2022年度から、高校の家庭科の授業で、投資や資産形成に踏み込んだ金融授業が義務化された。

「突然始まったように見えますが、実は金融教育については、かなり前から家庭科の教科書に掲載されていたんです。しかし、資産形成や投資にまで踏み込んだ内容であることと、高校の授業で義務化することが2022年度のトピックとして話題になっています」と語るのは、株式会社イー・カンパニー代表・八木陽子さんだ。

 八木さんが主宰している「キッズ・マネー・ステーション」は、親子で仕事や金銭管理を学べる体験型のセミナー。講師の養成講座もあり、全国で300名以上の「お金の先生」が、現代に必要なお金との付き合い方を広げている。八木さんがこの活動を始めたのはなんと17年前の2005年にさかのぼる。

 当時、ファイナンシャルプランナー資格を取得したばかりだった八木さんは、海外の金融教育に興味を持ち、休みを利用して渡豪した。知人の紹介で、複数の小学校や高校の「金融授業」を2週間かけて参観。マネー教育先進国の本気度に触れ、感銘を受けて帰国したという。

 これをきっかけに、日本でのマネー教育の普及活動を本格的に開始した八木さんは、日本のマネー教育のお手本を探して、世界の金融教育の実情についても情報を収集している。そんな八木さんに、各国のマネー教育の進度・深度を聞いてみた。

▼プロフィール

八木陽子(やぎ・ようこ)

(株)イー・カンパニー代表 ファイナンシャルプランナー/キャリアカウンセラー

 上智大学外国学部卒業。出版社で女性情報誌の編集部勤務をへて独立。「お金は生活に必要なものなのに、なぜ、話す機会が少ないのだろう?」という疑問から、堅いお金の話を楽しく分かりやすく伝える伝道師になる!と決意。ファイナンシャルプランナーやキャリアカウンセラーとしての17年以上の仕事実績と消費者の視点から、誰よりも分かりやすく「お金」「経済」「キャリア」を伝える。

 現在までに、1,000件以上の相談を実施。一貫して、顧客の立場に立った「マネープラン」「キャリアプラン」を提案。 2017年より文部科学省検定の高等学校の家庭科の教科書に、ファイナンシャルプランナーとして初めて掲載される。

1.2年ごとの金融教育現状調査を実施&公開!

 金融先進国のイメージが強いアメリカでは、国家戦略として金融教育を推進する動きが強い。州ごとに教育の濃淡が出ているのも事実だが、米国経済教育協議会(Council for Economic Education:CEE)という機関が主導し、2年ごとに米国50州とコロンビア特別区での、金融教育の進捗(しんちょく)調査を行っている。

州ごとにばらつきはあるが、「金融教育をまったくしていない州」はほとんどないことが分かる。特に熱心なのは西海岸の各州や、東海岸の首都に近い州。
CEE 調査よりトウシル制作2022-SURVEY-OF-THE-STATES.pdf (councilforeconed.org)

 2022年度の調査では、金融授業の受講を義務付けている州は23と、約半数の州がなんらかの形で金融授業を義務化していることが分かる。さらに、各州の取り組みなどについても綿密な調査が行われており、Webサイトで公開され、進んでいる州、遅れをとっている州が一目瞭然となっている。

2.業界・企業横断の連盟がある!

 アメリカには、金融教育の推進力を増す上で大きな影響力を持つ「Jump$tart Coalition (ジャンプスタート連合)」という組織がある。この組織の最大の特徴は、官・民・非営利の、全カテゴリの企業や団体、個人が参画できる横断組織である点。

 シティバンクなどの大手の金融機関から小規模な教育団体まで、200を超える組織が加盟しており、幼稚園年長から高校3年生を対象として、金融教育推進のためのさまざまな活動を行っている。

 この組織のサイトには、教員用資料や、家庭向けの教育素材など、ターゲットや内容もさまざまなコンテンツがそろっており、授業や家庭教育で自在に活用することができる。州ごとに進んでいる・遅れている、という点は不平等ではあるが、定期的な調査や横断組織の横展開で、教育レベルが標準化されていく方向も期待できるといえる。

八木さんチェック!

 アメリカでの金融教育過熱の発端は、やはりリーマンショックといえるでしょう。金融教育を受ける機会が少ない層を中心に、ローンを組んで破綻した人が急増したサブプライム問題などが起こり、より多くの人に金融教育を受ける機会を提供するための活動が活発化しました。

 日本では全国を対象とした、体系的かつ定期的な調査が行われていないため、金融教育の現状は「教育現場の先生の意欲しだい」、という傾向が否めません。また、それぞれの業界でさまざまな取り組みをしているのですが、各自がバラバラで取り組んでいるため、横断して教育素材やノウハウを共有しあうなどの連携が取れていないのが事実です。

 学びたい人がいつでも学べるよう、教育をオンライン化したり、共通テストなどで標準レベルを明確にするなどして、国全体の取り組みを明確にする必要があります。

1.座学を抜け出したワークショップ授業!

 オーストラリアもアメリカ同様、州ごとのばらつきがあるが、州の代表者が集まった大臣協議会で、「金融リテラシー(金融に関する知識や情報を正しく理解し、主体的に判断・行動できる能力)」を身につけるカリキュラムを導入することが決定されるなど、国家戦略として取り組む姿勢が示されている。

 特徴的なのは、八木さんが視察したビクトリア州の金融教育授業に使われる教科書「Earn & Learn」。小学校の社会の時間に、実際に自分たちで仕事を選び、お金の使い方を学ぶ、キッザニアのような授業を体験する、ワークショップ的授業が興味深い。

 そのためには、お給料に始まり、生活費、税金などの知識や取り扱い方、自分に合った仕事を選ぶための職業リサーチ、万が一のときの社会保障など、生活や将来に根付いた実務を、社会に出る前に疑似体験できるのが秀逸。

2.職業教育も並行して学ぶ!

 金融リテラシーと並行して行われているのが起業家教育。どんな職業を選ぶのか、というところから必要な資金や将来稼げるお金も異なってくるため、さまざまな職業の保護者が授業に訪れ、自身の仕事内容や、その職業に就くためのプロセスなどを話す、保護者参加型の授業も開催されている。

八木さんチェック!

 金融教育以前に、「生きていく力を学ぶ」というテイストが強いのがオーストラリアの特色。日本ならば、大学生が就職活動で初めて触れるような内容を、小学生のころから、しかも長期スパンで展開しているところが、起業家の多いオーストラリアならではです。

 サラリーマンなら年末調整がある日本と違い、税金も各自で申請・納税するのが当たり前なので、税金に関する知識やノウハウもしっかり学んだ上で社会に出るという点が頼もしく、何においても「人任せ」にはしない力が備わることも期待できます。

1.金融教育レベルが全英で標準化されている!

 社会科や公民のような「シチズンシップ」という共通カリキュラムがあり、11~13歳、14~16歳など、年齢別にステップアップしてお金に関する知識を得ていく方式。日本と同様、学習指導要領に似た標準化がされており、全英共通レベルでの授業が展開される。

2.児童手当が投資用口座とセットで提供!

 期間限定ではあったが、「チャイルドトラストファンド」という、児童手当のような制度が過去にあり、その制度では、手当を現金で給付するだけではなく、投資用の証券口座を指定されていたのが画期的。約250ポンド(≒5万円程度)が支給されると、自動的に証券口座で投資資金となる仕組み。

 日本では、児童手当は知らない間に生活費に紛れてしまいがちだが、イギリスでは、児童手当を投資口座に入れて有価証券化し、投資スキルを早くから身につける道筋がつくられている。

八木さんチェック!

 なんといっても、児童手当と投資口座がセットになっている点が画期的です。日本でも児童手当が普及されていますが、おそらく普段の生活費や子供の学校用品を購入するうちに消えてしまっているはず。子供の将来のために早くから投資を開始し、将来の教育費に備えるという体制がほぼ義務として固められているのが素晴らしい。

 日本のNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)はもともとイギリスの制度を参考に作られているなど、金融に関する制度や考え方のお手本的国家です。このチャイルドトラストファンドも、成人したら、ISA口座(日本のNISA口座に等しい節税口座)へ移行するという点も、お金→投資という自然な流れがつくられているのが素晴らしいです。

1.当たり前のような超キャッシュレス文化!

 北欧3国の最大の特徴は、いずれもが超キャッシュレス社会である点。スウェーデンでは、硬貨の鋳造コストを削減するため、1970年代から少額硬貨の廃止が実施されている。

 さらに、2012年、国民IDと銀行口座をひも付けた「Bank ID」という決済認証システムを基盤にして、国立銀行と大手銀行6行が共同開発したスマホアプリ「Swish」が、国民の約7割に普及し、キャッシュレス化がぐんと進んだ。デンマークではキャッシュレス化の相乗効果として、強盗などの犯罪率が低下。キャッシュレス効果の恩恵を国家的に受けている。

2.フィンランドは金融教育調査で第2位!

 OECD(経済協力開発機構)が実施している、「PISA(ピザ:Programme for International Student Assessment)」という世界共通調査があり、数学や読解力、金融リテラシーなどの科目があるが、フィンランドは、金融リテラシー部門で世界第2位のハイスコア。

 北欧全体でキャッシュレス化が進んでいることもあり、お金が「見えない」かわりにお金の「仕組み」を見える化し、管理能力を鍛えることで金融リテラシー全体が向上していると思われる。

参考:PISA 2018 Results

八木さんチェック!

 フィンランドもデンマークもスウェーデンも、現金を使わずに生活できるほどキャッシュレス化が進んでいる点が、マネー教育の推進力となっていると思います。

 見えない分、金銭管理や危機管理、ITリテラシー、セキュリティ意識など、複合的にさまざまなリテラシーが向上していくことが期待できるため、北欧は、総合的な「生活リテラシー」が非常に高いエリアと言えるでしょう。

日本、金融教育に本気になる!

 金融広報中央委員会の「金融リテラシー調査(2022年)」の各国調査比較では、家計管理や生活設計・金融知識・行動特性などの設問に対する正答率において、日本は他の先進国とほぼ変わらない結果に。2019年度の同じ調査では、先進国に比べてかなり遅れを取っていたが、ただいま追い上げ中といったところだ。

金融広報中央委員会の「金融リテラシー調査2022年」よりトウシル作成

八木さんチェック!

 17年前、私がマネー教育普及活動を始めた当初は、意欲的な保護者や教育機関から「お小遣いの使い方」など金銭管理や「キャッシュレス決済」についての講座を求められるケースが大多数で、投資や資産運用に関してはニーズがほとんどなく、逆に、「将来、働かなくなったら困るから、投資は教えないで」という方もいたほどです。

 しかし、ここ2~3年で、一気に「投資」「資産形成」についての講座を開催してほしいという依頼が増えました。「老後2,000万円問題」で、投資が一部の富裕層だけの問題ではなく、庶民でも積極的に資金運用して増やしていく、という考えが市民権を得たのだと考えます。さらに、「子供だけでなく、自分も一緒に学びたい」という保護者の声もよく聞きます。

 保守的でなかなか投資への風が吹かなかった日本ですが、ここ数年で大きく風向きが変わってきたことを感じています。高校生への金融・投資・資産形成教育の義務化を通して、子供たちだけでなく、日本全体の金融リテラシーが向上し、逆風の中でも生きぬく知恵や力が育っていくのではないかと期待しています!

世界の子どもの金融リテラシーテスト「PISA」分析記事はこちらから!