ドル/円は月末105円30銭の攻防

今年の相場が円安となるか円高となるかを占う上で、1月末の終値に注目している。「今年は大発会が円高で始まったが、このまま1月の月足が円高だと、年間では円高が12回、円安が4回だった。つまり、円高になる確率が円安の3倍になる」(日経新聞電子版【マーケット反射鏡】大発会及び1月円相場の方向と年間相場との関係)というのがその理由だ。

円安を観ている投機筋は1月相場の円高は勘弁してほしいという心境らしい。昨年末のドル/円の終値は105円30銭付近だったので、月末までの相場の焦点は105円30銭を超えるかどうかに関心が向かっている。

ドル/円(月足) 一目均衡表

月足チャートは1月終値、61.8%戻し、遅行線と雲の攻防など注目ポイントが多い


(出所:石原順)

ドル/円の週足は先週の相場で21週ボリンジャーバンド+1シグマを割り込む場面があったが、週足終値ベースでは21週ボリンジャーバンド+1シグマの上での推移を維持している。今後、+1シグマのライン(1月23日現在103円62銭)を週の終値で割り込むと、週足も調整に入る疑念が高まる。今週の終値が103円40銭以下だと、強い円安を示唆するシグナルは消滅し、相場はニュートラル(中立)に転換する。

ドル/円(週足) 今週の終値が103円40銭以下だと、相場はニュートラル(中立)に転換

上段:14週ADX(赤)・26週標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21週ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ドル/円の日足は14日ADXや26日標準偏差ボラティリティが下落過程にあるという典型的な調整相場となっており、103円か105円のどちらかをブレイクしない限り、レンジ調整相場が続くだろう。

ドル/円(日足) 調整レンジ相場継続中

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

オセアニア通貨間で人気交代?

先週のレポートで取り上げたニュージーランドドル/円は、1月17日に支持線となっていた21日移動平均線を割り込んだが、翌日には21日移動平均線上に復帰し穏やかな上昇相場を続けている。

1月20日の日経新聞夕刊『FXウォッチ』に「オセアニア通貨間で人気交代か」という記事があったが、オーストラリアとニュージーランドの金利逆転観測を受けて、個人投資家のニュージーランドドル/円の取引が増加しているという。引き続き、押し目買いを継続したい。

ニュージーランドドル/円(日足) 利上げ観測から人気通貨に…

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド


(出所:石原順)

ルー米財務長官の円安牽制発言

2012年末までは、学者やエコノミストと呼ばれる人の多くが円の実質実効レートを根拠に、「現在の70円~80円台という為替レートは円高ではない」と主張していた。2014年の今年は、「現在の105円という為替レートは実質実効レートでみると、1982年10月の円安のピークに迫っている」ということが話題となっている。

円の実質実効レート(赤)とドル/円の月中平均(青)の推移 1980年1月~2013年12月 円の実質実効レートは数字が小さいほど円安

(実効為替レートは、特定の2通貨間の為替レートをみているだけでは捉えられない、相対的な通貨の実力を測るための総合的な指標。様々な通貨と円為替レートを貿易取引額で加重平均した為替レートが実効為替レートで、それをインフレ率で調整したものが実質実効為替レートである)


(出所:石原順)

そんな中、米国から円安牽制発言が伝わってきた。米国のルー財務長官は1月16日の講演で、「Japan's long-term growth cannot be rooted in unfair reliance on exchange rate advantage(不公平な為替レートに依存すれば日本の長期的な成長はない)」「日本の為替政策を注視し続ける」と、日本経済に対する見解を述べた。

「円の実質実効レートの水準から考えると、年末からの円安が加速して110円レベルを超えると米国から横やりが飛んでくる可能性がある」と筆者は考えていたが、105円レベルで米財務長官から牽制発言が出てきたのは少々驚きである。

円安牽制発言が出てきた背景として、「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉が進展しないことから、米国が円高カードを出して揺さぶりをかけてきたのではないか?」と一部で報道されている。TTPで為替操作国に制裁を課す為替条項を盛り込む声も米国議会では多いらしい。

為替の歴史は政治の歴史である。特にドル/円レートに関しては、これまで米国の都合で動いてきたと言っても過言ではない。

現在の通貨安戦争の手段が「介入」でなく「インフレターゲット」(量的緩和)になったため、現在の為替相場では中央銀行の政策ばかりが注目されているが、本来、米国の財務長官は大統領やFRB議長よりも為替に対して影響力と権限を持っている。

ルー財務長官の円安牽制に対して市場はあまり警戒していないが、何度も円安牽制発言が出てきたら要注意だ。今後はG7会合などにも注意する必要がある。

「良い円安」と「悪い円安」

実質実効レートは、現実の為替レートを反映する遅効性の指標である。「実質」という言葉を担保しているインフレ率にしても、物価の品目の取り方が各国でまちまちであり、必ずしも経済実態を反映しているとは言い難いと筆者は考えているが、ルー財務長官が見ているのは円の実質実効レートであることも確かだ。

TPPとバーターと言われている米国の「円安黙認レート」は、現状ではとりあえず110円あたりまでではないかと思われる。日本の財界も110円以上の円安は望んでいない。良い円安は115円程度までで、120円以上の円安はコストプッシュ・インフレから国民生活の窮乏をもたらす可能性が高い。

ある米系ファンドの運用者は、「ドル/円が120円以上になるとしたら、それは日本売りであり、財務省(日銀)は円買い介入に動くだろう」「G・ソロスが円安は雪崩となり止められなくなるかもしれないと発言しているが、仮にデフレを脱却してもインフレが進めば日銀はそれをコントロールできなくなる可能性がある」と述べている。

それでも米国景気が好調なうちは円安黙認か…

米国の通貨政策の転換はおそろしく単純である。米国は景気が良くなるとドル高政策を採用し、景気が悪くなるとドル安政策を採用する。シェール革命で自信をつけた2期目のオバマ政権は内需中心の経済政策に転換している。

シェール革命により米国はエネルギー輸入が減少し、財政赤字と経常赤字の縮小が急激に進んでいる。一方、日本は2013年度通年で経常収支が転落する可能性がある。国際収支の調整が進んでいく中で、ドル/円レートが円安に進んでいくのは自然な流れだ。

ドル/円(月足)米国の通貨政策の変更とドル/円相場 1971年~2014年 

通貨のトレンドは米国の通貨政策で決まる?


(出所:石原順)

スタンレー・フィッシャーというバズーカ砲で新興国市場は苦境に…

このドル高・円安の流れを阻む要因がるとすれば、「テーパリングの失敗」・「新興国リスク」・「中間選挙年のアノマリー」の3つだろう。

サマーズ元財務長官のFRB議長候補辞退で米国のQE縮小は後ズレしたが、2013年12月にQEの段階的縮小を決定した。来月からはイエレン新FRB議長を中心とした新体制が始まる。

1月10日、オバマ大統領はFRB次期副議長にスタンレー・フィッシャー前イスラエル中銀総裁を指名した。オバマ大統領はサマーズ元財務長官をFRB議長に就任させたかったが、それがかなわなかったので、スタンレー・フィッシャー前イスラエル中銀総裁をバズーカ砲として放った。

スタンレー・フィッシャーFRB次期副議長候補の教え子には、サマーズ元財務長官、バーナンキFRB議長、ドラギECB総裁、グレゴリー・マンキューハーバード大学経済学部教授、クリスティーナ・ローマー元CEA委員長などがいる。

「両雄並び立たず」ということわざがあるが、イエレン新FRB議長はリーダーシップを発揮しにくい気がする。ただでさえ、イエレン新FRB議長は誰もやりたくないような「出口戦略の遂行」という難題を抱えているが、この人事のリスクは市場との対話の失敗だろう。「イエレンとフィッシャーのFRBは、将来的にイエレンが歩み寄る形で次第にフィッシャー色が強くなるのではないか?」とみる運用者も増えている。

ハト派のイエレンと中道派のフィッシャーという図式から、FRBの資産縮小や利上げ時期が早まるとの観測も浮上しており、米国への資金還流で現在BRICS市場は株価の軟調な展開が続いている。日銀も先行きのリスク要因として、成長ペースが鈍化している新興国や資源国への警戒を筆頭に挙げている。今年の新興国市場には注意が必要である。

ブラジルBOVESPA指数(日足) ドル資金の米国還流が続いている

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

上海総合指数(日足) 1月20日の2000ポイント割れで中国人民銀行が緊急の流動性を供給 

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ウォール街にバブルの兆候?

『ザ・ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』(原作はジョーダン・ベルフォートの「ウォール街狂乱日記 狼と呼ばれた私のヤバすぎる人生」)というウォール街のモラルハザードを描いた映画がヒットしているらしい。運用者の間では「こういう映画が流行るのはバブルのピーク圏」との声が多く、「だからVIX(恐怖)指数も上がらない」との妙な解説もされている。

日本に投資しているファンド勢の疑問は、「日本は確かに景気が回復しているが、円安誘導以外に効果的な政策はあるのか?」ということである。アベノミクスの異次元緩和はファンド勢を驚かせたが、あとは1990年代の財政バラマキとPKO(株価つり上げ)と同じに見えるらしい。

景気に敏感な安倍政権は円高・株安になれば、日銀に追加金融緩和を促し、追加の財政出動も出てくるだろう。安倍首相には政治理念があり、それを実現するために、経済政策に関しては「なんでもあり」の状態になっているからである。しかし、アベノミクスは1年目ほどの浮揚力はない。今年は押し目買いの年だろう。