円高か、反発続きか

 1ドル=135円台後半で始まった7月のドル/円は、40年半ぶりの米国CPI(消費者物価指数)前年同月比+9.1%を受けてFRB(米連邦準備制度理事会)の1%利上げ期待が強まり、139円台前半まで上昇し年初来高値を付けました。

 しかし、景気悪化懸念から1%利上げ期待が後退し、FOMC(米連邦公開市場委員会)後のジェローム・パウエル議長の利上げペース鈍化示唆発言や、米国GDP(国内総生産)の2四半期連続のマイナス成長(1-3月期▲1.6%、4-6月期▲0.9%)によって、ドル/円は月末にかけて132円台半ばまで急落しました。

 7月の高値から7円近くの円高となりましたが、8月に入ってもこの流れが続き、加えてアジア歴訪中のナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問報道によってアジア株が軟調となり、ドル/円は2日の東京時間に130円台前半まで円高が進みました。

 ペロシ米下院議長は米大統領権限の継承順位2位の要人です。要人の台湾訪問を中国が猛烈に反発し、米中関係悪化懸念が嫌気されました。

 しかし、2日の海外時間にFRB高官からのタカ派発言によってドル/円は133円台前半まで反発しました。8月はここからもう一度円高が進むのか、あるいはFRBの利上げが続くことへの期待からドル/円の反発は続くのか、そして反発の場合、どこまで戻るのかを確かめる月になりそうです。

 7月後半の円高調整は円売りポジションが解消された動きといわれていますが、一気にポジションが解消されたわけではなさそうです。また、下落の節目節目でドル買いも見られていることから、それら節目の水準ではドル売りが出ることも予想されるため反発が鈍くなる可能性があります。

 一方で、日米金利差が縮小したにもかかわらず、もっと円高に行ってもよいはずなのに130円を割れなかったのは、日本の貿易構造の変化(貿易赤字定着)や先行きの利上げが続くことへの期待によって円売りが根強いのかもしれません。8月はそのことを確かめる月にもなりそうです。戻りが鈍いと8月あるいは9月にもう一段の円高調整が来るかもしれません。

 戻りの目安は139円台前半から130円台前半まで約9円の半値、135円近辺が目安となります。「半値戻しは全値戻し」といわれるように、135円を超えて定着すると、再び円売りの流れが続くことになります。135円を超えないと、130~135円のレンジに入り、材料によっては130円割れを狙うかもしれません。

各国の利上げ姿勢も変わる?

 利上げと物価高の影響による景気減速は利上げ各国の景気にも影響してくると思われます。今後の経済指標や利上げ方針のハト派的変更によってはクロス円の円高調整がもう一段進む可能性があり、ドル/円の頭を押さえる要因になりそうです。

 8月2日、RBA(オーストラリア準備銀行)は0.50%の利上げを決定し、政策金利を1.35%から1.85%に引き上げました。しかし、声明文で利上げについて「あらかじめ設定された軌道上にあるわけではない」という文言を付け加えたため、利上げに対する慎重姿勢と受け取られ、豪ドル売りとなりました。豪ドル/円も円高が進み、ドル/円の頭を押さえる動きとなりました。

 8月4日にはBOE(英国中央銀行)のMPC(金融政策委員会)が開催されます。欧米の景気悪化を受けてインフレ抑制と景気悪化のバランスをどのように対応するのか注目です。

 8月は日米欧とも中央銀行の理事会はありませんが、8月25~27日のジャクソンホール会議でのパウエル議長の講演が相当注目されそうです。9月のFOMCに向けたメッセージを発信するかどうか注目です。物価のピークアウトとタイミングが重なれば9月のFOMCが分岐点になるかもしれません。

8月は円高になりやすい

「8月は円高」とよくいわれます。このコラムでも何回かこのテーマを取り上げていますが、必ずしも円高に行くということはないようです。8月に経済的、軍事的大事件が起こって円高になったこともありますが、おそらく円高に動いた時に円安よりも振れ幅が大きかったことから、「8月は円高」の印象が強くなっているのかもしれません。

 ハッサクにとっても、1990年のイラクのクウェート侵攻や2007年のパリバショックは、夏休み休暇中に起こったため、その時の印象が強く残っています。そのため8月は円高に注意との警戒心をいまだに持っています。

 昨年(2021年)やおととし(2020年)の8月はコロナ禍だったこともあり、月間値幅は各年2円程の動きでした。月初と月末の差も昨年は約30銭の円安、おととしは約10銭の円安でほとんど動いておらず、夏枯れ相場となりました。

 また、需給面では、8月は外債投資の利金円転(ドル売り円買い)や、お盆休み前の本邦輸出企業のドル売り予約の増加など、円高に振れやすい偏りがみられたことから円高に行きやすいとの見方もありました。しかし、ここ最近の貿易収支は赤字が続いているため、石油会社など輸入企業のドル/円の買い予約の方が多い可能性もあり、円高を抑制するかもしれません。

 むしろ、8月に注意すべき点は、お盆休みや海外の投資家も含め夏休みなどでマーケット参加者が少なくなるため値動きが荒くなりやすい点です。

 下記に8月に発生した経済的、軍事的大事件をまとめましたので参考にしてください。今年はウクライナ情勢や台湾情勢など地政学リスクが高まっている地域が多いので引き続き警戒する必要があります。

 また、FRBの急速な利上げとドル高によって、新興国の通貨や株の下落、債務の増大、加えてエネルギー価格や食料品の物価上昇による社会不安などが起こる可能性もあるため注意が必要です。

 FRBが1994年2月~1995年2月の1年間で3%利上げした時には、1994年末にメキシコ通貨危機が起こっています。今回は5カ月間で既に2.25%の利上げを行っています。かなりハイピッチの利上げであるため、警戒心は持ち続ける必要がありそうです。

*8月に発生した経済的、軍事的大事件

日時 起こった出来事
1971年8月15日 ニクソンショック。金・ドル交換停止、10%の輸入課徴金
1990年8月2日 イラク軍がクウェートに侵攻
2007年8月9日 パリバショック
2008年8月7日 北京オリンピック開催中に南オセチアでグルジア軍と軍事衝突。翌8日にロシアが軍事介入→欧州経済悪化も加わり、ユーロ/円が8円の円高
2011年8月8日 米国債務問題から米国債が格下げされ(5日(金))、翌週8日(月)に
世界同時株安
2015年8月24日 中国景況感の悪化から上海株が急落し、世界同時株安に。上海株が一時8%近く急落した日は、ドル/円の値幅が6円近くの荒れ相場に
2019年8月5日 米中貿易戦争激化の中、人民元安と米国の中国「為替操作国」指定で円高に。ダウ工業株30種平均は、一時960ドルを超える下げ。人民元は11年ぶりの1ドル=7元超え、為替操作国指定は25年ぶり
2022年8月2日 ペロシ米下院議長の台湾訪問報道により米中悪化懸念からアジア株が軟調、ドル/円は2円程度円高が加速