相場環境が変わる?パウエル議長の講演に注目

 米国CPI(消費者物価指数)のピークアウト観測から132円台前半まで下落したドル/円は、マーケットの期待を強く否定するかのようにFRB(米連邦準備制度理事会)当局者からのタカ派発言が相次ぎ、ドル/円は137円台まで上昇しました。

 ドル/円は7月の高値139円台前半から130円台前半までの下落幅の半値である135円を週間終値で完全にブレイクしましたが、「半値戻しは全値戻し」の格言通り140円を目指して一直線に円安進行するかは疑問が残ります。

 なぜなら、ジェローム・パウエル議長は再三(利上げペースは)「データ次第」と述べているように、9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)まではまだいくつかのインフレ指標も発表されるため、指標によって相場環境やマーケットの思惑は変化する可能性があるからです。

 それまでは140円ブレイクを目指すというよりも、135~140円のレンジ、あるいは133~138円をさまようのではないでしょうか。

 一方で物価高と金利高の影響で投資、消費が抑制され、景気悪化は一段と進むことが予想されます。

 FRB高官の中には景気を犠牲にしてでも物価が抑制されるまで利上げを続けるとの強硬姿勢もみられますが、パウエル議長が今週26日(金)のジャクソンホールでの講演で(日本時間 26日午後11時)、利上げペースや利上げ幅は「データ次第」とのニュアンスを強く出せば、ハト派的と捉えられ相場環境が変わる可能性もあるため注意が必要です。

 また、来年の利下げシナリオの妥当性について触れるかどうかも注目点です。

12カ月連続の貿易赤字が円安要因?!

 今年のドル/円は約26円の値幅で動いています。ここ5年の年間値幅は10円前後ですので、今年は倍以上の値動きとなっています。その理由は米国の利上げですが、円安のもう一つの理由として注目されるのが、日本の貿易収支の赤字が拡大し、円売り構造が強まってきたことが背景にあります。

 財務省が17日発表した日本の7月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は1兆4,367億円の赤字でした。赤字は12カ月連続となりました。エネルギー価格の高騰や円安のため輸入額が前年同月比47.2%増の10兆1,895億円となり、5カ月連続で過去最大を更新したことが背景です。

 12カ月連続の赤字は、2015年2月までの32カ月に次ぐ過去2番目の長さとなります。2015年2月までの赤字は東日本大震災後の原子力発電所停止に伴い、火力発電所用の燃料輸入が急増したことが影響しました。

 燃料輸入の急増によって輸入が増えた点は、今回と同じような背景ですが、今回は輸出額も2カ月連続で過去最大を更新している点が異なります(19.0%増の8兆7,528億円)。

 輸出金額が過去最大となっているにもかかわらず、赤字が続いているということは、エネルギー価格の高騰や円安の影響がそれほど大きいということを物語っています。このまま、エネルギー価格が高止まりし、130円以上の円安が続けば、構造的に円安地合いが続くということになりますが、貿易収支を含めた経常収支の枠組みで見ると、また違った見方になります。

円を取り巻く需給環境に注目

 財務省が8月8日に発表した2022年1~6月の日本の国際収支統計(速報)によると、海外とのモノやサービスなどの取引状況を示す経常収支の黒字額は前年同期比63.1%減の3兆5,057億円でした。63.1%減とは2021年上期から6兆21億円減った金額で、上期としては比較可能な1986年以降で最大の減少額となりました。

 経常収支は輸出から輸入を差し引く貿易収支や外国との投資のやり取りを示す第1次所得収支、旅行収支を含むサービス収支などで構成されています。これまでは、貿易収支が黒字、第1次所得収支が黒字、サービス収支が赤字という黒字体質の構造でした。

 黒字とは、外貨の支払いよりも受け取りが多いことであり、赤字とは、外貨の支払いの方が多いということになります。黒字の場合、受け取ったドルを日本国内で使うために、そのドルを為替市場で売って円に換える必要があります。

 このドル売り・円買いによって円高圧力が高まることになります。今年上期の経常収支の黒字の急減とは、円高圧力が急速に減退したということになります。

 逆に赤字は、ドルを買って海外に支払う必要があるため、そのドルを買うため為替市場で手持ちの円を売って、もしくは円を調達してドルに換える必要があります。この円売り・ドル買いによって円安圧力が高まることになります。

 このように貿易収支を含む経常収支でみると、昨年同期比で63%の黒字が急速に減少しましたが、まだ黒字なので総合的には円安構造に変わったということではありません。しかし、急速な黒字減少によって円高圧力が減退し、円安に行きやすくなったということは言えそうです。

 ただ、6月単月でみると、経常収支は1,324億円の赤字となりました。貿易収支の赤字を所得収支で補いきれず、1月以来、5カ月ぶりの経常赤字となりました。

 2022年上期の月間終値の平均は124円台です。現在のドル/円は上期の平均よりも10円超の円安水準であるため、貿易赤字額は拡大する可能性があります。

 このまま貿易赤字が拡大していくと、経常収支の黒字が減少し、その先には恒常的に赤字になってくることもシナリオとして想定しておく必要があります。その時は、円高圧力の減退から円安圧力の増大という方向に転じていく可能性があります。

 今後、米国景気が本格的に悪化し、物価が低下してくるとFRBは利上げペースを鈍化させ、場合によっては利上げ停止から利下げ方針に転換してくることも予想されます。そうなると、FRBが行動を移す前に長期金利は低下し、ドル安に転じることが予想されます。ドル/円は130円を割れ、場合によっては120円を割れる動きになるかもしれません。

 しかし、日本の経常収支が黒字減少から赤字へ転換し、恒常的に円安圧力になってくれば110円割れは遠い目標になる可能性があります。

 100円割れはかなり遠い目標になるかもしれません。もちろん、FRBの方針転換によって円高となり、エネルギーや食料品価格が低下してくれば、輸入金額が減少し、輸出金額が上回って貿易黒字に改善することもシナリオとして想定されます。円を取り巻く需給環境がここ数年で大きく変わってくるかどうか留意しておく必要があります。