ファンドの注目を集めるスタンレー・フィッシャーの公聴会

FRBは世界最大のヘッジファンドであり、リーマンショック後の相場の主役はFRBだ。リーマン危機後は株式や債券のほとんどの上昇要因がQE(量的緩和)となっている。昨年の12月のFOMCでQEの縮小を決定した。本来ならこの時点でQEバブルの縮小が起きてもおかしくなかったが、イエレンが次期FRB議長に決まったことで始まったイエレンバブルが暴走し、2013年年末まで米国株は上げ続けた。

イエレンが主張する「オプティマル・コントロール(最適管理)の金融政策」では、利上げ時期が2017年となっていたことから、QEは縮小するが低金利はかなりの長期間にわたって続くというのがイエレンバブルの根拠となっていた。

ところが、このイエレンバブル観測は、昨年の12月11日に「FRB副議長ポストをめぐり、スタンレー・フィッシャー前イスラエル中銀総裁(70)が就任の要請を受けている」ことが報道されたあたりから雲行きが怪しくなってきた。

NYダウ(週足)と米国の量的緩和政策 2トップ体制のFRBには不透明要因が多い


(出所:石原順)

スタンレー・フィッシャーFRB副議長候補をオバマ大統領に推薦したのはサマーズ元財務長官であると噂になったが(過去にサマーズはIMF筆頭副専務理事にスタンレー・フィッシャーを推薦したことがある)、イエレンより格上の人物がFRB副議長候補となったことで、FRBは事実上の2トップ体制になったと報道されている。

スタンレー・フィッシャーのFRB副議長の就任は、「イエレン自身が後ろ盾としてホワイトハウスに頼み込んだ」という観測も一部にあるようだが、それが本当ならイエレンは市場の洗礼を受けることになるだろう。

ハト派のイエレンと、中道派(米量的緩和は危険だが必要だったと過去形で語り、フォワードガイダンスにも懐疑的)のフィッシャーという構図の中で、「イエレンは最適管理の金融政策モデルを重視した政策運営ができないのではないか?」との疑念から、一部のファンドは1月に入ってリスクポジションの縮小に動いたようだ。

相場の主役がFRBとなっている以上、その方針によって相場の上げ下げが決まる。スタンレー・フィッシャーFRB副議長候補がどのような方針を持っているのかはまだ不透明感が強く、米上院の銀行委員会が2月の最終週に予定しているスタンレー・フィッシャーの公聴会にファンドの注目が集中している。新興国危機の行方も、そこでおぼろげながら見えてくるだろう。

このようにみると、年初からのリスクオフ相場はイエレンバブルの反動的な動きで、アルゼンチン・ショックを契機とした新興国のパニック相場も、その流れの中で起きたポジションの巻き戻しだと考えることができよう。

ドル/円、目先の底打ちのタイミングは?

裁定解消売りから日本株が急落し、ドル/円も2月4日にはジャパントレードの巻き戻しから100円75銭まで円高が進んだ。ドル/円の下落についてはファンダメンタルズ的な要因というよりは、「積み上がった円売りポジションの崩落」という需給相場の色彩が強い。

2014年1月28日時点のシカゴの円のポジションは、ネットポジションの円売りが86192枚と、2013年12月24日のピーク143822枚から大きく縮小した。5週連続で円売りポジションが縮小している格好だ。2013年以降のアベノミクス相場では、円売りポジションの下限が2013年10月8日の57097枚となっており、概ね6万枚まで縮小すると相場はいったん反転している。

今週の2月8日(土曜日)には2月4日時点の円のポジションが発表されるが、急激な円高でさらに円売りポジションの縮小が進んでいると思われる。どの程度ポジションが縮小しているかに、投機筋は注目している。

シカコIMM 円のポジション (1月28日時点 CFTC発表)

2013年以降の円売りポジションの下限は概ね6万枚(緑の平行線)、2月4日時点のポジションに注目!


(出所:石原順)

先週のレポートで、「周期的な底値はあと2-3週間以内に付けるのではないかという見方も出ている。運用者の意見を集約すると、ドル/円の底値のゾーンは100円プラスマイナス1円50銭のゾーンに集中している。そして、押しが深くなるかどうかは、100円を維持できるかどうかが焦点となるという声が多い」と書いたが、2月4日の100円77銭で100円プラスマイナス1円50銭のゾーンに入ってきた。ストキャスティクスもダブルループという底打ちにふさわしい形状となっており、底打ちを示唆する条件が整ってきた。

ドル/円(日足) ストキャスティクスもダブルループ、そろそろ底入れのタイミングを考える時間帯に入ったか…?

上段:ストキャスティクス5.3.3(赤)
下段:フィボナッチのリトレースメントとサイクルボトム


(出所:石原順)

とはいえ、ドル/円の日足はまだ売りシグナルが点灯したままだ。リバウンド相場となれば、「ドル/円の103円や日経平均の1000円程度の戻しは想定できるが、その先の相場がみえてこない」と運用者は口をそろえる。

ドル/円(日足) 円買いシグナル点灯中

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)

 


(出所:石原順)

相場に大きなトレンドが発生する場合、日足と週足で同じ方向の売買シグナルが発生するが、ドル/円の週足は典型的な調整相場の範疇であり売りトレンドが発生しているわけではない。現状は円買いのビッグトレンド相場ではないということだ。この先のドル/円のリバウンドには日足の円売りシグナルの消滅が必要だが、とりあえず、今週102円以上で週足が引ければ、リバウンド相場の第一条件がクリアされるだろう。

ドル/円(週足) 調整相場を示唆

上段:14週ADX(赤)・26週標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21週ボリンジャーバンド1シグマ(緑)・アベノミクス相場以降のトレードゾーン(灰色のゾーン)


(出所:石原順)

年初から株売り・円買いに動きてきたヘッジファンドは、今週末7日の雇用統計、11日・13日のイエレンの公聴会、22~23日のG20、2月最終週のスタンレー・フィッシャーの公聴会を控えて、手仕舞いのタイミングを考えているらしい。

ここ数年の当り屋ストラテジストであるドイツ銀行のデビッド・ビアンコ氏は、今年の基本戦略を「下落時の押し目買い」に据えているが、上記のイベントが買いに転じるきっかけとなるかどうかに注目したい。

2月7日に発表される1月米雇用統計の予想中央値はNFPが+18万人・失業率6.7%となっている。

米雇用統計の推移 (2000年1月~2013年12月)

2月7日発表の1月の米雇用統計予想はNFPが+18万人・失業率6.7%となっている


(出所:石原順)

防御こそ儲けの近道?ボラティリティで相場を観る

ここ数年、ヘッジファンド全体の運用収益は悪化している。ブルームバーグが集計したデータによれば、マクロファンド全般の2013年の運用成績はマイナス2.2%である。長期にわたって高収益を上げ続けてきたファンドの運用者からも、「ここ2~3年の相場はリスクだけ高くて、リスクに見合うリターンがない」との嘆きが聞こえてくる。

このような環境の中で運用成績が安定しているファンドは、徹底したボラティリティ(価格変動率)管理を行っているところが多い。ボラティリティをみるにはATR(アベレージトゥルーレンジ)か、オプションボラティリティを使うのが一般的だ。

NYダウの日足チャートを見てみよう。下のチャートの緑のゾーンがボラティリティの低下している局面である。ボラティリティがピークアウトして(天井を付けて)低下していくこのゾーンでの「買い」は、比較的リスクを軽減できると思われる。上げ相場はジリジリとしか上がらないが、下げ相場はあっという間に下げることが多い。よって、価格変動の測定は実践の売買で有効なツールとなり得る。

NYダウ(日足) ボラティリティの低下期間中は安定した「買い」相場となりやすい?

上段:8日ATR(赤)
中段:日足と18日移動平均線3%乖離
下段:オプションボラティリティ(緑)

(「相場の変動率」を解析する指標(計算式)が「ATR(アベレージトゥルーレンジ)」で、相場の変動が大きい傾向なのか小さい傾向なのかを分析する場合に有効)


(出所:石原順)

ボラティリティの上昇とリスクオフ相場のメカニズム

株と通貨を組み入れたポートフォリオを持っていたとしよう。株や通貨のボラティリティが上昇すると、保有量は一定でもそれにあわせてポートフォリオのリスク量は上昇していく。ファンドや年金などは上がったリスク量を減らすため、株や通貨を売却する。アルゼンチンショックに端を発した今回の世界同時リスクオフ相場は、ボラティリティの上昇がもたらしたものだ。

VIX恐怖指数(日足) ボラティリティが上昇するとリスク資産の売却が出てくる

(VIX指数はS&P500を対象とするオプション取引のボラティリティを元に算出、公表している指数)


(出所:石原順)

相場で一番重要なことは「リスク管理」である。同じポジション量でも、相場のボラティリティレベルによって取っているリスクは全く違ったものになる。ボラティリティの高い場面では、ストップロスを置くか、証拠金を厚めにして、レバレッジを上げないことが重要である。

米国にとっての新興国危機とブラジル経済

現在、多くの新興国が通貨安に見舞われているが、相場的にはともかくアルゼンチンやトルコを除けば、現時点で実体経済が危険な状態に陥っているわけではない。米国株式市場が新興国危機の影響を大きく被るとしたら、危機がブラジルや中国に拡大したときであろう。米国のQEによる資金流入で新興国経済がバブルになっていたことが、新興国危機の根っこにある。

多くのエコノミストが指摘しているように、アルゼンチンやトルコ、あるいはウクライナに危機が起きたところで、米国経済にはほとんど影響がない。米国が困るのは貿易額や投資残高の多いブラジルやメキシコが危機に見舞われることである。

メキシコ経済は、民間投資拡大と税収増を掲げるペニャニエト大統領が就任した2012年以降は好調だ。エネルギー改革などメキシコ政府の取り組みはアベノミクスよりも評価されており、危機に陥るような状況ではない。

新興国を代表するブラジル経済をみてみよう。ブラジルの現地の話を聞くと、景気はよくないが一般人の日常生活にはまだ波及していないという。しかし、2011年以降はAクラス呼ばれる富裕層、Bクラスと呼ばれる中間層の消費が止まっており、ブラジルの内需はCクラス、Dクラスと呼ばれる貧困層のローン消費が中心である。ここにきて米国債とブラジル国債のスプレッドは拡大傾向にあるが、このような状況で金利が上がれば、ブラジル経済はかなりきびしくなる。

ドル/ブラジルレアル(日足) 当局が為替介入を続けているが、2.6レアルを超えてくるとインフレが表面化しそう…


(出所:石原順)

米国のQE縮小の影響でブラジルからの資金流出も起きているが、それ以上にファンド勢が材料視しているのは、10月のブラジル大統領選で労働者党(PT)のジルマ・ルセフ大統領が再選される見込みとなっていることである。ポピュリストと呼ばれる政治家が大統領になっているベネズエラ、アルゼンチン、ブラジルなどを、ファンド勢は政治的に不安定な国とみている。

ポピュリストであるジルマ・ルセフ大統領は、10月のブラジル大統領選まで大衆の人気取り政策に動くので、それまでは経済危機や暴動が起こる可能性は小さくなっている。しかし、来年2015年はその反動でインフレに見舞われるのは必至とみる運用者は多い。ブラジルに危機が起こるとしたら大統領選挙以降と言われており注意が必要だ。

中国はシャドーバンキングによるクレジットバブルの崩壊が喧伝されているが、中国はまだまだ資金的な余裕があり、一党独裁体制なので危機が表面化しにくい。「仮に中国経済が混乱し米国債を売るような事態になった場合には米国も困るが、その受け皿として日本にお鉢が回ってくるだろう」というのが、あるマクロファンドの見方だ。

先週のレポートで、「筆者も今年の新興国経済に関しては注意すべきだと述べてきた。しかし、新興国のドミノ倒し相場が展開されるシナリオについては、少し時期が早すぎるのではないかと思っている」と書いたのは、上記の理由からである。やはり、新興国危機が「大音響相場」に発展するのは、もう少し先になるのではないかと思われる。

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。