主にファンドの成功報酬についてだが、成功報酬という仕組みについては、本連載の「成功報酬について考える」で一度検討した。(現在は掲載を終了しております)
この時の主な結論は、(1)成功報酬はファンドの価値(或いは本人の稼ぎ)を原資産としたコールオプションのようなものであり、オプション価格理論を使ってフラットなフィー(たとえば年率何%といった手数料)に換算できる、(2)このフィー水準は概して高い、(3)フラットなフィーのベースを計算できない投資家は成功報酬のファンドを買うべきでない、(4)成功報酬の運用側にとっての有利さは独立系の運用会社の経営が軌道に乗るきっかけになった点で運用業界としては一定の意義があった、というようなものだった。
その後、時間が経過して、考えるべき事例が増えたこともあるので、前回レポートの補足を書いてみたい。
(1)成功報酬のリスク拡大効果
「成功報酬はコール・オプションである」という前回レポートの結論から明らかなのだが、成功報酬という仕組みには、大きなリスク拡大効果がある。
直感的に明らかだと思うが、たとえば、ヘッジファンドのファンドマネジャーは、ファンドのリターンが大きなマイナスでも小さなマイナスでも貰える報酬は変わらないが、プラスの場合は大きなプラスの方が、当然報酬が多い。それならば、より大きなリスクを取る方が得であり、合理的だと考えるのが当然だろう。
ただし、多くのヘッジファンドは固定的なマネジメント・フィー(運用手数料)と成功報酬の両建ての形になっている。こうした契約の場合、運用成績が悪いと、顧客に解約されるリスクが高まるので、固定的なマネジメント・フィーの存在が過剰なリスクテイクの歯止めとして作用する可能性がある。つまり、成功報酬の効果が相対的に小さい場合は、成功報酬のリスク拡大効果が発生しないということだろう。
ファンドなどの投資家としては、成功報酬のインパクトがどの程度のものなのかを評価して投資する必要がある。そのためには、運用者がどの程度までリスクを取ることができるかという見通し(あるいは有効な制限)が必要だ。もちろん、それがボラティリティに換算していくらで、成功報酬をフラットなフィーとしてみるといくらなのかということを正確に理解せずにファンドに投資してはいけない。
なお、ヘッジファンド業界側の言い訳でよくあるのは「ファンドマネジャーが自分の資産でもファンドに投資しているので、運用にはベストを尽くすはずだし、過剰なリスクを取ることはないはずだ」というものがあるが、これは信用できない。
オプションのトレーディングをしたことがあると誰でも分かるだろうが、自分が投資したファンドのポジションと逆のポジションを取ってリスクをヘッジすることができれば、超合理的なファンドマネジャーは、ファンドの外で自分の投資リスクをヘッジして、コールオプションとしての成功報酬の価値の最大化に集中することができる。
実際には、人間はおめでたくできているので、自分の運用のリスクを他方でヘッジするようなファンドマネジャーは珍しいかもしれないが、そもそも生活に大きく影響するほどの資金をファンドに投じていなければ、成功報酬の価値最大化に特化することが、やはりファンドマネジャー本人の利益の最大化になる。
(2)サブプライム問題と成功報酬
成功報酬のリスク拡大効果は、サブプライム問題を発生させるに当たって、その威力を大いに発揮した。
たとえば、日経平均の適正価格の試算を2008年10月31日の終値のデータでやってみよう。用意するものは11月1日の「日本経済新聞」の朝刊と電卓だけだ。
成功報酬を抱えてサブプライム証券に投資したヘッジファンドもその一部だが、もっと分かりやすくて影響が大きかったのは、投資銀行マンが持つ成功報酬型のボーナスだったろう。彼らは、サブプライム商品の組成、販売、自己資金で投資した場合の利回りなどから大いに稼ぎを上げて、高額のボーナスを受け取ると共に、サブプライムの世界を大いに普及させ、結果的には将来の問題の種を蒔いた。しかし、後から会社が大損をしても、過去に貰ったボーナスは返還しなくてもいいから、多くの投資銀行マンが、個人の経済としては「逃げ切り」しているはずだ。
また、リスクを評価するにあたって、金融工学が、十分に複雑であるけれども、不十分であることが(多くは理論そのものよりも応用の仕方が不十分なのだが)、リスクを会社に対して小さく見せかけてサブプライム商品の在庫を大きく積み増すことを可能にした。
G20の会合で採択された声明を読むと、金融機関の報酬制度が検討事項に上がっている。具体的に何をしようとしているのか、現段階では不明だが、あるいは金融機関の報酬制度がサブプライム問題を起こしたことに対する反省があったのかも知れない。
サブプライム問題に関連しては、証券化商品、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)といったデリバティブ(金融派生商品)のリスクが強調されて報じられたが、世の中にとって一番リスキーなデリバティブは「金融マンのボーナス(ストック・オプションなども含めて)」だと思う。
(3)成功報酬と「期間のミスマッチ」
金融マンの成功報酬が大きな害をなすにあたっては、成功報酬の評価期間と成果の測定方法の二点に大きな問題があったようだ。
たとえば、サブプライム・ローンの多くは当初の3年間程度の返済額が小さくて、翌年から返済額がアップする形に作られている。ローンを証券化する際にこのキャッシュフローを変えて当初から利回りが出る形にしておくと、投資家は初年度から高い利回りを享受でき、しかも最初の3年間はもとのローンの返済が楽なのだからデフォルト率は上がらない。特に、最初の1、2年はデフォルトが起こりにくいわけだから、ヘッジファンドにしても、投資銀行の自己勘定での保有にしても、この間の利回りを稼ぎとカウントしてボーナスを貰うと非常に有利だ。投資した証券化商品は、満期までの期間に元のローンのデフォルト率の上昇で大いに値下がりするかも知れないが、ヘッジファンドや投資銀行マンは、最初の1、2年で多額の成功報酬やボーナスを貰っていて、これは後から返さなくていい。
本来であれば、商品の満期後に評価するか、将来のリスクを踏まえた適切な現在価値で1年間の評価を行うか、どちらかでなければならないが、評価される側から見ると、商品の複雑性がこれを好都合に阻んでいるといえる。また、金融マンにとってこんなに都合のいい商品なのだから、そのもとになったサブプライム・ローンが普及した訳が分かる。
また、多くのヘッジファンドがCDSの買い手になった意味も分かる。保証対象会社がしばらくの間もってくれるなら、先に貰った保証料をリターンに加えて成功報酬を取ってしまえばいい。
なお、近年の行動経済学の研究によると、投資家が要求し予想するリスク・プレミアムは、直近の経験の影響を強く受けるという。サブプライム問題で株価が大幅に下落したことが、世界の投資家にリスク・プレミアム拡大的に働く可能性が大きい。
意思決定の影響が及ぶ期間がもっと長いのに、意思決定の影響を1年、1年で評価すると、正確な成果の評価を行うことが極めて難しい。成果の評価に関する「期間のミスマッチ」の問題は深刻だ。
(4)時価評価は正確な評価か
成果の評価に関しては、これも期間のミスマッチに関連して発生するが、時価評価が正確な評価だったのかという問題もあった。
複雑な証券化商品の時価評価は、市場での取引が少ないと、恣意的に選ばれた取引事例で時価が決められたり、少数の専門家にしか分からない理論価格になったりすることは、大いにあり得る。
また、もっと単純なケースでは、たとえば大きな資金を持っていて小型株に投資しているヘッジファンドであれば、評価日に向けて、自分の買いで、自分の投資銘柄の時価を上げることはある程度可能だ。こうした価格は長期的には維持できないかも知れないが、ヘッジファンドの運用者にとっては、1年目の成功報酬をたっぷり取ることができればそれでいい、という場合があるだろう。
「時価」は時にある程度操作可能だ。人事制度としての成果主義でも同様の問題があるが、成果の測定が難しい場合がある。
「成功報酬」について考えるだけでも、金融の世界には、騙されやすい落とし穴がたくさんあることが分かる。
本資料は情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身の判断でなさるようにお願いいたします。本資料の情報は、弊社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本資料の記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答え致しかねますので予めご了承お願い致します。また、本資料の記載内容は、予告なしに変更することがあります。
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