毎週金曜日午後掲載

本レポートに掲載した銘柄:マイクロン・テクノロジー(MU、NASDAQ)TSMC(TSM、NYSE、ADR)AMD(AMD、NASDAQ)クアルコム(QCOM、NASDAQ)インテル(INTC、NASDAQ)エヌビディア(NVDA、NASDAQ)

1.2022年6月のアメリカ消費者物価指数前年比は9.1%増

 2022年7月13日(水)に発表された2022年6月のアメリカCPI(消費者物価指数)は前年比プラス9.1%となりました。5月のプラス8.6%、市場予想のプラス8.8%を上回りました。このうち、コア指数(食料品やエネルギーを除いた商品とサービスの物価指数)はプラス5.9%となり市場予想の5.8%よりやや上回ったものの、5月のプラス6.0%よりやや鈍化しました。6月のコア指数の伸びが若干とはいえ5月の伸びを下回ったことは、7月、8月の消費者物価指数前年比が鈍化する可能性を期待させるものです。

 6月の消費者物価指数が前年比プラス9.1%と高い伸びとなったことで、7月26日、27日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で6月のFOMC同様0.75%、あるいは1%の大幅利上げが実現する可能性が高くなってきたと思われます。6月のアメリカCPI公表後、7月のFOMCでは従来予想されてきた0.75%ではなく1%の大幅利上げがありうるという観測が急速に台頭しました。

 ただし、7月のFOMCで予想される大幅利上げの効果で、7月、8月のアメリカCPI前年比が6月を明確に下回ったときには、9月20日、21日のFOMCでの利上げ幅が今予想されている0.50%になる可能性があります。大幅利上げは7月のFOMCで打ち止めになるということです。これはアメリカの株式市場にとってはプラス要因となると思われます。

 6月のアメリカCPI公表後、前述のように7月のFOMCにおいて従来予想されてきた0.75%の利上げではなく、1%の利上げがありうるという観測が台頭し、アメリカ10年国債利回りは一時3.0%台に上昇しましたが、その後低下しました。この結果、10年実質金利もやや低下しています。7月13日のSOX指数(フィラデルフィア半導体指数)は0.75%上昇しており、長期金利が低下傾向にある効果がでているように思われます。

グラフ1 アメリカの消費者物価指数:前年比

単位:%、出所:U.S. BUREAU OF LABOR STATISTICSより楽天証券作成

グラフ2 アメリカの政策金利

単位:%、出所:FRBより楽天証券作成

グラフ3 アメリカの10年国債利回り

単位:%、日次終値、出所:Bloombergより楽天証券作成

グラフ4 アメリカの10年実質金利

単位:%、出所:Bloomberg、セントルイス連銀より楽天証券作成

表1 2022年のアメリカFOMC開催スケジュール

出所:楽天証券作成

グラフ5 フィラデルフィア半導体指数(SOX指数)

単位:ドル、日次終値、出所:Bloombergより楽天証券作成

2.アメリカ経済はテクニカルリセッション入りへ

 アメリカの金融市場と経済の先行きを見通すことの難しさは、CPIと利上げの問題だけではありません。アメリカのGDP(国内総生産)の先行きが怪しくなっています。

 表2はアメリカ実質GDP成長率の内訳をみたもの、表3は実質GDP成長率に対する寄与度をみたものです。2022年1-3月期のアメリカの実質GDPは前期比年率マイナス1.6%となり、2021年10-12月期のプラス6.9%から大きく減速しました。ただし、中身をみると、民間設備投資は2021年10-12月期プラス36.7%から2022年1-3月期プラス5.0%に大幅に減速したものの、個人消費支出は同プラス2.5%から同プラス1.8%へ鈍化はしましたが堅調でした。実質GDPがマイナス成長になった理由は、輸出がマイナス成長となり輸入が増えた結果、純輸出のマイナス寄与幅が拡大したためです。

 このように、2022年1-3月期のアメリカ経済は実際には堅調でしたが、2022年4-6月期には不透明感があります。ウクライナ危機とそれに伴う資源高がアメリカ経済に大きな影響を与えていると思われます。アトランタ連邦準備銀行が公表しているGDPNow(アトランタ連銀による最新のアメリカGDP予測だが、公式の予測ではない)によれば、2022年4-6月期予測はマイナス1.2%(7月8日現在の予測)となります。果たしてこのようになるのか、特にインフレ下での個人消費支出と民間設備投資の動きが注目されます。

 定義の上では、2期連続で実質GDPがマイナス成長になった場合、「テクニカルリセッション」となります。このテクニカルリセッションが、個人消費と設備投資に変調をきたすような実際の景気後退になるのかどうかが今後注意しなければならないことです。大幅利上げが経済にネガティブな影響を与えた場合、その程度によっては、大きな景気後退が起きかねないということです。

 今年の夏は、アメリカの株式市場、金融市場、実体経済の各々から目が離せない夏になりそうです。

グラフ6 アメリカ実質GDP成長率

単位:%、出所:アメリカ商務省より楽天証券作成、季節調整済み前期比年率

表2 アメリカ実質国内総生産の成長率

単位:%
出所:アメリカ商務省Bureau of Economic Analysisより楽天証券作成。
注:2022年1Qの実質GDP成長率は修正値。

表3 アメリカ実質GDP成長率に対する寄与度

単位:%
出所:アメリカ商務省Bureau of Economic Analysisより楽天証券作成。
注:2022年1Qの実質GDP成長率は修正値。

3.半導体市場の動き2022年5月の世界半導体出荷金額(単月)前年比は4月から回復―

 グラフ7は世界半導体出荷金額(3カ月移動平均)のグラフです。一見すると世界の半導体市場は順調な成長が続いていると思われます。私も中長期的には半導体市場は順調な成長が続くと考えていますが、短期的には変調している可能性があります。あるいは決算で複数の半導体関連企業の話を聞かなければ解釈がつかない状況になっています。

 表4は世界半導体出荷金額(単月)です。地域別に分かれていますが、これは請求書向け先で地域を分けたものです。2022年3月までは月々の変動はあるにせよ順調に成長しており、2022年3月は前年比23.1%増と好調でした。それが4月は同11.8%増へ鈍化しました。地域別に見ると、アジア・太平洋(中国を含む)が3月同16.6%増から4月同5.9%増へ、欧州が同23.1%増から6.0%増へ大きく鈍化しました。鈍化した理由は、アジア・太平洋向けは上海におけるロックダウンの影響、欧州向けはウクライナ危機による不況の影響と思われます。

 上海ロックダウンは3月下旬から5月末まで続いたため、5月の統計にそのネガティブな影響が表れているはずです。ところが5月のアジア・太平洋向けは同13.2%増、欧州向けは同19.4%増へ急回復しています。理由はまだ分かりませんが、データ上で需要減少がはっきりしているパソコン向け、スマートフォン向け以外の、サーバー向け、自動車向け、産業機器向けや、最近急増していると言われる軍需向けなど、さまざまな分野の半導体需要が順調に増えている可能性があります。6月の数字が注目されます。

 一方、TSMCの月次売上高を見ると、5月の前年比65.3%増に対して6月は同18.5%増と大きく鈍化しました。6月は四半期最後の納入月であり、顧客企業が下期の生産のために半導体を仕入れる重要な月であるにもかかわらず、前月比5.3%減となりました。世界半導体出荷金額(単月)は5月までしか入手できませんが、TSMCの月次売上高のトレンドと世界半導体出荷金額の4,5月は同じ方向に動いていないため、2022年4-6月期に何がおきたのか、7月14日のTSMCの決算発表を待つ必要があります。

 ちなみに、マイクロン・テクノロジーの2022年3-5月期決算では、データセンターの一部顧客が、メモリ以外の部品が不足していることとマクロ経済に対する不安から6-8月期にDRAM、NAND在庫の在庫調整に入るため、マイクロンもDRAM、NANDの出荷調整に入るというコメントが会社側からありました。これに加え、中国のロックダウンにより各産業のサプライチェーンが混乱したこと、中国の個人消費が弱いこと、パソコン、スマートフォンの最終需要が弱いことなどの影響で、2022年6-8月期のマイクロンの業績は前年比、前期比とも減収減益になる見込みです。このようなデータセンター向けの変調が、マイクロンだけの現象なのか、他社でも見られるものなのか、重要なポイントになります。

 半導体設備投資を見ると、マイクロンは新年度2023年8月期の設備投資計画で、ウェハプロセス装置の購入を削減すると言っています。TSMC、インテル、サムスン電子の半導体デバイス大手の2022年12月期投資計画、特にロジック半導体とファウンドリ(半導体受託生産業者)の設備投資計画が維持されるのか修正されるのか、これも重要なポイントになります。

 メモリ市況を見ると、NANDは横ばいが続いていますが、DRAMはスポット価格、大口価格とも下落が続いています。上位の先端メモリの価格も程度は不明ですが下落していると思われます。メモリ市況の動きもマイクロン・テクノロジー、サムスン電子のメモリ設備投資に影響を与えると思われます。

グラフ7 世界半導体出荷金額(3カ月移動平均)

単位:1,000ドル、注:2015年3月から「アジア太平洋・その他」から「中国」を分離、出所:SIA(米国半導体工業会)より楽天証券作成

表4 世界半導体出荷金額(単月)

単位:100万ドル、%
出所:WSTSより楽天証券作成。

グラフ8 TSMCの月次売上高

単位:100万台湾ドル、出所:会社資料より楽天証券作成

グラフ9 DRAMのスポット市況

単位:ドル、小口渡し、現金、出所:日本経済新聞主要相場欄より楽天証券作成、注:4ギガビット品は、2018年6月29日までDDR3型、2018年6月30日~2021年5月7日はDDR4型、2021年5月10日からDD3型。

グラフ10 DRAMの市況

単位:ドル、国内大口需要家渡し、4ギガビット(2018年6月26日までDDR3、2018年7月3日からDDR4、2021年5月11日からDDR3)、出所:日経産業新聞主要相場欄より楽天証券作成

グラフ11 NAND型フラッシュメモリの市況(2017年5月29日から)

単位:ドル、国内大口需要家渡し、TLC(注:2017年5月30日付で従来の多値品がTLCに変更された)、出所:日経産業新聞主要相場欄より楽天証券作成

4.パソコン、スマートフォンの最終需要は減少、サーバーは順調か

 参考までにパソコン、スマートフォンの出荷データを示します。パソコンの世界出荷台数はテレワーク需要が一巡したことで2022年1-3月期からマイナス成長になりました。4-6月期は上位5社の全社の出荷台数が前年割れとなりました。アップルの出荷台数が減少しているのを見ると、普及価格帯だけでなく、画像処理用PC、ゲーミングPCのような高価格帯PCも減速している可能性があります。TSMC、AMD、インテル、アップルの決算に注目したいと思います。

 スマートフォンの世界出荷台数は2022年1-3月期までの数字しか入手できませんでしたが、2021年7-9月期からマイナス成長になっています。ただし、高価格帯のスマートフォンはこれまで順調と言われてきました。この分野に変調があるのかどうか、クアルコムとアップルの決算に注目したいと思います。

 サーバー売上高は、四半期ベースの数字は入手できませんでしたが、調査会社によれば中長期で順調な成長が予想されます。調整があったとしても短期間で終わると思われます。サーバー向け半導体の動きについては、TSMC、AMD、インテル、エヌビディアの決算に注目したいと思います。

表5 世界のパソコン出荷台数(四半期ベース)

単位:1,000台
出所:IDCプレスリリースより楽天証券作成

表6 世界パソコン出荷台数

単位:1,000台、暦年ベース
出所:iDCプレスリリースより楽天証券作成
単位:100万台、四半期ベース
出所:iDCプレスリリースより楽天証券作成
単位:100万台、四半期ベース
出所:iDCプレスリリースより楽天証券作成

表7 世界スマートフォン出荷台数:四半期ベース

単位:100万台
出所:iDCプレスリリースより楽天証券作成

グラフ12 世界サーバー売上高予測

単位:100万ドル、出所:IDC2022年6月29日プレスリリースより楽天証券作成

5.決算発表スケジュールTSMC、AMD、クアルコム、インテル、サムスン電子などに注目―

 現時点での2022年4-6月期、5-7月期決算発表スケジュールは表8のごとくです。今回の決算では、半導体需要と半導体設備投資両方の先行きを見極める必要があります。そのため最も重要なのは、半導体デバイス大手(TSMC、AMD、インテル、クアルコム、サムスン電子、エヌビディア)とその大口ユーザーであるGAFAM(アルファベット、アマゾン、メタ・プラットフォームズ、アップル、マイクロソフト)の決算になると思われます。

 また株価を見るときに注意したいのが、たとえ業績が悪化していたり、今後の業績悪化を示唆するガイダンスが出されていたとしても、そのガイダンスに沿って導き出された業績予想に対して株価が割安になっていれば、悪材料を織り込んで株価が上昇する可能性があるということです。

 この好例がマイクロンの決算発表後の株価です(あくまでも現時点での評価です)。メモリ出荷調整によって2022年6-8月期の業績悪化を予想するガイダンスが出された6月30日終値(決算カンファレンスは6月30日引け後。株価は配当修正後、以下同様)は55.17ドルでした。翌7月1日終値は53.55ドルへ下落しましたが、7月12日終値は59.18ドルとなり、7月1日終値から10.5%上昇しました。私の予想では、マイクロンのEPS予想は2021年8月期5.23ドルに対して2022年8月期7.94ドル、2023年8月期8.12ドルとなる見込みです。7月1日終値ベースの予想PERは2022年8月期6.7倍、2023年8月期6.6倍となり、業績見通しが下方修正されたとはいえ、6倍台のPERは中長期では魅力的と言えると思われます。

 大手デバイスメーカー、TSMC、AMD、インテル、クアルコム、エヌビディアについても、決算発表後に予想される業績とPERを見比べた結果割安であれば、銘柄によっては株価上昇の可能性がでてくると思われます。要するに、金融市場、実体経済、企業業績、PERの総合評価が重要になるということです。

補足:7月14日午後に公表されたTSMCの2022年12月期2Q(2022年4-6月期)決算によれば、2022年12月期2Qは売上高5341.41億台湾ドル(前年比43.5%増)、営業利益2621.24億台湾ドル(同79.9%増)、純利益2370.27億台湾ドル(同76.4%増)となり、大幅増収増益となりました。今1Qと比べても増収増益でした。

 今3Qの会社側ガイダンス(ガイダンスレンジの中心値)は、売上高5999億台湾ドル(同44.7%増)、営業利益2880億台湾ドル(同68.4%増)。年間設備投資は当初計画400〜440億USドルの下限に近いところになりそうと言うことです。

 売上高は、今2Q、3QともHPC(パソコン、サーバー、ゲーム機など)向けが好調とのこと。

 詳細は来週レポートする予定です。
 

表8 2022年4-6月期、5-7月期決算発表スケジュール

出所:各種資料より楽天証券作成
注:表中の予定は予告なく変更されることがある。

本レポートに掲載した銘柄:マイクロン・テクノロジー(MU、NASDAQ)TSMC(TSM、NYSE、ADR)AMD(AMD、NASDAQ)クアルコム(QCOM、NASDAQ)インテル(INTC、NASDAQ)エヌビディア(NVDA、NASDAQ)