囲の「人間のリスク」を適切に取り除くこと。
(2) 自分にとって適切なリスクの水準を相談者が理解して納得すること。
(3) リスクに対してリターンの高いポートフォリオを示すこと。
先ず、自分の運用について相談する人は、それまでに他人から不適切な影響を受けている場合が多い。たとえば、銀行などの対面営業の窓口で勧められた手数料の高い投資信託を持っていたり、FP(ファイナンシャル・プランナー)に勧められた生命保険を良い資産運用だと誤解したりしている場合がある(FPには保険会社からお金が支払われる場合が少なくない)。おそらくは、本人も「これでいいのだろうか?」と感じて友人などに相談するのだろう。
また、個人が自分の運用を最適な状態にするために最も重要な決定は、どのくらいの大きさ(=リスク資産への投資金額)のリスクを取るのかであって、いわゆるライフ・プランニングと資産運用はこの一点で結びついている。
「お金」は、使途は後から自由に決めていいし、大きすぎても邪魔にならないものなので、誰でも最も効率的に増やすといい。運用する人の年齢、経済力、性格、境遇などで、適切な運用商品が異なることは基本的にはない。個人の資産運用の課題は、最も効率の良い運用方法で、適切な大きさのリスクを取る運用を行うことに集約される。
もちろん、運用の相談にあっては、相談者にとって適切な大きさのリスクを取りながら、最も効率(リスクに対するリターンの効率)のいい運用の方法(適切な運用対象とそれらへの資金の適切な配分比率)をアドバイスするべきだ。
コンサルティングやアドバイスは、先ずは内容の正しさが大事だが、同時に相談者が納得して具体的な行動の改善につなげられることが大切だ。
相談者の納得と行動改善につながる運用アドバイスとして、以下のような手順をお勧めしたい。
(1)現状のリターン、リスク、コストの把握
(2)現状のリスクでのリターンの改善案
(3)相談者にとって最適なリスクの大きさの決定
(4)最適なリスクの下での効率的運用の提案
以下、それぞれのステップを順にご説明する。
(1)現状のリターン、リスク、コストの把握
現状の相談者のポートフォリオの、期待リターン、リスク、コストをそれぞれ把握して、大まかな問題点・改善点を指摘することから始めるのがいいだろう。
この場合、はじめの把握は、期待リターンの場合、今なら内・外株式の期待リターンが5%(年率)、内・外の債券の場合0%というくらいの大まかな把握から話し始めるといい。期待リターンとリスク(特に想定される最大損失額)について、大まかに把握して説明しよう。
次に、それぞれの資産に対して同じ前提条件を使いつつ、運用商品の手数料や税金を考慮した「手取りベースでの期待リターン」を伝えよう。はじめに聞いた期待リターンとの差から手数料がどれほど重荷になっているかを理解して貰うことが有益だ。
加えて、相談者が取引金融機関別に、過去1年に幾ら手数料を払っていたかを集計してみるといい。この段階で、少なからぬ相談者に対して、自分自身が金融機関の上客(俗語では「カモ」などと呼ばれる)になっていたことに気づかせることができるだろう。「同様の内容の運用商品でもっと手数料の安いものがある」ということを伝えて、相談者が現在までどれだけ無駄な手数料を支払っていたかを指摘するといいだろう。
金融機関のセールスマンに取り込まれて半ば言いなりになるなどの不適切な事例は、相談者が支払っている手数料の行き先を見ると、早くキャッチできることが多いだろう。
読者には、「金融機関別支払い手数料集計」を、自分自身に加えて、自分の親御さんのポートフォリオについて行ってみることを強く勧めたい。「これは、まずい!」と気づくケースが少なくないはずだ。
(2)現状のリスクでのリターンの改善案
現状で相談者が抱えているリスクと同等のリスクで、どれだけ手取りの期待リターンの改善ができるかを具体的に相談者に示してみよう。相談者は、「現状から損を幾ら改善できる状態にあるのか」に気づくだろう。
現状のリスク水準でのリターンの改善策には以下のようなものがある。
- アクティブファンドや多分配型(毎月分配や奇数月分配)の投資信託の高い手数料を手数料が低廉なインデックスファンドに入れ替えて改善する。
- 外貨預金、外国債券、外貨建て生命保険など、リスクがあるのに国内債券よりも期待リターンが高いとは言えない資産について、そのリスクをインデックスファンドに振り替える。
- 分散投資されていない個別株式(期待リターンは基本的に市場平均と同じ)のリスクを同等の大きさのリスクでインデックスファンドに振り替える。たとえば、社員持ち株会で自社株に大きな金額を投資している人に有効。
- 確定拠出年金(企業型、iDeCo[イデコ:個人型確定拠出年金]共に)、NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)、つみたてNISA、などの未利用や、利用しているにもかかわらずバランスファンドなど運用益に関する税制優遇を十分活用できていないケースの改善。
(3)相談者にとって最適なリスクの大きさの決定
(1)、(2)は言わば相談者の現状の間違いを添削するような確実な改善のアドバイスであったが、現状のリスクの大きさが相談者にとって適切であるとは限らない。相談者にとって適切なリスク額をあらためて確認することが大切だ。
いわゆるライフ・プランニングと運用のアドバイスが接するのはこの一点であり、相談者自身が納得するリスク資産投資額(「率」ではなく「額」で考えることが適切だ)を効率的な話し合いの下に求めたい。
リスク資産への投資額の決定に際しては、悪いケースでの損失額を許容できるか否かの判断と、内外の株式(インデックスファンド)に投資して5%程度の期待リターンがどの程度魅力的であるかを検討する必要がある。
特に前者の検討にあっては、損失額を「360万円」(老後の30年に毎月1万円ずつ取り崩せる資産額は360万円だ)で考えてみたり、あるいは、投資の損失を現役時代の貯蓄(つまりは消費の我慢)と老後の生活費でどう吸収できるかを「人生設計の基本公式」で計算してみたりすることを通じて、相談者が納得できる答えを出したい。
尚、運用のリスクについては、若年者は将来の自分の稼ぎを現在価値で評価し「人的資本」の価値が潤沢であることから、高齢者に関しては将来必要な支出の額が限定的に捉えやすいことから、「案外大きなリスクを取っても平気であること」が多いことを付記しておく。
例えば高齢者の場合だと、資産の3分の1を失っても、老後の生活費その他が十分まかなえると分かっていれば、リスク資産への投資を恐れる必要性は乏しい。相続人とも話し合って、最晩年まで効率的な運用を続けて構わない。
(4)最適なリスクの下での効率的運用の提案
相談者にとって最適なリスク投資額が決まると、運用の大まかな全体像として、現状では、リスク資産は内外の株式のインデックスファンド(比率は半々ないし、外国株6割国内株4割)に投資し、リスクを取りたくない運用部分があれば個人向け国債変動金利型10年満期と「一人一行1,000万円」以内の銀行預金(ネット銀行を含む)で運用するといい。
加えて、確定拠出年金(企業型、iDeCo共に)をなるべく大きく利用することや、NISA、つみたてNISAをできる限り利用することと、これらの口座での運用が運用益にもたらす非課税の税制メリットを活かすために、期待リターンが高いリスク資産の運用をこれらの口座の中にある資産に集中すべきことなどをアドバイスすると、相談者の運用全体の期待リターンを高めることができる。
今回示したように応えられると、相談者にとって納得的で且つ役にも立つだろう。相談に応ずる可能性のある読者は、こうした「手順」をマスターして欲しい。
【コメント】
運用の相談に答える「一般的な手順」については、理論・実践両面から納得できる十分確立された手順が存在していないように思う。古くからある相談は、ライフプランから個別のライフイベントや利用できる制度に基づいて、個々の資金使途に対して行われているようだが、もっと運用の改善にはっきり特化した相談と問題解決の提示手順があっていいと思う。本稿は、そのための初期の論考の一つだ。プロのアドバイザーの方々には、本稿を踏み台にして、是非「この先」を考えてみて欲しい。
現時点で思うに、運用の相談は、(1)支払手数料の最適化(同じ運用内容で手数料を下げる)と金融機関との付き合い方のチェック、(2)現状のリスク水準でのリターン改善案の提示、(3)相談者にとって最適なリスク水準のコンサルティング、(4)最適なリスクに於けるベストなリターンが得られる運用選択肢の提示、といった手順になると考えるが、これに加えて、(5)複数の運用アカウント(企業型DC、iDeCo、各種のNISA、証券・銀行等の一般の課税口座)の最適な利用方法の提案と、(6)親や子供の運用との連携の余地(「2世代運用」が有望なケースがある)などもアドバイスしたい。
(1)〜(6)を通じて、運用をどれだけ改善できたかは金額で示せる理屈なので、プロのアドバイザーもこの手順に沿ってアドバイスを提供して、顧客に「正当な対価」(一般的な時間当たりの相談料よりももっと大きな報酬を要求してもいいのではないだろうかと筆者は常々思っている)を請求していいのではないだろうか。(2022年11月15日 山崎元)
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