何も決まっていないが変化はありそう
9月16日に鳩山内閣が発足し、新政権が本格的にスタートした。新政権が経済や投資に与える影響にはさまざまなポイントがある。投資及び運用業界にとって大きな条件変化になるかも知れない問題として、年金制度と年金運用がある。
選挙期間中の世論調査で印象的だったのは、金融危機後の不景気の最中にあって、政治に求める課題として「景気対策」よりも「年金・社会保障の整備」を求める声の方が一貫して多かったことだ(いずれの調査でも数ポイントから10%前後の差があった)。前回の参議院選挙も含めて、年金・社会保障問題は自民党政権にとって鬼門になっていた感がある。また、民主党新政権にとっては、この問題で国民の期待に応えることが大きな課題になる。
厚生労働大臣には、年金問題に詳しい長妻昭衆議院議員が任命された。今回の総選挙に於ける民主党のマニフェスト(政権公約)には、年金について同党の独自案が記載されており、新政権が継続する限り、大きな制度変更を含む年金制度の改変に取り組むことは間違いあるまい。
一方、日本の年金資金は、117兆円(平成20年度末)の資金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)をはじめとして、巨額の積立金が資本市場で運用されており、年金制度の変化の影響が、株式・債券・外国為替市場などに及ぶ可能性がある。
ただ、今のところ、年金制度がどう変化するのか、また、これが積立金の運用にどう影響するのかに関して明らかになっている事項はごく少ない。
民主党のマニフェストから明らかで、筆者が重要だと思うのは以下の点だ。
(1)最低保障年金(月額7万円)と所得比例年金の「二階建て」構造の公的年金を作る。
(2)最低保障年金の財源は消費税。
(3)国民年金(自営業者など)、厚生年金(民間サラリーマン)、共済年金(公務員など)の年金を一元化(=制度として統合・共通化する)。
(4)年金通帳を作る。
(5)政権当初2年間は年金記録問題に集中的に取り組み、3年目に新制度に関する議論を行い、4年目に法案を通す(順調なら、新制度がスタートする)。
これらから、今後の年金運用について言えることはごく少ないし、確実に言えることはほとんどないが、将来を推測しながら、今後どこに注目したらいいかを考えてみる。
なお、本稿には、特定の政治的な立場を支持したり批判したりする意図はまったくない。
公的年金のリスク資産運用の弊害
現在、厚生年金をはじめとする公的年金は、内外の株式への投資なども含むリスク資産で運用されている。この仕組みが持つメリット・デメリットを整理しておこう。
GPIFの基本ポートフォリオは国内株式11%、外国株式9%、外国債券8%といった企業年金などから見ると小さめのリスクを取る資産配分になっているが、それでも、平成20年度には10兆円近い運用損失を出したことは記憶に新しい。
公的年金は完全積立方式ではないので、運用の損益が年金給付や保険料に直接反映する仕組みがあるわけではないが、積立金の運用に伴う不確実性は間違いなく年金財政に影響する。信頼されるべき給付と負担との関係にあって、運用リスクに伴う不確実性が介在することは、好ましいことではない。
現在の年金財政に関する長期的な見通しにあっては、たとえば先の財政検証で長期的な積立金の運用利回りを4.1%と想定するなど、かなり楽観的な(実現が疑われるレベルで楽観的だ)利回りが想定されていて、専門家でなくても「怪しい」と思う人は多く、これが年金制度全体の信頼性を損なう原因になっている。
現在の年金給付4年分程度の積立金は、完全積立方式に移行するにはまったく足りないし、さりとて賦課方式の積立金としては規模が大きすぎる。賦課方式の場合、数カ月から、せいぜい1年程度の積立金を持っていれば十分だ。現行の方式は、ある意味では、市場で運用を行うために、必要以上の運用資金を確保しているという姿になっている。
公的年金は、株式、特に国内株式にも相当の額を投資している。現在、公的年金も含めて、年金基金は保有する株式の議決権行使に熱心であり、これは投資家として必要なことだが、これに十分取り組むことは政府部門の民間企業経営への介入という弊害を生む。
個別企業の株式の議決権行使については、現在運用会社に任されているので、公的年金側は個々に介入していないという建前だが、議決権行使について真面目に取り組むなら、個々のケースに関するチェックは必須であり、ここを手抜きするなら「運用として無責任でもあるし、日本企業の株式の議決権行使を空洞化させている」ということになるし、運用者としてこの問題に十分に注力するなら「政府部門による民間企業への介入」になる、というジレンマの状況にある。これは、民間株式で公的年金資金を運用するという制度の作りつけが悪いことによって生じる問題だ。
他方、リスク資産で多額の積立金を運用することのメリットは、長期的に高い運用利回りが確保されれば、年金保険料が抑制できるという、年金加入者にとってのメリットが強調される。もちろん、その可能性と引き替えに運用リスクを負っているので、単純にメリットと考えていいかどうかは難しい問題だ。
また、株式については、企業が利益を生んで株式のリターンを高めた場合に、これを国民一般が保有しているわけだから、年金を通じて強制的に株式投資させなくても、個々の国民の判断で投資を行えばいいという議論があろう。
確定給付型の企業年金については、株式を保有しても政府の民間介入にはならないが、運用会社でもない事業会社が巨額の年金積立金とその運用リスクを持つことによって、企業価値が本来の事業だけから決定されるのではなく、年金積立金の運用に大きく影響されるようになっている。企業の普通株の資金は、その企業の事業に投資されるだけでなく、年金ポートフォリオにも投資している構造なので、いわば投資信託(=年金ポートフォリオ)とセットで販売されているような状況になっている。
確定給付型企業年金のリスク運用は、企業自身にとってリスクが負担になっていることと共に、投資家・株主にとっても不都合をもたらしている。
公的年金・企業年金共に、現在のように大きなリスクを取った運用、特に株式に投資する運用には、深刻な難点がある。
今後の予想
無理を承知で、今後の年金運用の変化について考えてみたい。
(予想1)一元化の準備・実行の段階で年金資金による株式投資の比率は低下する
各制度の統一化がどの程度のスピードで行えるか分からないが(スピーディーに行うこともできるはずだが、予想の問題としては時間がかかりそうだ)、制度的条件が統一される以上、統一の前から各制度の運用は似たものに収斂していくのではないか。
たとえば、移行の段階では、共通の基本ポートフォリオを国が各制度の積立金に対して指定するような形が考えられるが、この際、基準になりやすいのは、GPIFのポートフォリオだろう。現在、国家公務員共済組合連合会(国家公務員の年金)だけがGPIFよりも大幅にリスクが小さな基本ポートフォリオを持っているが、それ以外の地方公務員共済組合連合会、さらには企業年金などは、GPIFよりもリスクが大きなポートフォリオを持っている。
前述のように、GPIFの運用自体にも検討すべき問題があるが、年金制度の一元化は、年金資金の株式保有を減らす可能性が大きいように思う。
(予想2)公的年金の積立金は縮小する
新制度ができた場合、旧制度からの移行がどうなるかが大きな問題だ。旧制度を閉鎖して旧制度の権利関係を全てそのまま引き継いで、数十年間二つの制度が併存する可能性もあるし、何らかの移行措置が講じられて、新制度に早く一本化される可能性もある。
いずれの場合でも、公的年金の積立金は移行に向かって縮小していくだろう。
また、新制度の最低保障年金部分の財源が消費税となると(そのことの良し悪し自体は別として)、財源は安定しているので、大きな積立金を持つ必要はない。
資本市場への影響もあり、急激な縮小には向かわないかも知れないが、公的年金の積立金は縮小するように思う。
(予想3)積立金の運用は国債(非市場性国債?)中心
所得比例年金の詳細は明らかになっていないが、「年金通帳」で国民の年金保険証支払いが管理されることになると、国民の保険料に対する「元本意識」が強化されることが予想される。
この場合、完全積立方式とはならなくとも、保険料の残高に付利していくような運営が行われるのではないだろうか。集められた保険料は実際に市場で運用しなくとも、国が債務として認識してこれに国債並みの付利を行うような方法が考えられる。
予備資金として何らかの積立金は必要だが、この積立金も、国債ないし、それに近い確定利回りのもので運用されるようになるのではないだろうか。
(予想4)確定拠出年金が拡大する
確定給付の年金の積立金及びリスク資産投資が何れも縮小に向かう場合、マクロ的な株式の保有はどのような状況になるか。
希望も含めて予想すると、確定拠出年金(個人単位の制度が望ましい)の利用枠を大きく拡大して、リスク資産投資資金の受け皿とすることが考えられる。年金制度の改正に伴って、確定拠出年金の役割にも変化がありそうだ。
スケジュールと議論に注目
いずれにしても、資本市場にも、運用業界にも、ひいては個々の投資家にとっても、新政権に於ける年金制度問題は要注目のテーマだ。
具体的な議論とスケジュールに注目したい。
一つだけ注文をつけるなら、新制度に対する議論を政権3年目以降に先送りするのではなく、前倒しに進めて欲しい。旧制度が1年でも長く続くと、旧制度の弊害の継続を意味するし、新制度への移行がより困難なものになる可能性がある。
国民の期待と注目の集まる年金問題だ。長妻昭新大臣には大いに期待したい。
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