※本記事は2010年12月3日に初回公開したものです。

 今回は「市場の効率性」について、質問を発しながら段階的に考えてみたい。市場が効率的であることを、どのように確かめることができるのかをはっきりさせておきたい。

 暫定的に市場の効率性の定義を与えておこう。市場が効率的であるとは、
(1)情報が効率的に伝わり、
(2)市場参加者が正しく解釈するので、
(3)正しい価格が実現している状態のことだとする。

 つまり、株式市場でいえば、正しい株価が常に形成されているということだと考えよう。この定義は、正しい資産価格の下に資金・資源が配分されるので、
(4)資産市場は、経済の資源配分の効率性にも貢献している、
という含意を持っている。

 では、質問その1。

質問 1
市場が効率的なら、プロが運用するアクティブ・ファンドも市場平均に勝てない、というのは確からしいか?

 これの答えは、「Yes」でいいだろう。常に株価が正しく形成されているということは、他人よりも有利な投資を行うチャンスがないということだから、前記の意味で市場が効率的なら、アクティブ・ファンドは市場平均を上回るチャンスがない。ここは、問題がなさそうだ。

 次の質問を考えてみて欲しい。

質問 2
アクティブ運用が市場平均に勝てないとするとき、市場が効率的でないことがあり得るか? あり得るとすれば、それはどんな場合か?

 市場が効率的ならばアクティブ運用が市場平均に勝てないということはいいとしよう。だが、論理的には、逆は必ずしも真ではない。たとえば、「事態」の集合を考えるとして、アクティブ運用が市場平均に勝てない事態の集合の要素で、正しくない株価が形成されている事態の集合に入らない要素が存在するか、ということだ。

 この要素(事態)は、現実に存在し得るのではないか。その要素を考えるための質問が、質問3だ。

質問 3
市場に参加する素人も、プロも、たいして変わらない程度の(貧弱な)情報力・解釈力しか持っていない場合に、アクティブ運用は市場平均とどのような関係になるか?

 このケースでは、株価が正しくない場合でも、プロが素人よりも上手に正しい株価を知ることができるわけではないから、プロが市場平均に勝てないという事態が起こり得る。市場参加者は、いわば「ドングリの背比べ」のように、甲乙つけがたいレベル差でひしめいていて、且つ常に正しい株価を形成できるほど有能ではないという状況だ。この状況を「ドングリの背比べ仮説」と呼んでおこう。

 つまり、この段階で、アクティブ運用が市場平均に勝てるか否かで市場の効率性を検証しようとする試みは、論理的に正しくないのではないかという疑念が湧く。

 それでは、「ドングリの背比べ仮説」が現実に成立しているかもしれないという「現実」はあるだろうか。この仮説は、アクティブ運用が市場平均に勝てない状況で、且つ株価が誤って形成されているという状況であれば成立している。

 内外いずれの市場にあっても、平均的にみてアクティブ運用が市場平均に勝っていないという状況はほぼ現実に近い。前半の必要条件は満たされている。では、次の質問の状況をどう考えるか。

質問 4
たとえば、以下の現象は市場が非効率的であること(誤った株価が形成されること)をサポートする事実といえるか?
・「バブル」の発生
・市場参加者のポートフォリオの相違
・各種のアノマリー現象

 端的にいって、大規模なバブルが比較的頻繁に起こっていることは、市場が株価を正しく形成していないことの有力な証拠ではないか。たとえば、アメリカで大規模に起こった「ネット・バブル」のような株価形成を、「その時点では正しい情報を正しく解釈していた株価形成だった」と考えることには無理があると思われる。1980年代後半に発生した、日本の株式バブルも、もちろん同様だ。

 また、市場の情報伝達と参加者による解釈が正しければ、CAPM(資本資産価格モデル)が考えるように、投資家が持つリスク資産のポートフォリオ(マーケット・ポートフォリオ)が同様なものになる事態が考えられるが、現実には、多くの経済主体が異なるポートフォリオを保有している。

 ただし、この点に関しては、情報は共通で判断力はあっても、将来の消費や収入のパターンが異なる投資家が、将来のリスクとの関連で現在異なるポートフォリオを持つという可能性はある。しかし、それでも、現在さまざまな投資家がこれだけお互いにかけ離れたポートフォリオを持つ事態が、将来のリスクのヘッジで説明できるとは考えにくい。

 小型株効果や、割安株効果などのアノマリー効果の実証研究に対応する過去の株式リターンのパターンも、過去において、まとまった株価形成のミスがあったことの傍証として考えることができるのではないか。

 また、率直にいって、ファンドマネージャーは、個々の株式の絶対的な適正価格を自分で自信を持って計算した上で投資しているわけではない。将来の利益の予想も、将来利益を現在価値に割り引く適当な割引率も、どちらについても、自分にとって難しくて分からないけれども、ライバルたちも同様だろうと思いながらゲームを戦っているのが実情だ。

 では、市場平均はなぜアクティブ・ファンドの平均に勝つのかを、質問5で考えてみたい。

質問 5
市場参加者は、11人のファンドマネージャーだけだとする。11人のうちの1人が、他の10人のポートフォリオの「平均」(時価総額で加重する)を取って運用すると何が起こるか? ただし、10人は「アクティブ・マネージャー」なので運用手数料が高い。

 この場合、市場の効率性には全く関係なく、10人のアクティブ・マネージャーの平均に対して、彼らの平均と同じポートフォリオを持つインデックス・マネージャーの運用成績が勝つことが容易に想像できる。

 顧客にとっての両者のパフォーマンスの違いは、運用報酬(投資信託なら信託報酬)の違いと共に、10人のアクティブ・マネージャーが売買の度に払う手数料の差も反映される。また、1人のインデックス・マネージャーは、毎期毎期の運用成績でも、通算の運用成績でも相対的に突出して劣後することはないだろう。

 質問5の状況を考えると、インデックス・ファンドの優位性は、市場が効率的であるか否か(=株価が正しいか否か)には関係なく成立することがお分かり頂けるだろう。

 市場の効率性は、アクティブ運用の可否と結びつけて論じられることが多い。文献によっては、市場の効率性の判断基準を「結局、アクティブ運用は市場平均に勝てるのか?」という問題に置いているものがある。しかし、この基準は、意味がないのだ。

 それでは現実の市場はどうなのかというと、株価の正しさはごく大まかで頼りないものであり、市場の参加者はプロアマを問わず「正確な、あるべき株価」を知らないで運用に参加している、という状況だろう。つまり、「ドングリの背比べ」仮説の状況だ。

【コメント】
 近年は内外のデータが紹介されたことと、投資家の理解が進んだことから、「インデックス・ファンドではダメだ」、「アクティブ・ファンドの方がいい」といった意見は減っているが、インデックス・ファンドの優位性の理由を投資理論で言う「市場の効率性」に結びつけて、「非効率的な市場ではアクティブ・ファンドの方がいい」と言いたがる向きがまだ時々いる。つまり、「市場が効率的な場合にだけインデックス・ファンドが優位なのだ」という世界にインデックス・ファンドを封じ込めたい意図を持つ人がいる。

 しかし、市場が非効率的でも(これが現実に近いと思うが)、アクティブ・ファンドの平均はインデックス・ファンドに対して不利だし、良いアクティブ・ファンドを「事前に」選別できる方法がない。本稿の質問と答えはこれらの理解に役立つのではないだろうか。

 2010年に書いた古い原稿だが、現実の市場が「ドングリの背比べ」仮説に近いことには大きな変化はないようだ。筆者は、過去にも今も「自信満々のドングリ達」をたくさん見ている(彼らも商売なのだから「自信」を示すことくらいは大目に見よう)。読者の目にもいろいろな形や色の(時には声まで出す)ドングリが見えているのではないだろうか。(2022年10月18日 山崎元)