本稿では、アインシュタインの有名な言葉を手掛かりに、「複利」についてのあれこれを考えてみたい。尚、文末には、筆者が「人類最大の発明」だと思うものについて書いた。

アインシュタインの言葉

「複利は人類最大の発明である」と、かつて物理学者のアインシュタインが語ったとされている。投資の入門書やセミナーでよく引き合いに出される言葉だ。

 アインシュタインは、天才の代名詞的人物であると共に多くの名言とされる言葉を残しているが、複利に関するこの言葉はその中でも最も有名なものの一つだろう。

 因みに、筆者が最も気に入っているアインシュタインの名言は次のものだ。あるレクチャーの板書の最中に(理論物理学者にとっては)簡単な積分の計算に行き詰まったアインシュタインが、聴衆から計算に必要な公式を教えて貰った際に語ったとされる「私は、調べたら分かることは、覚えないことにしている」という趣旨の言葉だ。合理的だし、とぼけた響きがあっていい。より適切な訳は「私は」ではなく「わしは」かも知れず、正確な記憶がないのだが、印象に残っている。

 筆者は、新入社員で商社の財務部員だった頃、銀行との書類を受け渡す定期便の時間を上司に訊いて、「ヤマザキ君、こういう事は覚えておかないと」と小言を言われた際に、上記の言葉を引用して「アインシュタインはこう言っていたそうですよ」と言葉を返したところ、大いに怒られた経験がある。

運用の複利と借金の複利

 投資教育のテキストなどでは、複利で長期間運用すると運用資産額が大きく膨らむ数値例なり、グラフなりを示して、複利には大きな効果があると強調して、長期運用の重要性を説くことが多い。

 確かに、人間は直線的な延長線上で将来を想像することが多いので、長期間の複利運用は、「意外に大きな」効果に見える。しかし、「年率何%」という1年当たりの利回りを時間に応じて掛け合わせると運用資産額が大きくなるということ自体は、何らかの作用によって魔法のようなことが起こる「現象」というよりは、単なる「計算上の事実」だ。

 数学的な想像力において抜きん出ていたはずのアインシュタインが複利を「発明」として賞賛したのはなぜなのかが、少し不思議だ。そもそも、複利は、新しく作り出されたものというよりも、数学的に見つけられた「発見」ではないのか、という疑問が湧く。

 ただ、発明であるにせよ、発見であるにせよ、複利が持つ時間との指数関数的な関係は「お金」の世界にあっては重要なので常に意識しておきたい。

 筆者は、数年前まで大学で「金融資産運用論」というタイトルの講義をしていたが、複利の計算例として学生に説明する際に使う数値例は、運用の方ではなく、専ら借金の数値例だった。学生にとっては、たぶんこちらの方が身近だろう。

 例えば、「年利14%の金利で5年間お金を借りると借金の額は当初の借入額の2倍になる」という話の方が、「年利5%で14年間運用すると運用資産額は当初の2倍になる」という話よりも、学生にとって重要ではないか。

 前者は、カードローンなどで学生が手を出す可能性があるし、「14%」といった金利を取られてこれが元本に算入されていくことが、いかに重大な不利なのかについて注意を喚起しておくことが望ましい。

 2022年度から高校の家庭科に金融教育が盛り込まれたが、家庭科だけでなく、数学の授業で指数・対数などを教える際に、こうした金融計算の問題を一通りやらせておくことが若者のマネーリテラシーの向上のために必要なのではないだろうか。

 もっとも、指数・対数のあたりは数学で脱落する生徒は既に考える気力を失っているパートであるかも知れない。もっと前の「掛け算の、さらに掛け算をすると、…」という段階で教えておくべきかも知れない。すると、中学校、あるいは小学校の段階で生徒に伝える事が出来る。

 複利は、複数の段階で丁寧に教えるべき知識かも知れない。

「72の法則」ないし「70の法則」

 投資教育の際によく出てくるのは、複利運用によって資産額が2倍になる期間の利回りに対する計算の簡便法だ。「72」ないし、「70」を年率%単位の利回りで割り算すると、何年の運用で元本が2倍になるかが大凡計算できる。

 厳密な計算ではないが、便利だ。2%、3%、4%、6%、8%、…など72に対して割り切れる利回りが多いので、「72の法則」として紹介されることが多いだろうか。70に対しては、5%、7%、10%、14%、などが便利だ。

「14%の複利でお金を借りると、5年で約2倍になるということだから、10年では約4倍にもなるのだ」といった概算の数値例を暗算して説明に使える。もっとも、最近はスマートフォンの電卓で複利計算が出来る(iPhoneだと横向きにすると関数電卓になる)ので、「4倍は脅かしすぎでしょう。1.14の10乗を計算すると約3.7ですよ」などと計算を正されるかも知れない。

 運用の方の例なら、「年利4%の複利で18年運用するとざっと2倍だ。36年運用すると約4倍になる。36年と言うと長く感じるかも知れないけれども、まだ定年を迎えていない人もいるのではないかな」と20代の社員に語りかけたら、運用に夢を持ってくれるかも知れない。

インフレと複利

 ところで、2022年7月現在、世界的にインフレ率が高まっていて、わが国の消費者物価指数の上昇率も対前年比2%を超えて上昇している。政策としての適否の議論はさておき、「長短共にリスクフリー資産の金利はほぼゼロ」という状態が向こう1、2年のうちに解消される可能性が出て来た。

 すると、例えば、リスク資産の期待リターンを「無リスク金利+リスクプレミアム5%」のような形で計算し直す必要性が出てくる可能性があるし、利回り全体が底上げされるので、複利の効果がより大きくなる。過去の推移を見ると、こうした状態の方が普通なのだが、ここしばらくゼロ金利に慣れている日本人は、感覚の修正が必要かも知れない。

 筆者にも思い当たる節があるが、リスクフリー資産が「ほぼゼロ金利」ということを前提に、無リスク資産、リスク資産それぞれのリターンについて、「無リスク資産金利+リスクプレミアム」という説明を省いた文章を書いている場合があるので、書籍の改訂などの際に著者側で修正が必要になる場合があるはずだし、読者も少し古い本を読む場合に注意する必要が出てくるかも知れない。

バフェット氏と複利

 資産運用となると、アインシュタインよりも頻繁に名前が出てくるウォーレン・バフェット氏だが、バフェット氏の運用スタイルにも複利が関わっている。

 同氏は、当初は師と仰いだベンジャミン・グレアム流の割安株投資(割安に買って、割安が消えたら売る)を主な投資スタイルとしていたが、やがて長期的に競争力のある「偉大なビジネス」に長期投資するスタイルに転換した。このスタイル変化には、長年の盟友であるチャーリー・マンガー氏の影響があったようだ。

 株式を長期で保有できると、利益が出て売却した際に掛かる税金を払わずに、元本が大きいまま複利での運用が可能になるので、長い運用期間を経ると、その効果はそれなりに大きい。

 投資家はなるべく売り買いをしない長期投資の効果が大きいことを意識するべきだし、運用商品の選択の際にも、例えば投資信託であれば大きな分配金を出そうとするものや、頻繁に分配金を出そうとするものを避けることなどに留意すべきだ。

 投資家全般のマネーリテラシーが向上して、複利運用に対する意識が拡がると、日本の投資家にしばしば見られる過剰な「インカム・ゲイン指向」にも変化が現れるかも知れない。

人類最大の発明は?

 さて、最後に、筆者が人類最大の発明だと思うものを挙げておく。

 筆者は、「締め切りこそが、人類最大の発明だ」と確信している。

 筆者のような凡人は締め切りがあることによって、生産性が向上する。仮に締め切りというものが存在しなかったら、筆者の仕事は半分以下に減ったのではないだろうか。

 また、社会的にも、締め切りというものが存在することで、複数の人が協力して働くことが可能になっている。

 加えて、締め切りは「発明」として、複雑で画期的な構造を備えている。先ず、締め切りが機能するために、人類は「時間」というものを発明しなければならなかった。考えてみるに、時間を想定しなければ、利回りという概念もあり得ない。

 加えて、人と人とが「約束」を交わすという行為も人類の発明の一つだと言っていいのではないだろうか。

「締め切り」は、「時間」と「約束」という発明を組み合わせた大発明だ。この大発明のおかげで、今回の原稿も書き上げることが可能になった。