※本記事は2014年6月2日に初回公開したものです。 

最初の担当ファンドはバランス・ファンドだった

 バランス・ファンドとは、内外の株式・債券といった複数のアセット・クラス(資産分類)に投資するタイプの運用商品を指す。「株式が国内・海外合わせてこれくらい」といった大まかな性格が決まっていて、ファンドマネジャーが、アセット・クラス間の配分を裁量的に変化させるタイプのものが多い。

 商品によっては、あらかじめ配分比率を固定させたものがあるが、アセット・アロケーションをプロの運用者に任せることが出来る点が売りになっている場合が多い。

 実は、筆者がファンドマネジャーになって、はじめて担当したファンドは、こうしたバランス・ファンドだった(当時の野村投信の「株式型エース8602」という投資信託だった)。内外の株式が合計で5割よりも多く、外国の債券も組み入れることが出来る、そこそこにリスクの大きなファンドだった。

 運用を担当してみると、アセット・アロケーションを変更出来る自由度は、もちろん難しくもあるが、ファンドマネジャーにとって戦略の幅が拡がって、心地のいいものだった。

「原則として株式100%」といった単一のアセット・クラスに投資し、アセット・アロケーションを考える必要のないファンドを運用するのは、シンプルで潔い面があるが、先にバランス・ファンドを運用する自由を味わってしまうと、味気ない面がある。

 率直にいって、筆者は個人的に、自分が運用する対象としてであれば、バランス・ファンドが大好きだ。

アンチ・バランス・ファンドに変わった切っ掛け

 ところで、筆者は、「インデックス投資ナイト」のような投資家のイベント等での発言や、本稿のこれから書く部分もそうなのだが、運用商品としてのバランス・ファンドに対して、否定的な立場に立つことが多い。

 ファンドマネジャーとしてバランス・ファンドの運用が好きだったのに、アンチ・バランス・ファンド的な意見を持つようになった切っ掛けは、年金運用との関わりだった。年金運用へは、信託銀行、生保、投資顧問会社など運用会社の側で運用に関わったこともあるし、証券会社等に勤めながら年金基金向けの情報提供をするような立場で関わったこともあるが、企業年金(当時は多くが厚生年金基金)の立場から見ると、バランス・ファンドは扱いにくいのだ。

 特に、1990年代にあって、運用に関する意識改革が遅れている基金は、営業マンに勧められるままに、信託銀行や生保のバランス・ファンドを複数抱えて、運用全体のコントロールはおろか、内容把握にさえままならない、「ぐずぐずの運用管理状態」にあった。ダメな年金基金の運用の典型例が、複数のバランス・ファンドによる運用だったのだ。

 もっとも、こうした状態は、現在でも完全に解消した訳ではなく、企業年金の運用では、信託銀行などの言うままに、バランス運用の中に、「オルタナティブ運用(代替的資産運用)」などと称する委託した側では内容が把握出来ず、実質的な運用手数料が高い商品を紛れ込まされている場合がある。

 この辺りの状況は、対面型営業のセールスマンのいいなりに「お任せ運用」をしている、証券会社の個人客の状況と大差ない。

個人にとってのバランス・ファンド

 バランス・ファンドは、商品それ自体として評価すると、株式100%のファンドよりもリスクが小さくて投資家からみて無難(精神的に)であり、商品を販売する側から見ても後のクレームのリスクが小さい(ように思える)。

 また、アセット・クラスの配分を決める「アセット・アロケーション(資産配分計画)」は、投資に不慣れな人にとっては難しく感じられるので、これをファンドの運用側でやってくれるバランス・ファンドは、初心者にとって気が楽な商品だといえる側面がある。

 こうした性質から、バランス・ファンドは「初心者向きだ」という声がある。

 また、2014年から導入されたNISA(少額投資非課税制度)では、5年間の非課税優遇期間中に対象資産を売却した場合に、非課税枠がその分だけ縮小してしまう制度設計になっている。運用期間を通じて資産配分を調整する投資行動を「リバランス」と呼ぶが、バランス・ファンドは、NISAの枠内でリバランスを可能にするので、「NISAに向いた商品だ」と言う向きもある。マネー誌や経済新聞などのNISA関連の記事にも、こうした意見がしばしば掲載されている。

 しかし、バランス・ファンドが「初心者向け」だというのは嘘だし、「NISAに向いている」というのは明白な誤りだ。

 これらの嘘や誤りを理解するためには、何れも難しいことではないのだが、お金の運用に関して3つの「物の見方」に気づく必要がある。列挙すると、以下の通りだ。

 仮に「個人の運用管理、基本三原則」としておこう。以下の通りだ。

個人の運用管理、基本三原則

  • (1)投資家はリスクを投資金額で調整出来る。
  • (2)投資家にとって大切なのは自分の資産の「一部」ではなく「合計」だ。
  • (3)投資家は運用の中身を知らないよりも知っている方がいい。

 それ自体としては、理解に何ら専門知識を要しない当たり前の話だ。

 現在、1世帯当たりの金融資産保有額の中央値は450万円くらいだが、例えば、このくらいの金融資産を持っている会社員が、この中の300万円を株式などのリスク資産の運用に回してもいいと思っているとしよう。

 例えば、300万円全額を国内株式で運用する投資信託に投じると、投資信託のリスクがTOPIX(東証株価指数)並だとして、運用環境が悪い場合には、1年後に100万円くらい損をする可能性がある。「これでは、リスクが大き過ぎる」と思った場合には、300万円を丸々もう少しリスクの小さな商品に投資する選択肢の外に、例えば国内株式に対する投資額を150万円に半減させるような「リスク資産投資の減額」の選択肢がある。

 バランス・ファンドは、前者の選択肢として考えられる。

 さて、どちらがいいのか?

 リスク管理の一般論として、投資額の縮小は最もシンプルで確実な方法だ。他方、バランス・ファンドに投資した場合、運用の中身が実際にどうなっているのかが把握出来ないことが多いし、ある程度分かったとしても、今後はどうなるのかについて曖昧さが残る。

 リスクの把握がこんなに「難しい」ということは、少なくともバランス・ファンドは「初心者向け」ではない、ということだ。

「バランス・ファンドは初心者向きだ」といっている人は、おそらく、投資の初心者がリスクの把握を放棄することを前提としているのだろうが、もちろん、これは不適切且つ無責任だ。

 バランス・ファンドを売る場合でも、金融機関はリスクについて説明しなければならないし、投資家はリスクを理解して投資すべきだ。「初心者は自分の投資のリスクを理解出来なくても、コントロール出来なくても構わない」とはっきり言うセールスマンは少ないだろうが、商売の利害に目がくらんで、このことを無視している金融マンが少なくないのは残念なことだ。

 加えて、現実的な優劣を付け加えると、バランス・ファンドに投資するよりも、バランス・ファンドと同等のリスクを自分で組み立てる方が「安上がり」だ。例えば、株式・債券(含む現金)に半々に投資するバランス・ファンド(リテール向けの投信だと信託報酬は1.0%くらいが多い)に投資するよりも、半額をインデックス・ファンド(ETFだと0.1%くらいだ)に投資し、残りで個人向け国債でも買っておく方が、投資家は、支払手数料の総額を遙かに小さく抑えられる。

 NISA口座でバランス・ファンドを買うのも正しくない。

 NISAは運用益が非課税になる仕組みなので、自分の運用全体の中で期待リターンの高い資産の運用をNISA口座に集中させることが「得」になる。

 例えば、450万円の金融資産中、150万円分株式ファンドを買ってもいいと思っている人は、NISAに100万円分株式ファンドへの投資を集中させて、残りの50万円をNISAの外の一般口座で株式ファンドに投資し、あとの300万円を元本割れしない運用に回すといった運用を行うことで、自分の運用の「全体」を最適化することが出来る。

 NISA口座でバランス・ファンドに投資すると、NISAの非課税のメリットを薄めてしまうことになる。

 これだけ明白な優劣があるのに、マネー誌や経済新聞が、あたかもバランス・ファンドがNISAの有力な選択肢であるかのような記事を載せるのは、記者が不勉強なのか、あるいは、しょせん広告主である金融機関に迎合しているのか、何れなのか理由は分からないが嘆かわしいことだ。

 尚、バランス・ファンドを擁護する最後の論拠として、「プロによるアセット・アロケーションの付加価値」があり得るが、資産配分のタイミングで安定的に成功する運用者を見つけることが難しいのは、資産運用業界の常識だ。

 だからこそ、120兆円の資産を運用する公的年金を含む年金基金をはじめとして、投資家自身が資産配分を決めて、アセット・クラス毎に運用を任せる相手を選ぶスタイルで運営することが、機関投資家の運用の世界の標準になっている。

 かの「ウォール街のランダムウォーカー」(バートン・マルキール著、井手正介訳、日本経済新聞社)には、バンガード・グループの創業者であるジョン・ボーグルの次のような言葉が載っている。「私はこのビジネスに三〇年間携わってきたが、マーケット・タイミングを利用して継続的に成功を収めたという人には、これまでお目に掛かったことがない。そればかりか、そのような人物を知っているという人にさえ出会ったことがない。実際、私の印象では、マーケット・タイミングを投資に利用しようという試みは、何の付加価値ももたらさないのみならず、全く逆の結果をもたらすだけではなかろうか」(前掲書P237)。

 大規模な年金基金ほどではなくとも、複数の運用口座を持っていたり、複数の運用商品に投資していたりする投資家が多いだろう。NISA口座を持っていたり、確定拠出年金を持っていたりする投資家も、大半が、別の口座でお金を運用していよう。

 こうした場合、「自分の運用全体を最適化し、その中で、個々の口座や商品に最適なものを割り当てる」という考え方が出来るかどうかが重要だ。もちろん、(1)リスクの把握、(2)リスクのコントロール、が共に容易で、(3)運用に掛かるコストが安い方がいいことは、容易にご理解頂けよう。

 残念ながら、バランス・ファンドの側に有効な反論はない。

【コメント】
 8年前の記事だが、内容に変更すべきだと思う点はない。個人にとっても年金基金のような機関投資家にとっても、リスク資産の大きさを金額として「自分で」決めて、シンプルでローコストな運用商品を使う方がいい。

 文中に挙げた以下の3つのポイントは考え方として常に重要だ。

(1)投資家はリスクを投資金額で調整出来る。
(2)投資家にとって大切なのは自分の資産の「一部」ではなく「合計」だ。
(3)投資家は運用の中身を知らないよりも知っている方がいい。

 これら3点を踏まえることで、例えば、NISAやiDeCoの商品選択を一意的に決められるし、ファンドラップやロボアドバイザーなどの運用サービスで投資家の利益にならないものを自信を持って避けることが出来る。(2022年8月13日山崎元)