参院選と日中関係に何の関係があるのか? 

 7月10日、第26回参議院選挙が投開票されます。今回は、改選124議席(選挙区74議席、比例代表50議席)に、神奈川選挙区の欠員1議席を補充する合併選挙を合わせた計125議席を与野党で争うことになります。目下、各政党や候補者、支援者は最後の追い込みをかけるべく、街頭やネット上で有権者に語り掛けているようです。

 中国をテーマとする本連載がなぜ日本の参院選を扱うのか。それは、参院選のプロセスや結果が、中国が日本を見る目、および中国と日本の関係に影響するからです。そうなれば、日中間のヒト、モノ、カネ、情報の往来の細部に影響が生じるからです。

 例えば、昨今は新型コロナウイルス禍で例外ですが、中国共産党指導部が日本の対中姿勢を警戒、批判し、中国国内で反日感情が高まれば、日本にやって来る中国人観光客は減るでしょう。コロナ禍前、日本のインバウンド産業にとって中国人は最大の「お得意先」でした(2019年、日本を訪問した外国人観光客数は過去最高の3,188万人。国別だと1位が中国で959万人、2位が韓国で558万人、3位が台湾で489万人、4位が香港で229万人)。あるいは、反日感情が高まれば、中国でビジネスを展開する日本企業の事業が邪魔されたり、日本製品が不買運動に遭ったりという状況も起き得ます。そうなれば、当然日本企業の株価にも影響してきます。

 それでは、今回の参院選の焦点の中で、日本と中国の関係に影響を及ぼし得るものは何でしょうか? もちろん、日本と中国は官民含めて密接な関係にあり、究極的には全てのイシュー(課題)が何らかの形で関係するのでしょう。

 例えば、昨今の歴史的円安に歯止めがかからず、コロナ禍が明けて日中間の民間の往来が本格的に再開した場合、極端な円安/人民元高という局面であれば、インバウンドにとっては追い風でしょう。

 また、これは私も中国の知人からよく相談されることですが、高い技術を持つ日本企業を中国企業が買収する、日本の不動産を爆買いするといった局面も顕在化してくるかもしれません。

 ただ今回は、中国共産党当局の日本への姿勢、裏を返せば、14億人以上いる中国国民の対日感情に影響を与えやすい大きなイシューに着目したいと思います。

 憲法改正と防衛費拡大です。

与党改選過半数、「改憲勢力」台頭で憲法改正、防衛費拡大は進むか?

 選挙の前だけに、各メディアがこぞって世論調査を実施していますが、大方の予想は、与党が過半数(63議席)を上回る可能性がかなり高いようです。最大野党の立憲民主党は議席を減らす見込みで、維新は逆に議席を顕著に伸ばす可能性が高いようです。例えば、読売新聞は7月1~3日に実施した世論調査の結果を受けて、「与党が改選過半数の勢い・立民は伸び悩み・維新は大幅増の公算」との見出しで記事を配信しています。

 また、「改憲勢力」に位置付けられる自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党は今回の改選を受けて、参議院で3分の2以上の議席を占める見込みです(参照記事:「自公、改選70議席台の勢い 改憲4党で3分の2超も 朝日終盤情勢」、7月5日、朝日新聞)。

 この4党は衆議院ではすでに3分の2以上の議席を占めていますから、今回の結果次第では、「改憲勢力」が衆参両院で3分の2以上を占める、言い換えれば、憲法改正がぐっと現実味を帯びてくるということです。

 自民党が掲げる公約は「日本を守る」と「未来を創る」の2部構成になっています。

「日本を守る」の最初に「毅然とした外交・安全保障で、“日本”を守る」が挙げられています。ウクライナ情勢を受けて、益々複雑化する安全保障環境への対処を急ぐ姿勢が垣間見れます。「国防力を抜本的に強化する」の欄には、「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します」が含まれています。

 また、「未来を創る」の柱の一つに掲げられているのが、「憲法を改正し、新しい“国のかたち”を創る」です。さらに見ていくと、「憲法改正を早期に実現する」という欄に、「自民党は現在、改正の条文イメージとして、(1)自衛隊の明記、(2)緊急事態対応、(3)合区解消・地方公共団体、(4)教育充実の4項目を提示しています」、「衆参両院の憲法審査会において、憲法改正原案の国会提案・発議を行い、主権者である国民の皆様が主体的に意思表示する国民投票を実施し、日本国憲法の改正を早期に実現します」が含まれています。

 連立を組む公明党が納得するかどうか、他の2党を含め、「改憲勢力」としてどう足並みをそろえるかなど、課題は山積していますが、少なくとも、自民党が結党以来の目標である憲法改正をマニフェストの柱として明確に掲げ、参院選の結果を経て、改正に向けての政治的基盤が整えば、憲法改正を巡る審議は新たなフェーズに入っていく可能性が高いと言えます。

 そして、憲法改正と防衛費拡大の追い風になっているのが、昨今の日本を取り巻く国際情勢に他なりません。特に、ウクライナ危機を経て、「次は台湾か?」という議論が日本国内で巻き起こっています。

 仮に中国が台湾に武力侵攻し、日本の領土、特に南西諸島の安全が危険に晒されるリスクが高まる中、日本国民の生命と財産を守るという観点から、「いまのままの防衛費で守れるのか?」、「既存の憲法で守れるのか?」という流れに世論が傾いていくのは当然であり、国会の審議への影響も必至です。

 日本でも往々にして「高圧的」、「拡張的」、「攻撃的」という印象を抱かれる習近平(シー・ジンピン)国家主席の存在、彼が率いる中国共産党の形態が、「守れるのか?」という危機感をさらにあおっている構造だと思います。

 そして、中国はそんな日本の政治アジェンダや世論動向を緊密に観察し、対策を練ってくるというのが私の分析です。

中国は日本の憲法改正や防衛力拡大をどう見ているか?日中関係は悪化するか?

 中国共産党は、日本や欧米を含め、他国の選挙に対するコメントには慎重になる傾向があります。中国として、自国の共産党大会や全国人民代表大会といった政治アジェンダを巡って他国にとやかく言われたくないからです。とはいえ、憲法改正、防衛費拡大といったイシューに関しては、日本の対外姿勢、軍事力に直接関わる問題であり、外交部や国防部の報道官がピンポイントでコメントする場合もあります。

 近年のコメントを拾ってみました。

 まず憲法改正に関して、2018年3月22日、外交部の華春瑩(ファー・チュンイン)報道官が定例記者会見の場で次のようにコメントしています。

本質的に、日本が憲法をどう改正するかは日本の内政である。しかし、歴史的な原因とみなさんが理解できる原因から、日本が平和憲法を修正するという問題は国際社会とアジア諸国の高度な関心を集めてきた。加えて、近年、日本国内の一部関係者があの脅威、この脅威などを持ち出して軍拡に向けた口実を作り、世論を扇動している。我々は日本が平和的な進路を堅持することで、実際の行動を以てアジア諸国や国際社会の信頼を勝ち取り、日本と近隣諸国との関係改善に向けた条件を創造することを望んでいる

 日本の憲法改正という内政アジェンダに深入りはしないが、一定程度の警戒心を抱き、けん制球を投げてきているのが分かります。このスタンスは現在に至っても変わっていません。中国共産党指導部として、日本が戦後堅持してきた平和憲法、および平和国家としての歩みを前向きに評価してきたスタンスも垣間見れます。

 次に防衛費についてですが、2021年9月1日、同じく中国外交部の汪文斌(ワン・ウェンビン)報道官が定例記者会見で次のようにコメントしています。

日本の防衛予算は9年連続で増加している。それに、何かにつけて周辺諸国の動向に難癖をつけているが、それらは軍事力拡張のための口実に他ならない。中国は日本が平和的発展の道を堅持すべきであると忠告する

 上記の平和憲法へのコメントとも似通っていますが、その警戒心は容易に見て取れます。平和憲法と防衛費拡大、両者に対する中国共産党のスタンスとして共通しているのは、日本が結果的に平和国家としての進路を破棄する、平和憲法が有名無実化することに対する警戒と懸念だと分析できます。

 そして、ウクライナ情勢を受けて、日本の国会や世論が、中国が台湾に対して武力行使をする、中国が尖閣諸島を含めた東シナ海などでこれまで以上に拡張的、挑発的な動きを取る、それに対処するための憲法改正であり防衛費拡大だという論調や姿勢を示している現状に対しては、中国は断固反対し、不満を露わにするでしょう。

 もちろん、この二つのイシューを含めて、先行きは不透明です。防衛費をGDP(国内総生産)比で2%以上なんて本当に可能なのかと疑問視する見方は多々ありますし、憲法改正には国民投票で過半数以上が求められますから、順風満帆にはいかないでしょう。

 NHKが6月17~19日に実施した世論調査によれば、「改正する必要性があると思う」と答えた回答者は全体の37%で、「必要ないと思う」の23%を明らかに上回りましたが、「どちらともいえない」が32%います。

 この結果からしても、焦点は改正するか否かではなく、何をどこまで改正するか、それによって改憲勢力である4党間の合意形成や、有権者に与えるインパクトなども大きく変わってくるものと思われます。

 いずれにせよ、中国は参院選を通じたこれらの状況を緊密に静観しつつ、昨今のウクライナ危機を受けた国際情勢に日本がどう向き合うか、その過程で憲法や防衛費といった政治的に敏感なイシューにどう対処していくかを分析し、状況次第では不満や批判を表していくでしょう。日本と中国の外交関係、経済貿易関係、ビジネス・人的交流にも影響するものと想定されます。

マーケットのヒント

  1. 参院選の結果次第で、憲法改正や防衛費拡大に向けて政権がどう動くかに要注目。
  2. 動向次第では、日中関係は悪化する。
  3. 日中関係の悪化はヒト、モノ、カネの往来に切実に影響し、日本企業の収益、および日本経済自体が損害を被る可能性も全く否定できない。