「プロの投資家」の蓄積

 本連載に限らず、個人の資産運用をテーマに原稿を書く場合に、「年金基金などプロの運用では常識だ」という形容を付けて正しい(と筆者が思う)内容を紹介することがしばしばある。

 企業年金や公的年金のような年金積立金を運用するいわゆる年金基金、さらに範囲を拡げて米国の大学などで資産を運用する基金も含めていいが、彼らは、「運用会社そのものではないが、運用会社を評価し使う立場で、大きな資金を運用している運用のプロ組織である」と言って間違いない。

 わが国ではまだ少ないかも知れないが、基金の世界の運用の専門家として、実績や見識が高名であったり、プロとして高額な報酬を得ている人物も多数いる。

 彼らの周囲で展開する年金運用の世界は、「プロとしての運用会社」と「運用会社を使うプロ」としての基金との間で、長年に亘って経験と知識が蓄えられていて、こうした知見には、主に「運用会社を使う」立場である個人にとって参考となるものが少なくない。こうした知識は個人投資家にとっても大いに取り込む価値がある。資産運用に限らず「全て自分で経験してみなければ分からない」と決め込むと、人生は時間が足りないし、能率が悪い。

 他方、内外から長年「基金」というものを見ていると、必ずしも彼らの考え方や行動の全てが、個人投資家にとって模範とするに足るものでもないことが、筆者にも少し分かって来た。

 今回は上・下二回に分けて、個人の資産運用にあって、年金基金の「教師」として参考とすべきやり方と、実は参考にしない方がいい「反面教師」的側面について、それぞれを複数紹介したい。

 取り上げたい要素はあれこれ思いつくが、この際、手本とする価値のある「教師」側の知見と、参考にしない方がいい「反面教師」側の行動の両方について、それぞれ3つに絞ってお伝えしよう。

個人投資家が是非真似をしたい年金基金の3つの行動

1.マーケットタイミングに囚われない長期投資

 個人投資家が年金基金の運用に学ぶべき最大のポイントは、リスク資産についてマーケットタイミングを意識した過剰な売り買いを行わないことだろう。

 例えば、基本ポートフォリオとして内外の株式60%というアセットアロケーションを方針として持っている基金は、「株価が下がりそうだから、株式のポジションを当面減らそう」という類いの調整をほとんど行わない。逆の調整についても概ね同様だ。

 例えば「株式60%」という数値を厳密に墨守すべき基準として細かなリバランスでキープすることには別の愚かさがあるので、程度の問題だが、多少の時価変動は別として資産配分をマーケットタイミングによって変更する年金基金は少ない。

 建前としては、年金基金といえども「投資環境を注視して、必要があれば躊躇なくポートフォリオの調整を行う」べき存在なのだが、(1)予測の的中確率、(2)配分を調節した場合の有効性、(3)調整にかかるポートフォリオの諸コスト、などを考えると、「最大限によく考えたけれども、調節しないという判断が本日は最善だ」という意思決定が連続し、それが結果的に正解である場合が多いのが現実だ。

 この点に関連して、年金基金の側で長年蓄えられた知見として、以下のようなものを挙げることが出来るだろう。

  1. 基金にも、運用会社にも、その他の専門家にも「市場タイミングの予想」は難しい(大まかに言うと「当たり外れが半々で、役に立たない」)。
  2. 何と言っても「ポートフォリオの調整コスト」は運用パフォーマンスへのマイナス要素として影響が大きい。
  3. アセットアロケーションの調整を上手くやるという触れ込みの運用会社で今後も信頼できる理由で長期的に成功している会社がない。
  4. チャート分析など、タイミングを分析する手法として一般に広く知られているものは役に立たない。
  5. そもそも世の中一般よりも正しく経済などの市場環境を予測することが難しい。
  6. 仮に経済予測が出来ても、経済予測と市場のリターンとの関係が不安定で有利に利用できないことがほとんどだ。特に、「予測がどの程度市場価格に織り込まれているか」の分析が難しい。

 個人投資家としては、1から4を知っておくと十分だろうが(特に1、2が重要だ)、この程度のことは知っておきたいとも言える。例えば、チャート分析に注力することは時間の無駄だ(「いい加減に気づいて欲しい!」と思うことが、今でも、時々ある)。

 もちろん、年金基金は、広範囲な分散投資を行うなど、「じっとして長期保有」ができるようなポートフォリオを元々作る努力をしているので、個人投資家はこの点も真似することが重要だ。

 投資は結局のところ、リスク資産が持つリスク・プレミアムを集める作業だが、そのためには余計な売り買いを排した長期的なバイ・アンド・ホールド戦略が有効である場合が多い。年金基金にとっても、個人投資家にとっても、事情は全く変わらない。

2.低コストへのこだわり

 例えば、年金運用と投資信託の両方をビジネスとする大手運用会社を考えてみよう。

 この会社が、国内株式のアクティブ運用を行う場合、投資信託だと商品によっては運用管理費用が年率1%を超える場合もあるが、同じ会社が大手年金基金を相手に国内株式のアクティブ運用を提供する場合に運用費用が年率0.1%を切る場合が十分あり得る。

 商品の構造や手間・コストなどが(少々)ちがうとはいえ、主たる商品はこの運用会社の「運用判断」のはずなのだが、大きな差がある「一物多価」が実現している。

 この状況の主たる原因は、年金運用業界の有力顧客(=基金)が運用会社を競争させる関係にあり、運用会社同士が競争したことと、基金自身も運用手数料の引き下げ競争に熱心であったことだ。

 年金基金は、長年の資産運用の経験を通じて、運用にかかる手数料などのコストが運用パフォーマンスにとっていかに重たいマイナス要因であるかを熟知している。

 加えて言うと、年金基金自身あるいはその運用担当者が明らかに運用パフォーマンスに貢献できる機会は、よく考えてみると「手数料の引き下げ」しかないという事情もある。

 運用会社にとって、年金運用は「名誉のために重要だが、儲かりにくい」ビジネスである。年金運用は一件当たりの契約金額が大きいので「運用受託資産残高」が経営上のステイタスである運用会社にとって無視しがたいビジネスだ。しかも、有名基金における解約や不採用は業界内で噂が流れるので、避けたいという事情もある。しかし、運用手数料は安い。多くの運用会社が経営的には「名誉は年金で、儲けは投資信託で」の構造になっている。

 手数料の点については、年金基金業界が運用会社を競争状況に追い込んで上手くやったと言える。

 もっとも、これで簡単に引き下がる運用業界ではない。例えば、ヘッジファンド(成功報酬による実質的な手数料は「ボッタクリ」の域だと言っていい)のような新たな運用商品で年金基金からも儲けようとしたし、米国のかなり有名な年金も一時はこのビジネスに引っ掛かった。

 何れにしても、個人投資家も、くれぐれも手数料を甘く見ないことが肝心だ。今や手数料を安い商品を自分で選ぶことが出来るのだから、「儲けは投信で」の餌食になるのはつまらない。

3.複数アカウントの合理的マネジメント

 年金基金の資産運用に関する考え方やテクニックで、個人投資家が参考にして欲しいと思うのは、複数の運用口座に関する管理の考え方だ。

 年金基金と個人では、扱う金額も異なるし、扱う運用口座数や運用会社数が異なるので、年金基金そのままの形を個人が真似したらいいというものでもない。また、「下」で説明するが「コア・サテライト運用」のように、年金運用業界ではそれなりに普及している方法でも個人が真似をしないほうがいいやり方もあるので(「本当は」年金基金もやらない方がいい!)、個人は年金基金の運用から、「複数口座管理の正しい考え方」を知って、ご自身の運用に応用されたい。

 近年、個人の資産運用には、企業型DC(確定拠出年金)、iDeCo(個人型確定拠出年金)、各種のNISA口座など、証券会社や銀行の口座に加えて、個人であっても複数の運用口座の管理が必要なケースが増えてきた。

 加えて、例えば親の資産と子供の資産をある程度統合して管理する方がいい場合が増えつつある。高齢の親とその子供との「二世代運用」が効率的な場合もあれば、今後の制度次第によっては親が子供のNISA口座を利用することでより有利な運用機会を得ることが出来る場合が生じるかも知れない。

 年金基金の複数アカウント運用は、「それぞれの資産の運用を、その分野が『得意な』運用会社に任せよう」という、割合気楽な「いいとこ取り」の思想から生まれたように思われる。だが、基金はこれを実践するうちに、全体の辻褄合わせが難しかったり、売買コストの無駄(運用会社A社が売った銘柄をB社が買うなど)が生じたり、複数組み合わせたアクティブ運用が実質的にパッシブ運用に近づいたり、といった失敗を重ねつつ、年金運用業界では「マネージャー・ストラクチャー」などと呼ばれる、複数アカウントの管理手法を身につけてきた。

 個人が年金基金から学ぶべき複数アカウント管理の原則は以下の4つだろう。

〜個人が複数アカウントの運用で意識したい四原則〜

【原則1】個々の口座ごとに運用を考えるのではなく「全体の合計」をコントロールすること(例:iDeCoだけ見てiDeCoの運用を決めるのは非効率的)。
【原則2】全体の運用の中で適した資産を適した運用口座に集中する(例:NISAは運用益に税制優遇があるのでリスク資産の期待リターンが高い部分の運用を集中する。バランス・ファンドは概ね不適当)。
【原則3】運用口座毎に運用商品のコスト差があれば合理的に節約する(例:外国株のインデックスファンドの手数料がつみたてNISAよりもiDeCoの方が安ければ外国株のインデックスファンドはiDeCoに集中するなど)。
【原則4】相殺的売買を避ける(例:子供の口座Aでリスク資産を積立ながら、親の口座Bでリスク資産を取り崩すのは無駄が大きいかも知れない)。

 率直に言って、資産運用に趣味として熱心に取り組んでいる人でなければ、上記の四原則を充足する運用を行うことは難しいかも知れない。

 こうした人には、運用資産、特にリスク資産に投資する商品の種類を出来れば1つ、多くても2、3にとどめて運用をシンプルにすることを強くお勧めする。概して言うとだが、個人投資家は無意味に多くの運用商品を持っている。