ナスダックの急落と高頻度取引業界の暴露本

「高頻度取引によって米国株式市場は操作されている」と主張する作家マイケル・ルイスの最新刊『フラッシュ・ボーイズ』が話題となっている。マイケル・ルイスは「嘘つきポーカー」で有名になった元ソロモンブラザーズのトレーダーである。

『フラッシュ・ボーイズ』は、高頻度取引業界の内幕を暴露した本である。マイケル・ルイスは「スピードの速くない大口投資家を出し抜いて取引しこれらの投資家が買う株価をつり上げている」と主張している。この本の出版によって、以前から囁かれていた「超高速取引(HFT)の儲けのカラクリはフロント・ランニング(後出しじゃんけん)ではないか?」という疑惑が一層深まった。

『HFTを手掛けるある投資会社は、4月初めに見込んでいた上場を延期する検討に入った。「5年間で負けたのはたった1日」――。発端は同社が上場に向け3月に開示した資料だった。2009年から13年末まで、取引を行った1238日で損失が出たのがたった1日という勝ちっぷりに驚きが広がった』『通常の取引では考えられない勝率の高さが「何かカラクリがある」との疑念をよび、ニューヨーク州のシュナイダーマン司法長官が3月中旬に「市場に対する信頼を台無しにしている」と批判。ホルダー司法長官も4月4日、米下院の証言で「司法省も調査している」と明言した』(日本経済新聞 4月6日付 米、超高速株取引を調査 システム駆使、1秒数千回 勝ちすぎ「不公平」 高まる批判、当局動く)と、超高速取引に対する逆風が強くなり、HFT業者が積極的に売買しているモメンタム投資銘柄が売られたのが、4月4日のナスダック急落の一因と言われている。「司法省も調査している」という報道から、超高速株取引業者の好む銘柄に売りが入ったという。

ナスダック総合指数(日足) 4月4日ナスダック市場がまさかの大幅安

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)・2シグマ(赤)


(出所:石原順)

ナスダックの急落は、「司法省の調査報道によるモメンタム投資銘柄の流動性パニックを恐れた投資家が逃げた」という一過性の動きと捉えられているが、ファンドは5月決算を控えており、今しばらく注意が必要だろう。

実は高頻度取引業界も苦戦中

「5年間で負けたのはたった1日」という言葉が独り歩きし、「超高速取引(HFT)をやっていればボロ儲け」という誤った認識が日本では蔓延している。確かに海外勢に翻弄されている日本株の昨今の乱高下は、超高速取引(HFT)が一つの要因ではあるが、高頻度取引業界全体の利益は縮小傾向にある。

2011年から2012年頃には、筆者のところにも「超高速取引(HFT)のサーバーを借りませんか?」というセールスが山のようにきたが、その頃が高頻度取引業界のピークで、2013年の高頻度取引業界全体の利益はピークから8割程度減少してしまっているという。コピーキャットが増えすぎて過当競争になっているらしい。日本株の売買にしても東証の呼び値の縮小などで、以前のように儲からなくなっているという。

筆者の周辺に超高速取引(HFT)を行う運用者がいる一方で、「この様な取引は中止すべきだ」と主張する運用者は多い。日本株を見ていればわかるが、日経平均やTOPIXといったインデックスの動きによって、個別銘柄は上がるか下がるかが決まってしまうからだ。そういった動きは銘柄選択や企業調査を空しくさせる。バリュー投資家不在の相場が続いていると言えよう。

巷の観測に反して高頻度取引業界は収益が低迷しているが、それでも超高速取引(HFT)の売買自体は減ることがないだろう。株式会社となった世界の取引所は超高速取引(HFT)の顧客が最大顧客となっており、取引所の収益を高頻度取引業界が支えているからだ。事実上、取引所はレンタルサーバー屋となっているのが昨今の実情である。

個人投資家はバーチュやKCG(ナイトキャピタルとゲッコー)のような太い回線(ケーブル)を持っていないし、回線もプロバイダー経由のディレイがある。超高速取引(HFT)と同じ土俵で戦っても勝てないことは明白だ。相場手法に正解はないが、いずれにせよ、超高速取引(HFT)に振り回されない自分なりの投資手法を持つことが必要となろう。

アルゴリズム取引(日本でいう自動売買)も同様である。この4月にチューダーファンドがクオンツファンドを閉鎖する。このクオンツファンドはピーク時に11億ドルの資金を運用していたが、過去3年はマイナスのリターンとなり、現在は1.2億ドルまで減少した。

チューダーファンドでさえ苦戦しているのだから、あとは推して知るべしである。過去3年間、名だたるファンドのパフォーマンスが悪化しているのは、明らかに市場の構造が変わったからである。筆者もここ数年は「10月末買い・4月末売り」といった半年間投資やレンジ売買の比率を高めているが、それは市場構造の変化に対応しての動きである。昨今の相場は猫も杓子もアルゴリズム取引を行っているので、トレンドは発生しにくくボラティリティだけが上がっている。

日銀の思惑と関係なく追加緩和策は必至

4月4日の雇用統計の数字は決して悪いものではなかったが、ナスダックの急落にドル/円も足をすくわれてしまった。しかし、波乱というほどの相場ではなかった。相場に冷や水を浴びせたのは4月8日の黒田日銀総裁の会見である。

「追加緩和は現時点では考えていない」「必要だとは思っていない」「いろいろな追加の余地もあるだろうし、逆方向の調整の余地もあると思う」という一連の発言を目にした投機筋は、失望売りに動いたという。「逆方向の調整とは?日銀もテーパリング?それはあり得ないでしょう」と、アベノミクスに対する期待は急速にしぼんでいる。

黒田日銀総裁は4月8日に追加緩和を行わなかった理由を述べているに過ぎないので、筆者はあまり発言内容に意味はないと考えている。しかし、一部の海外投資家からは「財務省(日銀)は消費税のことしか頭にないのだろうか?来年消費税を10%に引き上げるには7-9月期のGDPの押し上げと年末の景況感がポイントだから、今追加緩和をしても仕方がないと思っているのかもしれない」という失望の声が上がっている。

日銀の思惑とは別に日銀は追加緩和に追い込まれるのではないだろうか?黒田日銀総裁は浜田理論に対抗する形で「需給ギャップは縮小しほとんどゼロに近くなっている」と発言し、来年の消費増引き上げや追加緩和が必要ないことを正当化している。しかし、追加緩和のポイントはそうした経済理論ではない。アベノミクスは景況観の改善と安倍政権の支持率アップのために行われている政治的な政策である。

日銀の追加緩和がないとなると、4-6月期は公共事業の前倒しくらいしか策がない。国際通貨基金(IMF)は4月8日に日本の2014年の実質経済成長率が、前年比で1.4%になるとの見通しを発表した。これは1月時点より、0.3%の下方修正であり、消費増税の悪影響が景気対策などの効果を上回るとしている。景気が良くなると考えているのは日銀だけのようだ。成長戦略にしても出てくるのは6月の後半である。それまで、日本株が上昇基調を維持できるのか、日本株を買っている投機筋の多くは不安に思っている。

「安倍首相が日本株安・円高(=支持率低下)を避けるために、日銀に株価テコ入れ(ETFやリートの買い入れ枠増額)を要請するだろう」という期待感が、ファンド勢にはまだ残っている。しかし、4月30 日の日銀金融政策決定会合で追加緩和が見送られれば、再び海外投資家の失望売りを浴びる可能性がある。ファンド勢の多くは5月決算を控えているからだ。

ドル/円(日足)と日銀会合のスケジュール 追加緩和がないと円高に…


(出所:石原順)

日経平均(日足) 日本株は海外勢の緩和期待とその結果で動いているだけ

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)・2シグマ(赤)


(出所:石原順)

4月相場の特徴 4月相場は我慢の月か?

黒田総裁が自信満々の会見を行ったので、追加緩和期待が急速にしぼんでしまった。元々海外投資家は日本の改革が進むとは思っていないので、アベノミクス以降の日本株の上昇は日銀の金融緩和と米国株の上昇だけで上げてきたと言ってもよいだろう。

足元の相場は、日本株や円安を支えてきた<緩和期待>がとりあえず打ち消された格好となっており、日本の株高基調や円安基調が維持されるか否かは米国株の動向にかかっている。

「4月のダウ平均の月間上昇率の平均値は1945年9月以降だと1.86%、1990年以降でも2.37%と、ともに12カ月中首位である」というアノマリーを先週のレポートで紹介したが、4月相場は第2週目から月半ばにかけて相場が下落するパターンとなることが多い。ここまでの4月相場をみると、今年もそうなっている。過去のパターンでは月末にかけて切り返すことが多く、筆者も押し目買いを基本に考えているが、今年はどうなるだろうか?

NYダウ(日足)と4月相場(黄色) 4月は月半ばが安くなる傾向がある


(出所:石原順)

ドル/円(日足)と4月相場(黄色) 4月は月半ばが安くなる傾向がある


(出所:石原順)

豪ドル/円(日足)と4月相場(黄色) 4月は月半ばが安くなる傾向がある


(出所:石原順)

NZドル/円(日足)と4月相場(黄色) 4月は月半ばが安くなる傾向がある


(出所:石原順)

日々の相場動向についてはブログ『石原順の日々の泡』を参照されたい。