中国の現在地と行き先を占う上で有効なキーワードの抽出と比較

 中国共産党第20回全国代表大会(以下「党大会」)が閉幕し、習近平第3次政権がスタートして10日がたちました。以前も本連載で言及しましたが、国務院総理、国家副主席、各省庁の大臣を含め、新政権発足に当たって全ての主要人事が正式に決定するのは来年3月の全国人民代表大会(全人代)です。

 この期間、人事を巡って目が離せません。特に、中国において政治は経済を左右する核心であり、人事は政治を左右する核心だからです。従って、これから全人代にかけて、人事についても適宜扱っていきたいと思います。

 今回は、中国で重要な政治イベントが開催される際に私自身がよく使う方法を用いて、中国の現在地と行き先を考えてみたいと思います。それは、キーワードから読み解く中国、です。

 党大会の初日、習近平(シー・ジンピン)総書記が中央委員会を代表して報告を行いました。新型コロナウイルス禍や体調を考慮したのか、当時、習氏は報告の半分以上を読み飛ばしていましたが、その後報告の全文が官製メディアによって公開されました。約3万2千字で、5年前の第19回党大会の字数とほぼ同じです。

 本稿では以下、2017年の党大会報告と2022年の党大会報告から、中国の現在地と行き先を占う上で私が示唆に富むと考えるキーワードを抽出し、それらがどれくらいの頻度で出てくるのかを比較します。その上で、言葉の登場回数増減から、今回の党大会を経て、中国がこれからどこへ向かっていくのかを検証したいと思います。

習近平の党大会演説、キーワード登場回数(2017年と2022年)

キーワード 登場回数
(2017年)
登場回数
(2022年)
増減
現代化 47 86 39
安全 55 91 36
科学技術 17 44 27
人材 14 36 22
マルクス主義 13 29 16
強国 24 37 13
台湾 9 13 4
腐敗 13 17 4
大国 7 10 3
人権 1 4 3
愛国 10 13 3
平和 20 22 2
反腐敗 8 10 2
開放 27 29 2
自由 8 9 1
自信 14 14 0
市場 19 18 ▲ 1
闘争 23 22 ▲ 1
法治 53 50 ▲ 3
環境 29 26 ▲ 3
創新 59 55 ▲ 4
経済 70 60 ▲ 10
民主 61 49 ▲ 12
中国 195 180 ▲ 15
改革 70 51 ▲ 19
人民 203 177 ▲ 26
中国特色 80 52 ▲ 28
政治 93 64 ▲ 29
社会主義 147 116 ▲ 31
340 282 ▲ 58

※筆者作成

キーワード比較から見えてくること

 中国を理解する上で、私が注目するキーワードを一覧表にしてみました。一つ断っておきたいのは、キーワードはあくまでもキーワードであり、それを比較したからといって全てが見えてくるわけではありません。むしろ、これまで以上に分からなくなることもあります。

 例えば、習氏率いる中国は、とにかく「党による領導」、すなわち、中国共産党があらゆる分野を指導、支配することを強調し、今日それがピークに達しているというのが私の理解です。その過程で、政治思想やイデオロギーの重要性も増していき、かつ中国の特色や「闘争」の精神がこれでもかというほど前面に打ち出されています。

 ただ、上の表では「党」「社会主義」「中国特色」「闘争」のいずれも、今回は前回に比べて使用が抑えられています。これによって、私の基本的な考えや判断が左右されることはありませんが、定量的分析には限界がある、言い換えれば、統計学で中国は理解しきれないという思いを新たにしています。

 というのも、党大会報告のような高度に政治的な公式文書は往々にして裏をかいてくる、読み手を惑わすべくカモフラージュをかけてくることもあるからです。習近平政権がかつてないほどに「党」「社会主義」「中国特色」を強調してきたことによって、海外の政府や市場関係者が中国の異質性への警戒心を強くしているのは周知の事実です。

 党指導部はそれを百も承知であり、故に党大会報告でこうした表現を意図的に控えることもあるのです。実際、中国が国際社会、特に西側民主主義諸国から疑念や批判を投げかけられてきたテーマである「自由」「人権」は、5年前に比べて頻出しています。これらを重視しているのだとアピールすることで、内外からの批判をかわそうとしている心境が垣間見えるということです。

 その上で、私が中国の現在地と行き先を如実に、直接的に反映していると判断したのが、一覧表で灰色に塗ったキーワードです。以下、それぞれ説明していきます。

マルクス主義

 今回の党大会では「マルクス主義の新境界を切り開く」というチャプターが設けられました。習氏は「マルクス主義の時代化、中国化」をかつてないほど強調し、「マルクス主義政治家」なのだと自称し、中国共産党、特に中央委員会や中央政治局といった指導部は「マルクス主義集団」でなければならないと強調し、それに符合しないと判断した人物は指導部に入れない、あるいは外すという選択をしています。

 共産主義青年団出身の胡春華(フー・チュンファ)現副総理が政治局常務委員に昇格しないどころか、政治局委員からも降格した一つの基準・背景だったと私は理解しています。イデオロギー闘争は人事を左右するということです。

改革、経済、民主

 海外の政府や市場関係者が往々にして中国に「期待」するこれらのキーワードは、使用頻度が減っています。政治が経済を、党が市場を支配するという現状を示していると言えます。これらを持って、習氏が第3次政権で改革を実行しない、経済をないがしろにするとは断定できませんが、不安要素として注意していく必要はあるでしょう。

安全

 私が最も注目したキーワードです。使用頻度があからさまに増えています。習氏は、「政治的安全が根本、経済的安全が基礎」と主張しますが、市場や社会といった分野において、これまで以上に安全という要素を党指導部として重視していくということです。

 仮に、経済の成長や市場の活性化が国家の安全や社会の安定を揺るがすと判断した場合には、党指導部は後者を優先するでしょう。中国でビジネスをする外国企業、中国に投資をする海外投資家は特に留意しておくべきだと思います。

現代化、科学技術、人材、大国、強国

 今回の党大会報告で私が最も注目した概念の一つが「中国式現代化」です。習近平政権は、2049年という建国百年に向けて、科学技術の発展に貢献する人材の育成に投資することで、中国式の現代化プロセスを大々的に推し進めようとしているのが現状です。今後もその方向性が続くと思われます。現代化の核心は経済力であり、そのために鍵を握るのが科学技術と人材というのが党指導部の認識であり、それらを抜きにして、大国にはなり得ないという立場なのでしょう。

 今回の報告では、2049年ごろ、中国の特色ある社会主義強国を実現するという目標を掲げています。中国の大国化、強国化に、各国政府や市場関係者はどう向き合っていくべきか。辛抱強く向き合っていきたい世紀の課題であることに変わりはありません。

腐敗、反腐敗

 2012年、習近平第1次政権が発足して以来、継続的に反腐敗闘争が展開されてきました。それによって、多くの国家指導者、高級官僚、一般官僚、国有企業幹部らが汚職を理由に処罰されています。昨今で言えば、半導体の分野で集団的汚職事件が起き、産業の発展にまで影響を与えています。特定の分野、企業、人物が反腐敗闘争の文脈の中で処罰されれば、株価を含めた市場動向に影響が及ぶのは必至であり、私の知る限り、党指導部による反腐敗闘争は、海外機関投資家も非常に注目している分野です。引き続き注視していく必要があるでしょう。

台湾

 最後に、台湾です。習氏は今回の党大会報告で、台湾問題の解決、すなわち祖国の完全統一を実現するために、武力行使の放棄を決して約束しないと主張しました。これからの5年間、中国は台湾問題で引き続き一寸の妥協もしない、米国や台湾の出方によっては強烈な制裁や報復措置に出て、軍事演習なども常態化していくのが必至です。台湾海峡を巡る地政学リスクは、引き続き市場を翻弄(ほんろう)していく可能性が高いと言えます。

マーケットのヒント

  1. 中国は建国百年の2049年に向けて、科学技術と人材育成をよりどころとして現代化を目指している
  2. 政治動向や安全重視が、経済や改革の足かせになるリスクには注意が必要
  3. 台湾問題は引き続きアジア太平洋地域における最大の地政学リスクになる