先日、企業のIRの関係者とお話しする機会があったが、企業のIR担当者の側では(a)どの機関投資家がどういった株式に投資するのか、(b)機関投資家がどういった手順で銘柄を選ぶのか、(c)株式を買った後に機関投資家がどのように行動するのか、がよく分かっていない場合があるような感じがした。筆者は、全てのケースを知っている訳ではないが、大まかな傾向について書いてみよう。

(1)年金と投資信託

日本の機関投資家の運用ビジネスを大きく分けると、年金資産の運用と投資信託の運用に分けて考えることができる。年金資産は公的・私的年金合わせて200 兆円以上の運用資産があり、公募投信・私募投信を合わせても80兆円に満たない投資信託のマーケットよりも運用資金が大きいが、運用会社としてより儲かっているのは投資信託の方だ。年金資産は運用報酬の水準が非常に低く(金額にもよるが0.2%以下のものが少なくない)、投資信託では信託報酬の半分程度(たとえば信託報酬が1.5%なら0.7%から0.8%)は運用会社のものになるので、運用会社にとっては投資信託の収益性が高い。

資産運用のあり方はおおまかにいって、年金運用の方が「堅く」、投資信託の運用の方が「自由」だ。

投資信託の場合、ファンドによって運用方針やプロセスがちがうが、おおむねファンドマネジャーの裁量に任される比率が大きい。一方、年金運用の場合は「チーム運用」が強調される場合が多く、運用プロセスが厳格に決まっている場合が多い。

マーケティング上、投資信託ではファンドマネジャーが看板になる場合が多いし、他方、年金運用では年金運用コンサルタントに運用プロセスを隙なく説明できなければならないし、顧客毎に運用パフォーマンスのバラツキがあると、顧客側がこれを敬遠する傾向が強いので、プロセスを決めたチーム運用が選択されやすい。運用会社によって異なる場合もあるが、ベテランのファンドマネジャーが投資信託を運用して、若手のファンドマネジャーがチームで年金運用に携わるといった役割分担が典型的だ。

(2)公的年金と私的年金(企業年金)

年金にはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や地共済(地方公務員共済組合連合会)、国共済(国家公務員共済組合連合会)といった公的年金と、企業年金の二種類がある。

公的年金の株式運用の場合、パッシブ運用の比率が大きいことが特色だ。運用のベンチマークがTOPIX(東証株価指数)なので、TOPIXに連動するパッシブファンドが多い。大まかに、運用資産の8割程度はパッシブファンドだ。

これは、大きな運用の資産でアクティブ運用の契約を多数行うと、個々のファンドの個性が相殺されて実質的にインデックス運用のようになる現象があるため、「実質的にインデックス運用なのにアクティブ運用の運用報酬を払うのはもったいない」という考慮が働くためだ。この点を考えると、パッシブファンドの比率は5割程度では不十分であり、8割くらい持ちたい。

公的年金の運用契約のようにパッシブ運用で資金規模が大きくなると、東証一部のほぼ全銘柄を組み込んでインデックス・ファンドが運用されることが多い。つまり、企業の側からすると、東証一部に上場していれば、ほぼ自動的に株式がパッシブファンドの投資対象になるということだ。

(3)年金のアクティブ運用の特徴

年金運用の特徴を一言で言うと「言い訳のできる運用」ということになるだろう。年金は、運用会社は年金基金に、年金基金は加入者に対して説明責任を負った運用をしており、運用行動のあらゆる場面で「なぜそうしたか」が説明できなければならない。

企業年金の方がアクティブ運用の比率は高いはずだし、公的年金にも一部アクティブ運用があるが、こうしたアクティブ運用では、運用内容を年金基金と運用を任される運用会社との間で細かく決めることが一般的だ。

年金運用の投資銘柄選択を理解する上でのキーワードは「ユニバース」と「アナリスト・レポート」だろう。

ユニバースとは投資対象になりうる銘柄の候補群のことで、運用会社、あるいはファンドの単位で、どのような銘柄を投資対象にするかあらかじめ決めるものだ。運用会社としては「リサーチに基づいて投資している」という建前なので、継続的にリサーチを行う銘柄だけを投資対象にする場合が多い。TOPIXがベンチマークである場合が多いので、本来なら東証一部の全銘柄についてリサーチしていなければならないはずだが、マンパワー的に難しい場合は、ここから投資対象になりうる銘柄を数百銘柄に絞り込んでいることがしばしばある。筆者は、こうしたユニバースの絞り込みに対して賛成ではないが、現実には何らかのユニバースが設定されている場合が少なくない。

企業のIR担当者の側から見ると、自社の株式が、先ず運用会社のユニバースに入らないと自社の株式に投資して貰えないことになる。そのためには、運用会社のアナリストに対して継続的に情報を提供するなど、関係構築の働きかけが必要になる。

また、数百銘柄とはいえ、現実に個々の企業を詳しく調査するのは大変だ。本当は立派なことではないが、証券会社のレポート(セルサイド・レポート)があると、運用会社のアナリスト(バイサイド・アナリスト)がレポートを作るのも楽だし、ファンドマネジャーもセルサイド・レポートを頼るケースがある。

年金運用の場合、通常は四半期に一度くらいのサイクルで運用の報告を行うが、この際に顧客である年金基金に「どうしてこの銘柄に投資したのですか」と問われた場合に、アナリストのレポートがあると、ファンドマネジャーはこれに答えやすい。

従って、自社の株式を機関投資家に買って欲しい企業の側としては、セルサイド・レポートがなるべく多く継続的に出るようになると、自社の株式を機関投資家に持って貰える可能性が高まるということだ。

(4)新興市場株式の買い手は?

年金運用の国内株投資はベンチマークがTOPIXであることが多く(ちなみに、外国の年金はMSCIをベンチマークにする場合が多い。外国人の投資を考えるうえではMSCI採用・非採用の区別が重要だ)、そもそも東証一部に上場していない会社は投資対象になりにくい。

新興市場の企業などにも割合自由に投資できるのは、投資信託のファンドマネジャーで、特に、小型の株式も投資対象に含めることを目論見書で謳っているファンドということになる。こうしたファンドはある程度特定することができるので、新興企業のIR担当者は、こうしたファンドが存在する運用会社をIRのターゲットにするといい、ということがいえる。

その他には、ヘッジファンドは投資の制約が乏しいので、新興市場の株を買う動機がある(株価を操作しやすい小型株を持って、期末の株価を高めて、この時価評価に基づいて成功報酬を取ろうという「悪だくみ」に利用される可能性もあるが)。彼らを対象としたIRは、たとえば彼らが利用する証券会社(プライム・ブローカレージのサービスを行っている会社)をチャネルとして利用するのが一つの考え方だろう。

(5)機関投資家は長期投資家か

年金の資金が「長期運用」の対象であることから、機関投資家が株式を保有してくれると、長期的に保有する株主になってくれるような期待感を企業側では持つことが多いようだが、これは正しいだろうか。

年金のパッシブ運用に関しては、こうした期待がおおむね正しいような気がする。パッシブ運用の場合、ファンドの売買回転率はごく低いし、パッシブ運用の契約が解約になることはそう多くないので、株主としては安定している。

年金でもアクティブ運用の場合は、ファンドの売買回転率が30%くらいある場合が多いし、運用会社が入れ替えられる場合がある。もちろん、投資信託の場合には、もっと活発に売買されることがある。このように考えると、アクティブ運用の投資家は、必ずしも長期的に株式を保有してくれる投資家ではない。

(6)議決権行使の傾向

年金運用の議決権行使は、年金基金が議決権行使の方針に関するガイドラインを作って運用会社に議決権行使を任せて、その結果について報告を受け、事後承認する、といった形が一般的だ。

年金基金の側は、議決権行使に積極的な一部の基金を除くと、議決権行使に自分が手を下す形では関わりたくないという気分を持っており、他方で、加入者に対しては、投資対象株式の議決権行使に関しても十分な手を打っているというアリバイを持ちたいという裏腹な気持ちを持っている。

また、GPIFのような大規模な公的年金では、ガイドラインの設定自体の影響が極めて大きい。彼らは、一方で議決権行使を放棄していると言われては困るが、他方で議決権行使への自らの関わりが、公的機関の民間企業活動への介入になることのジレンマを抱えている。このジレンマは、公的年金が民間企業の株式を投資対象にする限り解消できない本質的な問題だ。

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