波乱万丈の参院選。自民党大勝、改憲勢力3分の2維持

 まさに、波乱万丈の参議院選挙だったと言えるでしょう。7月8日、選挙活動も大詰めに差し掛かっていたころ、安倍晋三元首相が奈良県での応援演説中に銃撃され、その後死亡するという前代未聞の悲劇に見舞われました。安倍元首相は日本の憲政史上最長の政権を築いた歴史的人物です。私自身、国際関係をなりわいにして以来、安倍元首相ほど激動の国際関係の渦の中で影響力と存在感を誇った日本の指導者を見たことがありません。

 7月8日13時半ごろ(日本時間)、日本でも話題になっていますが、次回号で安倍元首相を表紙にすることを公表してきた米タイム誌の香港駐在記者から連絡を受けました。安倍元首相が残したレガシー(功績)についての特集を行うと迅速かつ大胆に動いていました。同日夜、中国の国営テレビCCTV(中央電視台)の北京駐在司会者から連絡を受け、9日夜、安倍元首相のレガシーに関する特集番組を生中継でやると言っていました。異例の扱いとのことでした。安倍元首相が残された功績が国際世論の動向に影響を与える海外メディアにとっても、トッププライオリティなのだと実感しました。

 参院選前に配信した先週のレポート「参院選で日中関係は悪化する?焦点は憲法改正と防衛費拡大」では、表題の通り、ウクライナ戦争や中国の台頭などを受けて、憲法改正や防衛費拡大が選挙の争点となり、結果次第では日本と中国との関係や往来にも影響すると指摘しました。安倍元首相への銃撃事件が選挙結果にどう影響したかはここでは触れませんが、ふたを開けてみると、大方の予想通り、自民党が大勝、選挙区で45、比例代表で18、合わせて単独で63議席を獲得し、改選議席125の過半数を確保しました。

 また、「改憲勢力」(憲法改正に前向きな自民・公明両党、日本維新の会、国民民主党)の獲得議席は93議席となり、憲法改正の発議に必要な参議院全体の3分の2の議席を上回りました。同勢力は衆議院でも3分の2以上の議席を保持していますから、憲法改正に向けて、国会での基盤はある程度整ったと言えるでしょう。

 選挙から一夜明けた11日、岸田文雄首相は自民党本部で記者会見を開き、安倍元首相の思いを受け継ぎ、憲法改正に向けて、「できる限り早く発議にいたる取り組みを進める」と表明。議会を解散しない限り今後3年間国政選挙がない、言い換えれば、一定の時間をかけて政策実行に取り組める権利を得た岸田首相は、改憲に向けて本気で取り組むことでしょう。防衛費拡大が政権アジェンダに入るのも必至で、今年中に改定予定の国家安全保障戦略との関連も含め、注目に値するでしょう。

米国と中国はどう反応したか

 米国と中国は今回の参院選を巡る一連の過程と結果に対してどう反応したのかを見ていきましょう。

 まず米国ですが、アントニー・ブリンケン国務長官はG20外相会合に出席するためにインドネシアを訪問していたところ、訃報を受けて急きょ予定を変更し、安倍元首相を追悼するために日本を訪問しました。同長官は岸田首相と行った会談の中で、「安倍元首相は揺るぎない日米同盟の擁護者であり、『自由で開かれたインド太平洋』という先見性ある理念を掲げ、米国をはじめ同志国との連携強化に多大な功績を残された」と述べています。

 また、ジャネット・イエレン財務長官はインドネシアで開かれるG20財務相・中央銀行総裁会議に出席するために就任後初のアジア訪問を予定していましたが、日本訪問の予定を1日早め、11日に行われた安倍元首相の通夜に参列しています。ジョー・バイデン大統領やドナルド・トランプ前大統領からも安倍元首相を惜しみ、功績をたたえる言葉が発せられました。

 次に中国ですが、安倍元首相が銃撃され、死亡するという事態を、中国の官製メディアはリアルタイムで報じ、世論もこの件一色という様相を呈していました。中国外交部報道官はもちろん、習近平(シー・ジンピン)国家主席本人が岸田首相に弔電を送り、「中国政府と人民を代表し、また私個人の名義をもって、安倍元首相が突然の不幸に遭い、逝去されたことに深く哀悼の意を表し、ご遺族にお悔やみを申し上げる」と表明しました。

 弔電の中では、安倍元首相の功績についても触れられています。

「安倍元首相は在任中、中日関係の改善に努め有益な貢献をされた。私は安倍元首相と、新時代にふさわしい両国関係の構築について重要な共通認識に達した。突然、亡くなったことに痛惜の念に堪えない」とし、習夫妻連名で、安倍昭恵夫人にも弔電を送りました。

 その政治信条や国家観から、安倍元首相の戦略や政策は、中国のそれとは相いれない局面も多々ありましたが、それでも、この弔電からは、中国の国家指導者として、習氏が安倍元首相のことを、同じ為政者として高く評価していた、尊重していた心境を垣間見ることができます。

 また、安倍元首相の死去を受けて、7月11、12日、北京にある日本大使館では弔問のための記帳の受付が行われました。中国外交部の馬朝旭(マー・ジャオシュー)副部長が11日、同館を弔問に訪れて記帳し、「安倍元首相は在任中に両国関係の改善と発展に多大な貢献をされた」と述べ、哀悼の意を示しました。

 私から見て、馬氏は将来の外交部長(日本の外務大臣に相当)候補として、今後中国外交を引っ張っていくキーマンの一人です。そんな馬氏が中国外交部を代表して弔問に訪れた事実には意味があると思っています。

日米中は「三角関係」を安定的に管理できるか?

 まず日米関係ですが、安倍元首相の死去、自民党大勝を受けて、民主主義、安全保障、インド太平洋戦略といった点で、同盟の軸と絆は一層強固になったと言えるでしょう。米国としては、参院選に大勝した岸田政権が、今後3年間政権運営や政策実行に集中できる基盤を整えたこと、その上で、憲法改正、防衛力拡大などが議題に上がっている現状は当然歓迎すべきことであり、岸田政権を引き続き側面的に支援していくでしょう。

 次に日中関係ですが、安倍元首相という日中関係の功労者の存在感は大きいと思います。先週のレポートでも触れましたが、中国はこれまでも日本の憲法改正を巡る動きに対しては一定程度の警戒を示してきました。参院選の結果を受けて、7月11日、中国外交部の汪文斌(ワン・ウェンビン)報道官は、今後政治の主要アジェンダになる可能性が高い憲法改正について、次のようにコメントしています。

「歴史的な原因によって、日本の憲法改正問題は国際社会とアジア隣国から高い関心を集めてきた。我々は、日本が歴史の教訓を真剣にくみ取り、平和的発展の道を堅持し、実際の行動でアジアの隣国と国際社会からの信認を得ることを望んでいる」

 従来の枠組みや文言を完全に踏襲するものであり、参院選の結果、および憲法改正アジェンダの本格化を受けて、中国側としての立場や見方が変わったという根拠は全く見いだせません。中国としては、引き続き日本の憲法改正問題を注視していくでしょうが、改憲勢力である4党で合意し、国民が納得できる内容、文言でなければ発議する意義に欠ける点を考慮すれば、一筋縄にはいかないと思っているでしょうし、表面的には懸念や警戒を示していくでしょうが、憲法改正=平和憲法、平和国家としての歩みの放棄とは捉えないでしょう。

 中国がより警戒するのは防衛費の拡大、およびその背景としてあるウクライナ危機や中国の台頭を契機に、日本が防衛力をどう強化し、その過程で同盟国である米国と、インド太平洋戦略という枠組みでどう連携していくかに他なりません。

 そう考えると、鍵を握るのはやはり米中関係ということになります。

 端的に言えば、米中関係がギクシャクすればするほど、米国との同盟関係を強化しつつ、隣国であり、最大の貿易相手国である中国とも経済関係を中心に発展させていかなければならない日本としては、立ち振る舞いが厳しくなります。米国か中国、どちらかを取り、どちらかを捨てるという究極のジレンマに陥ってしまえば、日本の生存と成長が危うくなるからです。

 その意味で、インドネシアで開かれたG20外相会合に際し、ロシアがウクライナに侵略を開始して以降、初めての米中外相会談が実現した経緯は朗報と言えます。会談は5時間続きました。多国間外交の合間に行われる二カ国間会談としては異例の長さです。ブリンケン国務長官が記者の前で語ったように、「米中のような複雑な国家間の関係では、話すことがたくさんある」ということなのでしょう。

 王毅(ワン・イー)外相兼国務委員は、従来のごとく、米中関係があらゆる課題に直面しているのは、米国側の対中認識に問題が生じているからだと強調し、中国の政治体制や発展の進路を重んじること、ゼロサム思考を捨て、小サークルをつくらないこと、台湾問題で自制すること、中国の主権や領土の一体性を重んじること、中国の内政への干渉を止め、人権や民主を掲げて中国の正当な利益に損害を与えないこと、などを米国側に要求しました。ウクライナや朝鮮半島問題を巡っても意見交換しましたが、議論は平行線が続き、歩み寄りや具体的進展は見られませんでした。

 一方、王氏が「中米はアジア太平洋地域で良循環すべき」と提起すると、ブリンケン氏はそれについては納得していたようで、会談に精通する中国政府関係者によれば、「会談の雰囲気や両外相の対話の口調は穏やかで、笑顔も見られた」と言います。米中両国政府は、習・バイデン首脳会談のセッティングに向けても話し合いを進めている最中と理解していますが、米中間でハイレベル対話が継続、機能することは、両国がこのアジア太平洋地域に「良循環」をもたらす上で必要不可欠と言えるでしょう。

 米国、中国、日本は世界第一、第二、第三の経済大国です。新型コロナウイルス禍前、2019年の統計によれば、この3カ国の名目GDP(国内総生産)は世界全体の46.5%を占めます(米国24.4%、中国16.3%、日本5.8%)。「三角関係」をどう安定的に管理するかは、地域の平和と繁栄そのものに影響するのが必至です。一人の日本国民として、3カ国の指導者が、故安倍晋三氏の遺志を受け継ぎ、平和のために共働していくことを願うばかりです。

マーケットのヒント

  1. 参院選を経て本格化が予想される憲法改正問題を中国は警戒するが、過剰反応は見られないし、それをもって日中関係を悪化させるつもりもない。
  2. 日米中関係の安定的管理は世界の平和と繁栄そのものに影響する。
  3. 安倍晋三元首相の遺志を受け継ぎ、真の平和実現に向けた共働が日米中の指導者には期待される。