GPIFとKKR
公的年金としては、厚生年金と国民年金を合わせた、ざっと120兆円の資産を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(通称「GPIF」)が有名だ。GPIFは有識者による運用委員会の議事や資料をかなり公開しているので、個人投資家がアセット・アロケーションに使うリスクのデータに、GPIFが使っているものを利用する事がしばしばある。筆者も、本連載でGPIFのリスク・データを使ったことがある。
ところで、公的年金の運用組織はGPIFだけではない。たとえば、約8兆4千億円の運用資産残高があり、国家公務員の年金を運用する、国家公務員共済組合連合会(通称「KKR」)がある。筆者は、この組織の運用委員会の委員を務めている。
KKRでは、平成22年度に基本ポートフォリオの変更を行った。KKRは、基本ポートフォリオの作り方において、何点かGPIFと異なる方法・考え方を用いているが(たとえば年金の資産と負債との相対的なリスクをリスクと見て最適化している)、リスクと期待リターンを使ってポートフォリオを作る点は両者共通だ。
ところが、KKRが使っているリスクのデータは、GPIFのものとは大きく異なる点がある。
GPIFの現行の基本ポートフォリオは、現在、2004年度に策定されたものを、2009年度を超えても暫定的に利用することになっていて、1973年から2003年のデータから計算されたリスク値だが、たとえば、国内債券、国内株式、外国株式について、以下のような数値だ。
リスク | 相関係数 | ||
---|---|---|---|
国内債券 | 5.42% | 国内債券と国内株式 | 0.22 |
国内株式 | 22.27% | 国内株式と外国株式 | 0.25 |
外国株式 | 20.45% | 外国株式と国内債券 | -0.01 |
これに対して、2000年以降2009年12月までの収益率データを使い、定性的な判断を加えたKKRのリスク・データは、以下のようなものになっている。
リスク | 相関係数 | ||
---|---|---|---|
国内債券 | 2.0% | 国内債券と国内株式 | 0 |
国内株式 | 18.4% | 国内株式と外国株式 | 0.7 |
外国株式 | 19.5% | 外国株式と国内債券 | 0 |
私見だが、30年以上前のデータを最近のデータと等ウェイトで評価するGPIFのリスク推定には現実的でない面があるように思う。たとえば、国内債はかつての大幅な金利変動を反映して5%を超えるリスク値になっているが、これは当面数年のリスク値として過大であるのではないか(もちろん、そうでない可能性もあるが)。
一方、KKRは株式と債券の相関(時期の取り方によって符号まで含めて変動して不安定だ)を0に割り切る一方、近年連動性を強めている印象の内外株式については0.7と大きめの相関係数を想定して保守的(分散効果を小さく見積もっているという意味で)な値を使っている。
もちろん、参考にした時期が異なるので、株式のリスク値の大きさにも違いがある。
リスクのデータを変えてみる
では、異なるリスク値で同じポートフォリオを分析するとどうなるだろうか。「国内債1%、国内株6%、外国株8%の期待リターンを想定し、国内債40%、国内株式25%、外国株式35%のポートフォリオを持っている架空の投資家のポートフォリオを二つのリスク・データで見てみる。
先ず、GPIFのリスク・データを使ってみよう。
GPIFのリスク・データによるリスク計算
アセットアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用
資産名 | ウエイト(%) | 期待リターン | リスク | Imp.Ret |
---|---|---|---|---|
国内債券 | 40.00% | 1.000 | 5.42 | 0.756 |
国内株式 | 25.00% | 6.000 | 22.27 | 7.331 |
外国株式 | 35.00% | 8.000 | 20.45 | 7.328 |
合計 | 100.00% | 4.7000 |
相関係数
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 1 | 0.22 | -0.01 |
国内株式 | 0.22 | 1 | 0.25 |
外国株式 | -0.01 | 0.25 | 1 |
分散共分散
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 29.3764 | 26.554748 | -1.10839 |
国内株式 | 26.554748 | 495.9529 | 113.855375 |
外国株式 | -1.10839 | 113.855375 | 418.2025 |
次にKKRのリスク・データを使って、同じポートフォリオを見てみよう。
KKRのリスク・データによるリスク計算
アセットアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用
資産名 | ウエイト(%) | 期待リターン | リスク | Imp.Ret |
---|---|---|---|---|
国内債券 | 40.00% | 1.000 | 2.00 | 0.067 |
国内株式 | 25.00% | 6.000 | 18.40 | 7.219 |
外国株式 | 35.00% | 8.000 | 19.50 | 8.195 |
合計 | 100.00% | 4.7000 |
相関係数
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 1 | 0 | 0 |
国内株式 | 0 | 1 | 0.7 |
外国株式 | 0 | 0.7 | 1 |
分散共分散
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 4 | 0 | 0 |
国内株式 | 0 | 338.56 | 251.16 |
外国株式 | 0 | 251.16 | 380.25 |
KKRのリスク・データで見たポートフォリオは、リスクの絶対値が三資産共に小さいのに、案外大きなリスクになっていて、GPIFベースのものとポートフォリオ全体のリスクの大きさにおいて変わらない。
なお、効用を計算する際のリスク拒否度は、それぞれのリスク・データと投資家のポートリオがこの投資家にとってベストのポートフォリオであることを前提として、計算している(リスク拒否度=リターン÷(2×リスクの二乗)で計算)。
最適化計算の結果はどう変わるか?
では、たとえば、この投資家が自分の期待リターンと二つのリスク前提とを使って、ポートフォリオの最適化計算を行うとどのような結果になるだろうか。
ポートフォリオの最適化計算には、マイクロソフト・エクセルの「ソルバー機能」を使った。三つの資産のウェイトに全て「0以上、1以下」の制約を加え、さらに三資産の合計を100%として、効用(効用=リターン-リスク拒否度×リスクの二乗)を最大化するように三資産のウェイトを変化させる計算を行う。
結果を見てみよう。
GPIFのリスク・データによるポートフォリオ
アセットアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用
資産名 | ウエイト(%) | 期待リターン | リスク | Imp.Ret |
---|---|---|---|---|
国内債券 | 44.44% | 1.000 | 5.42 | 0.708 |
国内株式 | 15.91% | 6.000 | 22.27 | 5.708 |
外国株式 | 39.65% | 8.000 | 20.45 | 7.708 |
合計 | 100.00% | 4.2784 |
相関係数
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 1 | 0.22 | -0.01 |
国内株式 | 0.22 | 1 | 0.25 |
外国株式 | -0.01 | 0.25 | 1 |
分散共分散
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 29.3764 | 26.554748 | -1.10839 |
国内株式 | 26.554748 | 495.9529 | 113.855375 |
外国株式 | -1.10839 | 113.855375 | 418.2025 |
KKRのリスク・データによるポートフォリオ
アセットアロケーション計算ワークシート 分散共分散を利用
資産名 | ウエイト(%) | 期待リターン | リスク | Imp.Ret |
---|---|---|---|---|
国内債券 | 53.53% | 1.000 | 2.00 | 0.090 |
国内株式 | 5.63% | 6.000 | 18.40 | 5.090 |
外国株式 | 40.84% | 8.000 | 19.50 | 7.090 |
合計 | 100.00% | 3.2301 |
相関係数
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 1 | 0 | 0 |
国内株式 | 0 | 1 | 0.7 |
外国株式 | 0 | 0.7 | 1 |
分散共分散
国内債券 | 国内株式 | 外国株式 | |
---|---|---|---|
国内債券 | 4 | 0 | 0 |
国内株式 | 0 | 338.56 | 251.16 |
外国株式 | 0 | 251.16 | 380.25 |
今度は、国内債券のウェイトが44.44%なのか、53.53%なのかといった違いをはじめとして、国内株式も10%以上ウェイトが異なるなど、リスク・データの差が結果のポートフォリオに対して、大きな差をもたらしている。
結局は投資家の判断
二つのリスク・データのどちらを使ったらいいかというのは、最終的には投資家の判断だ。今後の投資環境により近いと判断したデータ・セットを使うしかない。データのサンプリング期間が長くなるとサンプル数は増えるが、現時点から遠いデータが影響してくるなど、ケースバイケースというしかない。
ポーフォリオの分析を見せられたり、アセット・アロケーションの提案を受けたりする場合には、期待リターンだけではなくて、リスクについても、どのような求め方をしたのかをよく確認すべきだ。
なお、KKRのリスク・データを見たい方は、国家公務員共済組合連合会のホームページの、年金資産運用のページから、資産運用委員会の意見書の「附属資料」を見ていただくとKKRが使った数値が載っている(http://www.kkr.or.jp/shikin/report220308-data.pdf)。
資料を探すのが面倒な方のために、KKRの基本ポートフォリオについて、リスクを概算し直した(計算は筆者)データを相関係数、期待リターンも一緒に載せておく。なお、期待リターンは、インフレ率を差し引いた実質リターンである。
KKRの基本ポートフォリオ
KKRの2010年策定基本ポートフォリオ(大まかな再試算)
相関係数
国内債券 | 国内債超長期 | 国内株式 | 外国債券 | 外国株式 | (負債) | リスクフリー | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
国内債券 | 1 | 0.9 | 0 | 0.2 | 0 | 0.9 | 0 |
国内債超長期 | 0.9 | 1 | 0 | 0.2 | 0 | 1 | 0 |
国内株式 | 0 | 0 | 1 | 0.3 | 0.7 | 0 | 0 |
外国債券 | 0.2 | 0.2 | 0.3 | 1 | 0.4 | 0.2 | 0 |
外国株式 | 0 | 0 | 0.7 | 0.4 | 1 | 0 | 0 |
(負債) | 0.9 | 1 | 0 | 0.2 | 0 | 1 | 0 |
リスクフリー | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
標準偏差と相関係数は過去10年のデータ定性評価で決定
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