党大会に向かう中で充満していった「ゼロコロナ」緩和への渇望

 いろいろあった中国共産党第20回全国代表大会(以下「党大会」)が閉幕し、新指導体制がお披露目となって早くも2週間以上が過ぎました。新常務委員が中国共産党の革命にとっての「原点」である陝西省延安を視察したり、上海で中国国際輸入博覧会を開催したり、ドイツのショルツ首相による訪中を受け入れたりと、新指導体制は、政治、経済、外交といった分野を超えて、本格的稼働を開始したように見受けられます。

 そんな中、「ポスト党大会」という文脈で、私が最も注目するのが、物議を醸(かも)してきた「ゼロコロナ」策の動向と行方です。各国政府、市場関係者の関心も高いのですが、それらに対して、誰よりも期待と渇望を抱いてきたのが14億人の中国人民に他ならないというのが私の認識です。

 私自身、コロナ禍における中国で生活したことはないので、徹底したロックダウンや、実質強制的に頻繁に受けさせられるPCR検査といったゼロコロナ策が、どれだけ厳しく、人民にどれほどの苦しみを与えるものなのかを肌感覚で理解できません。一方、中国の知人たちと連絡を取り、彼ら・彼女らの心の嘆きを傾聴する限り、「もう我慢の限界」、「やることなすことが極端すぎる」、「このままでは経済も社会も崩れる」、「体制として持たないのではないか」といった声が普遍的であるように見受けられます。

 8月30日の中央政治局会議を経て、党大会が10月16日に開幕すると発表されて以降、中国における異なる職業、年齢、性別、地域の知人に対して一つの質問を投げかけてきました。

「今回の党大会に最も期待することは何か?」

 返ってきた答えのほとんどが「コロナ禍が終わり、元のように生活、活動できること」に関する内容でした。「PCR検査のない生活がしたい」、「以前のように海外旅行に行きたい」、「自由に移動や買い物がしたい」といった声です。

 私自身、10年以上の日々を中国本土で過ごした中で、中国における政治と生活の関係を実感する場面に出くわしたことがあります。大ざっぱにいえば、政治の季節における人々の生活は制限される、というものです。交通、経済、言論など多岐にわたる分野が、上からの統制に見舞われるのです。人々がそこに我慢と忍耐を示すのは、政治の季節が過ぎ去れば、また元に戻るという経験値を持っているからです。

 だからこそ、コロナ禍で極めて制限された生活を3年間も送ってきた中国人民(中国で暮らす多くの外国人も当然含む)は、党大会後の「ゼロコロナ」緩和、あるいは解除に期待を寄せたということでしょう。

11月5日の当局記者会見への期待と落胆

 11月5日、日本の厚生労働省におおむね相当する中国国家衛生健康委員会が記者会見を行いました。このニュースが公表されると、人々は、党大会を経て、コロナ禍における各種政策を実行する当局である同委員会が、新指導部の意向と方針を受けて、「ゼロコロナ」策の緩和、あわよくば実質解除に踏み切るのではないか、という期待が広まりました。SNS上で出回ったうわさや情報を根拠に、市場においても緩和への期待が高まった形跡も見られました。

 ふたを開けてみると、会見の司会を担当した同委員会の報道官が、冒頭で「海外からの輸入を防ぎ、国内におけるリバウンドを防ぎ、動態的ゼロコロナを堅持するという総方針は揺るがない」と高らかに宣言しました。基本的には現状維持ということであり、従来の政策が中国の国情に最も符合するという認識と立場に変化は見られない、要するに、党大会前後で「ゼロコロナ」策は根本的に変わらないということです。世論や市場の落胆は顕著でした。

 直近の中国におけるコロナ感染者数を整理してみました。

日時 新規感染者数 新規感染者数(無症状)
11月2日 581人 2,791人
11月3日 757人 3,288人
11月4日 657人 3,180人
11月5日 588人 4,022人
11月6日 569人 5,074人
11月7日 890人 6,801人
11月8日 1,346人 6,989人
中国国家衛生健康委員会の発表を基に筆者作成

 同委員会が会見で指摘するように、この期間、広東省、河南省などでクラスターが発生し、感染拡大が見られます。上の表で示したように、直近の8日に感染者数が明らかに増えている現状を考えれば、当局としては引き続き、対象地域に対するあらゆる制限措置を検討、実行していくのが必至でしょう。

 一方で、会見の目的が、中央政府として、実際の感染拡大抑止策を請け負う地方政府に対する警告と、市場や世論に対する慰めを発信することにあったと私は見ています。

 例えば、次のようなコメントです。

「一部地域において、感染拡大の解決を巡り、乱暴、極端に、あらゆる制限措置を重ねるような状況が見られる。例えば、隔離場所で料金を取るようなやり方。貴州省卒節市、四川省南充市で見られた。また、感染拡大の有効な管理と抑制の代わりに都市封鎖をするようなやり方。河南省鄭州市で見られた…これらは、科学的に、照準を合わせてコロナ禍を管理した上で、経済成長との協調を効率よく図るという中央政府の要求に深刻に違反する、形式主義的、官僚主義的なやり方である」

 その上で、中央政府の方針に従わず、一方的に都市封鎖をしたり、人々の移動、外出、生活を制限する地方の政府や担当部署、役人に対して厳しい処罰を与えると主張しています。

「ゼロコロナ」はいつまで続くのか?経済への影響は?

 中央政府としても、前述した人々の不満、および緩和への期待を自覚し、それらの不満が全国的に蓄積され、社会不安が充満し、反体制的な動きにつながる事態を警戒しているのが現状だと見受けられます。だからこそ、地方政府の横暴は断じて許さず、これまで以上に機動的、柔軟な感染拡大防止策を打ち、国民経済、生活への悪影響を最小限にとどめるという立場をかつてないほどに打ち出しているのだと思われます。

 全国各地における感染拡大防止策を具体的に実行してきたのは各地方の政府であり、多くの人民が不満をあらわにしてきた対象も各地方の役人たちであるのは事実ですが、一方で、地方政府が、人々の不満を痛感しつつも、「感染者数ゼロ」にこだわり、それを目標に動く最大の理由は、3期目入りした習近平(シー・ジンピン)総書記が、「ゼロコロナ」を政治的に正当化してきた経緯があるからに他なりません。習氏に絶対的な権力が集中し、そこに歯向かうことが許されない中、中央政府における担当当局がどれだけ呼びかけようが、地方政府を統括する為政者たちが、習氏が正しいとする方針に従わないことはあり得ません。

 そして、残念ながら、この傾向は続くものと見ています。来年3月に開催予定の全国人民代表大会(全人代)後に大々的な緩和策が打ち出されるという声も聞こえてきます。実際はどうなるのか、現時点では私にも確かな情報はありません。

 習氏によって正当化されてきた「ゼロコロナ」策が、これまでよりは機動的、柔軟になり得るとはいえ、もうしばらく続くという前提で、中国の動向を見て、付き合っていく必要があると思われます。

 言うまでもなく、生産、消費、物流などを含め、経済活動に対する影響は回避できません。党大会を経て、「ゼロコロナ」策こそが、中国経済にとっての最大の不安要素という構造は変わらないといえます。

マーケットのヒント

  1. 中国人民が党大会後に最も期待していたのが「ゼロコロナ」策の緩和であった
  2. 中央政府は地方政府による安易で根拠のない都市封鎖や制限措置を容認しない見込み
  3. 「ゼロコロナ」という方針は揺るがず、中国経済への足かせとなりリスクは軽視できない