※本記事は2010年10月15日に初回公開したものです。

 世の中には色々な人がいて、様々な運用商品がある。現実の運用は、人それぞれなのだが、果たして、お金の運用は人の事情によってどの程度変化すべきものなのだろうか。

 下の図は、有名なCAPM(Capital Asset Pricing Model。資本資産価格モデル)の導出過程の説明によく使われる図で、リスク資産の有効フロンティア上の一点とリスク・フリー資産(借入を含む)との組み合わせを表す直線(証券市場線)が最も効率的な投資機会集合となって、リスクに対して慎重な投資家も、リスクに対して積極的な投資家も、保有するリスク資産の組み合わせは同じものになるという部分を説明する際によく使われる。

CAPMを説明する典型的な図

 ここで、全ての投資家が同じポートフォリオMを選択する理由は、投資家が保有する情報が共通であり、全ての投資家が共通の有効フロンティア(リスクに対する期待リターンの効率がベストの投資機会集合)に直面していると仮定されているからだ。

 この理論的仮定自体は現実的ではないが、個人のポートフォリオ選択行動を考えると、自分にとって最も効率のいいリスク資産の組み合わせを一つだけ知っていれば、それと無リスク資産を組み合わせれば、リスクに対して慎重でも、積極的でも、全て用が足りるという部分のロジックは利用できる。

 従って、リスクに積極的だから外国株式と国内株式のファンドを組み合わせるが、そうでもないからバランス・ファンドを買うし、リスクにもっと慎重だけれども少し高いリターンを狙って外貨預金を少しやってみる、というような、リスク態度別にリスク資産を運用する運用商品を変える必要はないし、そのような変化は非効率的だということになる。

 これは理屈としては全く正しいのだが、現実の運用はこのようには行われていない。この理由は、一つには、リスクの大きな運用商品でも、投資額を小さくすればほどほどのリスクで運用できるといった「金額によるリスク調整」が盲点になりやすいことがあるだろうし、もう一つは、金融機関が投資家の使える資金を全額使わせようとすることだろう。

運用目的ではリスク資産はほとんど変わらない

 お金の運用のアドバイザーは、しばしば顧客に対して、将来そのお金を何に使うかを聞いて、購入を勧める運用対象商品を変化させる。この際に重視されるのは、運用期間だ。一般に、運用期間が長いほど、大きなリスクを取っても大丈夫だと判断されて、リスクの大きな運用商品が勧められる傾向がある。

 しかし、これまでに何度も書いたので詳細は繰り返さないが、リスクに対する態度を一定だと仮定した場合「運用期間が長くなると、取ることのできるリスクが大きくなる」というのは間違いだ。取ることができるリスクの大きさは、運用期間が変化してもおおむね変わらない。例えば、リスクの負担力が年齢で変わるように思うのは、個人の人的資本の価値が若い人の方が大きいし、若年者は傾向として大きな金融資産を持っていないことが多いからだ。

 また、「お金に色は着いていない」から、将来の使途が、老後の生活資金だろうが、子どもの教育費だろうが、旅行代だろうが、医療費だろうが、お金は自由に使うことができる。資金の「使途」で運用方法を変える必要はない。

 要は、より安全に、より大きく殖やすことが期待できるお金の運用方法を一つ知っておけば、殖やしたお金は、何にでも使える。ある程度の貯金があれば、各種の保険が不要になるのは、こうした理由だ。現実問題としては、医療保険が不要であるケースが圧倒的に多い。治療に必要なほとんどの高額医療費は、健康保険の高額療養費制度でカバーできるし、保険料を自分で貯めた方が、医療費の作り方としても圧倒的に得だ。

収入源との関係は少し考えた方がいい

 リスクに対する態度も、運用の期間も、運用する資金の将来の使用目的も、運用内容には影響しない、特に、リスク資産の運用内容には関係ないとすると、正しい有効フロンティアさえ分かれば、リスク資産の運用内容は誰でも同じでいいのだろうか。

 例えば、電力会社の役員Aさんと、自動車メーカーの役員Bさんを考えてみよう。

 いうまでもなく、為替レートの変動に対する勤め先の業績は、電力会社(輸入企業)と自動車メーカー(輸出企業)では、逆の方向になる。役員なので、収入が会社の業績に連動すると考えると、Aさんの人的資本(将来の稼ぎの割引現在価値)とBさんの人的資本では、為替レートの変動、ひいては外貨建て資産の収益の変動に対する変化の相関関係が異なることになる。

 この場合、例えばAさん、Bさん共に、人的資本が2億円で、運用資産額が5千万円だったとすると、5千万円の中で取る為替リスク(外貨の買い)は、Aさんの方がBさんよりも大きくていい、ということが考えられるだろう。

 仮に、1千万円を銀行に置いて、4千万円をリスク資産で運用する場合に、Aさんは国内株4割・外国株6割でいいが、Bさんは国内株6割・外国株4割の方がいい、といったことがあるかも知れない。

 こうした観点を考えるなら、将来の資金使途が例えば不動産の購入である場合に、不動産の将来の価格リスクをヘッジするために、ポートフォリオにREITを含めるといった、資金使途とポートフォリオの相関関係を意識することで、運用を改善できるかも知れない。

 人的資本と将来の資金使途の(価格)の影響の大きさを考えると、変動リスクが大きくて、また金額で評価した場合の規模も大きいのは人的資本の方だろう。

 もっとも、将来の自分の収入やその期待が反映する自分の人的資本の価値変動と金融資産の間の相関関係を計測して、運用に反映している人にはまだ会ったことがない。当面は、金融資産の中で、負担するリスクに対する効率の良い運用を追求していけばいいのではないだろうか。

 だが、人的資本と金融資産の相関関係に気をつけた方がいいケースが一つだけある。それは、勤務先の株式だ。社員持株会といった制度が多くの会社にあるが、愛社精神を持つのはいいとしても、運用のセオリーからすると、金融資産の多くを自社株で持つのはお勧めできない。会社の業績が悪化すると、ボーナスが減り、給料が減って、さらに金融資産も激減していた、ということが起こりかねない。

 筆者は、自主廃業発表時に、山一證券に在職していた。山一證券には社員持ち株制度があって、さらに、自社株を買う場合に会社から融資が受けられる制度まであったのだが、これらの制度の存在は、社員にとって裏目に出たとしか言いようがなかった。筆者は、確定拠出年金の運用商品メニューに自社株を加えることにも反対だ。老後の資産形成に関するセオリーに反する運用方法を、税制面でサポートするのはおかしいと考えるからだ。

暫定的な結論

 人によって運用内容を変えるべきか否かについて、現時点で、筆者はおおむね次のように考えている。

(1)大雑把には、リスク資産の運用内容はみな同じでいい、
(2)将来のお金の使用目的や運用期間はなすべき運用の内容にほとんど関係ない、
(3)あえて言えば、将来の収入源の違いによっては多少の違いがあるかも知れない、
(4)ただし、最適なリスク資産での運用額(リスク量)は個人によって差がある。

 お金の運用目的は、誰しもが「お金を増やすこと」であり、もう少し丁寧にいうとしても、より安全により多くのお金を得るという意味で「効率的に」お金を増やしたい、ということに尽きる。リスクをより小さく、リターンをより大きくすればいいのだから、負担するリスクに対して、追加的に得られるリターンが最も大きな、つまりリスク当たりの効率がベストな商品ないし、その組み合わせさえ知っていれば、後は、それをどれだけ買うか、だけが問題だと割り切っていいだろう。

 また、現実問題としては、リスクとリターンの効率もギリギリのベストを追求する必要はない。運用が趣味でも仕事でもない普通の人は、「おおむねベスト付近」と思われる運用の組み合わせを一つ知っていれば十分だ。お金の運用は、金融機関が期待するよりもかなりシンプルなものでいいはずだ。

【コメント】
「投資家個人のタイプによって、適する運用方法や運用商品は異なるだろう」という先入観は、世間にあってなかなか強力だ。当時の筆者は、プロの運用を個人の運用にあてはめるとどうなるかという構想の下にあれこれを発信していたが、この記事は先の先入観を打ち破る目処が見えた頃の文章だ。説明にモダンポートフォリオ理論のCAPMを持ち出しているのが今から見ると少し大げさだ。

 最近は、お金の3つの自由「つかいみちの自由」、「大きさの自由」、「運用の形の自由」を中心に説明することにしている。リスクの大きさは投資する資産の「種類」ではなく、リスク資産に「投資する金額」で調節する方が効率がいいという点に納得して貰えると難しい所はない。

 もっとも「投資家のタイプ別に適する運用方法・商品がある」という考えは、金融機関のマーケティングに利用されているし、規制の上でも「適合性の原則」(顧客の属性に合った営業を要請するルール)が存在するなど、世間の先入観としてまだまだ強力だ。

 本当は、もっとシンプルでいいのに!(2022年9月7日 山崎元)