「1億円貯めて完全リタイア」これにこだわる必要はありません

「FIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立と早期リタイア)」は、トウシルでも人気のキーワードです。

 投資を通じた積極的資産形成により経済的安定を確保、可能なら早期リタイアを実現しようというのは、投資家にとって前向きで建設的な目標となるからです。

 しかし、ベタなFIRE解説記事は「25年の生活費確保=年400万円×25年=1億円」について金科玉条のごとく掲げてきますが、別にこれにこだわる必要はありません。

 引退時期を40歳代と限らず50歳代で設定してみる、資産の取り崩し(減少)をコントロールのうえ容認する、65歳以降は公的年金をベースにしたマネープランに切り替える、などの選択肢を加味すれば、1億円にこだわる必要がないことが分かります。

 今回紹介してみたい、ちょっと違うFIREのアプローチは「ゆるFIRE」です。ゆるめにキャンプを楽しむ「ゆるキャン△」というマンガがヒットし、実写ドラマ、テレビアニメ化、さらに現在は劇場版アニメが公開されているのですが、似たような感じでFIREを考えてみたらどうなるか、というテーマです。

 1億円にこだわらず、また完全リタイアにこだわることもなく、ゆるーくFIREを考えてみるとどうなるでしょうか。

経済的安心があれば、仕事が「ノルマ」にならない

 ゆるFIREでは、まず完全リタイアにこだわりません。むしろ、ゆるく働きながら半分リタイアするような方法を考えてみます。

 私たちはフルパワーで働くことを常に求められています。仕事が求めるアウトプットが多すぎることもありますが、その年収を稼ぎ続けないと生きられないという切実な理由もあるでしょう。

 誰でも今月の家賃(あるいは住宅ローン)を払い、公共料金やスマホ代などのクレジットカードの引き落としが無事に終わり、毎日の生活費を出せなければマズい、というプレッシャーがあるはずです。だからこそ稼ぐしかないのだ、という感覚です。

 それでも仕事がやる気ややりがいを感じられるものであれば、私たちは大変な仕事と向き合うことができます。顧客の感謝が苦しい日々のモチベーションとなることもあります。

 しかし、辛くて苦しくてイヤな仕事であり、「ノルマ」としてやらざるを得ないのであれば、なかなか辛いものです。あまりいい働き方とはいえません。

 経済的安心、つまりFIREのFIが実現されていることは、そうした仕事との距離感を見直す選択肢にも通じます。フルパワーではなく、仕事を少し手抜きすることもできます。手抜きというと言葉は悪いようですが、無理をして仕事に全力を出さなくてもいいということです。

 あなたの人生において、常にフルパワーで仕事ができるとは限りません。親の介護が必要になり毎日残業をするわけにはいかなくなったとか、子どもとの時間を確保したいと考えて仕事に振り向ける時間を少し抑えたいと考える時期があるのは自然なことです。

 そのときは「あえて年収を抑える働き方」を考えてもいいのです。

 年収を下げたことを負けと捉える必要はなく、無理をせず、仕事をすることを通じて社会とつながることは残し続けると考えてみてもいいでしょう。

資産を取り崩さない「ゆるFIRE」(稼ぎ=生活コスト)

 FIREチャレンジをしている人たちは、必死に稼いで、1円でも多く資産形成に回しています。もし、仕事をちょっとゆるめてもいいと思えるなら、資産形成のペースは落とし、「稼ぎ=生活コスト」で半分リタイア気分にすることもできます。

 このまま働き続ければ「厚生年金」がもらえ「退職金」がもらえるわけですから、例えば3,000万円あれば老後の心配はあまり考えなくていいことになります。

 社会人人生の前半で、しっかり働き資産形成にも取り組んできた人は、生活コストも過剰なものとせず日々を営んでいると思いますから、「(稼ぎ1)=(生活コスト+資産形成)」とするスタイルから、「(稼ぎ2)=(生活コスト)」に縮小すると、大幅な年収ダウンをしてもやりくり自体は維持できます。

 仮に手取り金額が50万円あって、月30万円ペースで資産形成をしてきたという人がいたとします(FIREや他の資金ニーズのために月20万円貯めてきた)。この人は当面困らない資産を確保したと思えるなら、月30万円の手取りを稼げばいい、という生活にダウンサイジングできます。

 この場合、難問なのは今の会社に勤めたままでゆるFIREは実行しにくいことでしょうか。

「あ、カネはあるんで仕事はもうゆるゆるいきます。役職全部降りますね」とはなかなかいかないからです。

 かといって転職をしたら、今よりも労働環境のキツい会社になるかもしれません。ゆるFIREの働き方はただゆるめるというよりは、意図的にデザインしていく必要があります。

資産を少し取り崩す「ゆるFIRE」(稼ぎ+運用益=生活コスト)

 もうひとつのパターンは、資産の取り崩し、つまりFIRE成功者の一般的メソッドと、仕事を継続することによる収入を二本柱としてやりくりする、ゆるFIREです。

 このパターンのメリットは、通常のFIREよりも取り崩しペースを遅らせることができることです。また、1億円のような大きな資産形成までいかなくてもFIREに踏み切ることもできます。

 例えば、45歳で6,000万円まで貯めたとします。1億円のゴールとはなりませんでしたが、毎月日常生活費程度は稼ぎ続けられるよう仕事はゆるめに働き続けたとします。

 月5万円、年60万円くらいを取り崩すとすれば、65歳まで20年、1,200万円の取り崩しですみます。運用益を勘案すれば(リスクはやや低めでもよい)、老後に4,000万円以上を残して本格的なリタイア(年金生活)に移ることができるでしょう。

 資産形成は一段落とすることで、基本的に「(稼ぎ1)=(生活コスト)」とすればよく、これに「(稼ぎ+運用益などの取り崩し)=(生活費+娯楽費など)」とすることができるわけです。

 運用収益を取り崩しに回して元本は維持できることが理想的ですが、市場の短期的な騰落には左右されますので、資産額がある程度減少することは許容する計画を立てておくといいでしょう。

「ゆるFIRE」のメリット

 さて、今回紹介したゆるFIREは、完全FIREと比べていくつかの大きなメリットがあります。例えば、

  • 社会保険適用……FIREした場合も、国民年金保険料、健康保険料は払わなければなりません。しかし国民年金保険料が将来の年金額に反映される分はあまり大きくありません。厚生年金適用をしてもらって働くことで、将来の公的年金額がアップします(社会保険適用は、正社員なみに働くことが条件)。
  • 退職金の上積み……ゆるFIREは資産形成を中断するイメージがありますが、正社員で働き続けることができれば、公的年金水準の上積みに加えて退職金水準の上積みも期待できます。ゆるめの働き方で上乗せされる退職金水準は大きなものではありませんが、定年退職時にさらなる資産を受け取ることができます(正社員の場合)。
  • 人との接点・働きがい……FIREを若くして実現した人の悩みのひとつに、社会との接点が減ってしまうことがあります。年収にこだわらず働き続けることで、職場の人間関係、顧客との人間関係などが維持され、精神の安定剤となるほか、働きがいを得ることもできます。
  • 働く必要が増したときのリスクヘッジ……長い休暇を取ってしまうと、職場に戻ってペースを取り戻すのに時間がかかります。完全にリタイア生活を始めてしまうと、そこからもう一度フルタイムで働くことはハードルがあります。また無職期間をつくると就職活動も苦労します。ゆるく働き続けることで、仕事に戻る可能性を残しておくことができます。

 海外でも、バリスタFIREと呼ばれるスタイルがあって、コーヒーショップでゆるめに働きつつ、セミリタイアする手法があるそうです。実はこれ、「社会保険適用」をしてもらいつつ、「人との接点、働きがい」をキープする方法といえます。

 完全リタイアを夢見るFIREチャレンジですが、それゆえに壮大な計画と実行が必要になります。チャレンジ前から諦めてしまう人もいます。

 本気のキャンプが大変でも、ゆるく楽しむならキャンプを試してみようという人がたくさんいたように(実際、「ゆるキャン△」の作品のおかげで、キャンプブームが広がったのだとか)、FIREもゆるく考えてみると、間口が大きく広がってくるかもしれません。

※筆者は「日本版FIRE超入門」という解説本を出しておりますが、「ゆるFIRE」というキーワードは、映画「ゆるキャン△」の上映開始と、アラサーdeリタイア管理人 ちーさんの著書「ゆるFIRE」をヒントにさせていただきました。なお解説内容はちーさんとは大きく違いますので、興味がある方は併読されるとよろしいかと思います。