※本記事は2010年6月4日に初回公開したものです。

総理大臣の交代と何がちがうか?

 さる、6月2日、鳩山首相が、民主党の両院議員総会で、首相と党代表の辞任の意向を発表した。総選挙による政権交代後、8カ月あまりでの退任だ。自民党の政権から数えると、安倍首相、福田首相、麻生首相、そして鳩山首相と、4人の首相が、ざっと1年間隔で交代していることになる。

 本稿には、政治的な意図(与党、或いは野党を批判する意図)は全くないのだが、それぞれの交代には事情があるとしても、これだけ短期間に国の行政機関のトップが交代するというのは、一般論として、「良くないこと」だろう。日本の国際的な信用にも関わる、という意見もある。

 それでは、ファンドの運用者や、運用会社の社長の交代はどうなのだろうか?

 結論から書くと、どちらも、評価の方向性はマイナスだ。ファンドマネジャー時代も含めて何度も転職して、ファンドマネジャー交代の原因を作ったことがある筆者にとっては不都合な評価だが、年金運用の世界でも、投資信託の世界でも、ファンドマネジャーの交代はネガティブに評価されることになっている。

 具体的には、運用コンサルタント会社がファンドないし運用会社に対して与える評価が低下する。年金運用などの場合には、使っているコンサルティング会社の判断を重視する顧客が多いので、ファンドが解約される場合もある。運用会社の経営者の交代も、プラスには評価されないことが多い。

 評価を下げる主な理由は「運用方針の一貫性が損なわれるから」だ。運用評価の世界では、運用方針が一貫していて、同時に、優れた運用パフォーマンスが安定的に継続する運用の評価が高い。

「そんな運用があるのか?」と問われると、「難しい」と答えるしかない。より丁寧には、「単なる幸運でそう見えているのか、真にそのような運用であるのか、評価者も運用者本人も分からないのだ」というのが正確な答えだろうか。

 直観的に考えても、運用スタイル毎の運用成績の優劣は、時期によって異なることが多いので、外部の観測者が見て、運用方針が常に一貫しているという状態が、「安定的に優れたパフォーマンス」と両立するのは難しいにちがいない。

 運用評価という仕事は、あるいは運用業界は、そもそも無理な理想を追っているのかも知れない。

 ところで、ファンドマネジャーの交代に対する評価がこのようなものだとすると、これと首相の交代には随分大きな違いがある。たとえば、安倍首相の後を継いだ福田首相の就任時、更に福田首相の後を請けた麻生首相の就任時の内閣支持率を見ると、共に、前任者の最後の支持率を20%以上上回っている。これは、国民が後任の首相に期待を寄せることと、前任者が低支持率の状態で辞めるケースが多いことの影響だろう。首相の場合は「前任者よりも、ましだろう」と思い、ファンドマネジャーの場合は「こんなことではダメだ」と思うのだから、反応は随分違う。

 さて、国民一般がお人好しなのか、運用関係者が意地悪に疑り深いのか?

ファンドマネジャー交代の際に起こること

 さて、ファンドマネジャーが交代すると、現実には何が起こるだろうか。

 交代の事情にもよるが、ファンドマネジャーは本能的に自信過剰な(学術的には、「オーバーコンフィデンス」の傾向が強い)生き物なので、引き継いだポートフォリオを自分が改善することができると思っている。加えて、パフォーマンスの責任を前任者のせいにできるのがどのくらいの期間だと見るかによるが、自分でない誰かが作ったポートフォリオのせいで悪いパフォーマンスが出て、自分の評価が下がりかねないと思うと、これは堪えがたい(総理大臣だって、自分が選んだ閣僚で内閣を組みたいはずだ)。

 一方、一般論として、ファンドの中身を大きく入れ替えると、マーケット・インパクト(自分の売買による株価の動きから発生するコスト)も含めた売買コストがかかってパフォーマンスが損なわれる。また、ポートフォリオをすっかり入れ替えると、その時点から運用成績を前任者のせいにできなくなる。ある程度経験のあるファンドマネジャーなら、当然こうしたことを知っている。

 結局、ファンドを引き継ぐと、ポートフォリオを早く大きく入れ替えたいという気持ちと、急に動かしてはいけないのだという気持ちとが、葛藤を演じることになる。しかし、この葛藤の勝ち負けは事前にはっきりしていて、よほどの自制心の持ち主でない限り、遅かれ早かれ、もともと思っていたよりも速いスピードで、ポートフォリオの入れ替えを行うことになる。

 当然、それなりの売買コストがかかる。

 また、仮に、ファンドマネジャーの交代が、前任者時代の運用パフォーマンスの不振によるものだとすると、運用のスタイルにもよるが、ファンドマネジャーの交代後くらいから「リターン・リバーサル効果」(過去に平均よりもパフォーマンスの悪かった銘柄の相対パフォーマンスが平均よりも良くなる傾向のこと。しばしば、観測される現象)が効きだしてくることが多い。

 つまり、どちらかと言えば、ファンドマネジャーの交代は裏目に出ることが多いと言えるだろう。

ファンド交代の際に「なすべきこと」

 運用者交代の際に、後任のファンドマネジャーがやるべきことは、第一に、交代時点のファンドに馴染むことだ。

 自分の作りたいファンドをゼロから発想して、このポートフォリオと引き継いだファンドの差を取って、不要な銘柄を売って、一気にリバランスする、というようなことが、「やってはいけないこと」に当たる。

 年金の運用などで、前任と後任の運用者のパフォーマンスを分けて評価する目的などで、ファンドをいったんキャッシュにしてから引き継いだり、新旧のファンドを一気にリバランスする証券会社のサービスを利用することがあるが、これは、やってはいけない愚かなことに該当する。

 もともとファンドに入っている銘柄は、単純化して言えば、「いい銘柄」・「普通の銘柄」・「悪い銘柄」の三種類ある(注;この評価は、厳密には、銘柄単独ではなく、「ファンド全体との関係」で行わなければならない)。たとえば、「普通の銘柄」特にいいパフォーマンスが期待できなくとも、ファンドの中でリスクのバランスを取る際に役立つかも知れない。自分が選んだ銘柄でないからといって、そこに置いておけば役に立つものを、売買コストをかけて売ってはいけない。また、「悪い銘柄」だと自分が思っても、悪さの程度と売買コストや代替銘柄の好ましさの程度などによっては、しばらく残す方がいいという判断が正解の場合もある。

 理屈上は、全ての銘柄に関する判断を1日で下すことができるはずだが、生身の人間の場合そうもいかない。引き継いだファンドの保有銘柄について、じっくり検討する時間が必要な場合が多いし、交代の事情によっては、先に述べたリターン・リバーサル効果が働いてくれることもある(経験則的に、ファンドの内容の大きな入れ替えは、相対パフォーマンスが好調なときに行う方がいい場合が多い)。

 要は、前任者の選んだ銘柄に対する「違和感」の影響を受けないで、与件として現在そこにあるポートフォリオを最大限に活かしながら、徐々に自分の投資方針を反映したファンドを作るべきだということなのだが、作業としては結構難しい。

 それでは、ファンドマネジャーが交代した場合に、投資家の側ではどうしたらいいだろうか。

 上記のような事情なので、後任の運用者の対応によって事情は異なるのだが、あえて何かアドバイスするなら、リターン・リバーサル効果を考えると、前任者の運用成績が悪くて運用者が交代したファンドの場合は、しばらく持っていて様子を見るのが正解になる場合が多いのではないか。ファンドマネジャーが交代してもしばらくの間は、前任者のポートフォリオの影響が残っている場合が多い。逆に、運用成績が良かったファンドなら、思い切って解約を考えてもいいかも知れない。

【コメント】
 2010年公開の古い記事だが、個人的には懐かしい。筆者も自分のファンドの運用を後任に引き継いだことがあるからだ。

 純粋に運用技術の問題としては、アクティブ・ファンドの引き継ぎで重要なのは、いかに既存のファンドの保有銘柄を生かすかだ。後任のファンドマネジャーにとっては「入れ替えてしまいたい」と思う銘柄がたくさんあるはずだが、売買コストをかけずに次のポートフォリオに生かすことができる銘柄が相当量あるはずだ。この移行は、実は技術的にかなり高度だ。

 一方、ファンドマネジャー交代の対外的な背景や社内の人事(ファンドマネジャーにとっては大事だ)の事情によっては、「まずい要素」を前任者の責任に帰して出し切ってしまって、すっかり新しいファンドに入れ替えることが「ビジネス的に正解」な場合もある。もっとも、年金運用のように相手が一応プロの場合はこれが好意的に評価されるケースは少ないはずだ。

 筆者は、設定後1年くらいのまだ「生きがいい」と本人が思っているアクティブ・ファンドを後任に次のように引き継いだ。「最初の1年は何もしなくていい。研究しているような顔をしていろ。1年半くらいになったら時々小さな売り買いをして自分で運用しているような顔をせよ。徐々に仕込んだ銘柄の有効性が薄まるので2年後くらいを目標にファンドのキャラクターを変え始めるといい」。後任者は言いつけをよく守り、幸い結果は良かった。アクティブ運用には手法によって有効性に賞味期限がある。(2022年10月4日 山崎元)