個別銘柄投資とポートフォリオ運用の「価値」のちがい

 筆者は常々、個別株に投資する個人投資家が増えることを願っている。個別株への投資は趣味として奥が深い。大いに楽しんで欲しい。

 しかし、個人の趣味としての個別株投資を合理的な資産形成と両立させるには、それなりのスキルと手順が必要だ。端的に言って、インデックス投資に大きく負けない個別株投資の方法を知ることが必要だからだ。

 例えば、国内株式に投資するとして、個別株投資とTOPIX(東証株価指数)への投資を比較してみよう。

 その時々の株式市場の「荒れ具合」によって異なるが、TOPIXのような市場の平均を表すインデックスのリターンの標準偏差(平均からのバラツキを表すリスクの尺度)はやや大きめに見て年率20%くらいだ。一方、こちらも市場環境と個々の銘柄によって異なるが、一銘柄に投資した場合のリターンの標準偏差は時価総額の大きな会社でも30%くらいだろう。

 個別銘柄の平均のリターンは概ねTOPIXと同じはずだ。自分が選ぶ銘柄がTOPIXに勝つという保証はない。これを年率5%としておこう。

 金融の世界では「最悪のケース」として「平均リターン−2×標準偏差」(100回に2回強くらいの「不運」の想定)を考えることが多いが、TOPIXの場合は5%-2×20%=−35%、個別銘柄単独への投資の場合は5%-2×30%=−55%となる。これらは「投資元本に対して一年で最悪の場合はこのくらいの損を覚悟しておけ」という数字の目処だ。

 さて、ある投資家が一年間に損をしても耐えられる金額が100万円だとしよう。すると、TOPIXのインデックス・ファンド及び特定の一銘柄にそれぞれ幾ら投資できるか。TOPIXへの投資は100万÷0.35=285万7千円で、一銘柄への投資は100万÷0.55=181万8千円となる(共に百円の位を四捨五入)。それぞれ可能な投資額に期待リターンの5%を掛け算すると年間で5万円強の期待収益の差が生じる。

 また、金融論の世界では一般に標準偏差で表す「リスク」を2乗した「分散」に比例して追加的なリターンを稼げると期待できるなら「リスクに見合ったリターン」だと評価する効用関数を用いる。標準偏差で測ったリスク20%に期待超過リターン5%が必要なら、30%のリスクには年率約11%強の期待超過リターンが必要な計算になる。尚、時価総額の小さな成長株などの場合、単独投資の場合のリスクは30%ではとても収まらない場合が多い。

 両者の金融論的な価値の差は「大差」なのだ。こうしたリスクに対する評価を考えずに、事後的に生じたリターンの「結果論」で両者を比較するのは賢くない。

 そして、「銘柄の選び方」に効果があるとしても、その(当たり外れを加味して平均した)投資収益の改善効果はごく小さいのが現実だと考えられる。

 アクティブ・ファンドの運用成績がインデックス・ファンドに長期的に負けていることから考えると、プロのファンドマネージャーでも取引コストや手数料を加味するとその効果の平均は「ほぼゼロ」(正確には小さいがマイナス)だと考えられる。

 いささか現実的すぎて夢のない話だが、以上が個別株投資を合理的な資産形成と両立させるために知っておくべき大前提だ。

株式投資入門の優先順位

 筆者は、個人投資家が個別株投資に取り組む上での優先事項は、「銘柄選びよりも、ポートフォリオで投資すること」だと考えている。

 しかし、世間一般の株式投資の入門書では、「投資する銘柄の選び方」が先に来て、次に「売買のタイミング」の話になることが多く、ポートフォリオの作り方については、全く言及がないか、「バランスのいい分散投資が大事だ」という程度の注意事項が申し訳程度に付け加えられている場合が多い。

 銘柄の選び方はテーマとして面白いし、読者が夢を投影しやすい。また、かつて証券営業の中心が個別株のセールスであった時代の証券マンの話の中心でもあった。

 筆者は、個人投資家が個別株投資を始めるとするならどうしたらいいかについて、何度か原稿を書いたことがあるが、「時価総額の大きな(1兆円以上)銘柄で業種の異なるものを最初から3銘柄以上保有して、最初からポートフォリオ全体で考える癖を付けて下さい」といった趣旨の株式投資入門を勧めることが多い。追加投資をする際には、保有銘柄とは業種や属性がなるべく異なる銘柄を選んで、分散投資の拡大を心掛けて欲しいと付け加える。

 例えば、十数銘柄くらいの分散されたポートフォリオが出来て、インデックスと大きくちがわないリスクの状態になれば、「インデックスに勝つための自家製アクティブ運用」をゲームとして楽しむ前提が出来たと言えるだろう。

 尚、ごく個人的な経験を申し上げると、「個別銘柄選びよりも、ポートフォリオ優先」は、かつて総合商社から投信運用会社に転職して、早くにファンドマネージャーを任された筆者が採用せざるを得なかった方針だったのだが、株式投資を理解する上で、結果的に幸いだったと思う。よくあるファンドマネージャーの育成コースに乗って、アナリスト部隊に配属されて企業分析から始めていたら、かなりの回り道になったかも知れない。

「どの銘柄も有利不利なし」と「分散が大事」の感覚

 上場株式への投資のいいところは、市場で形成されたフェアな価格に直接参加できることだ。プロやビジネス関係者も含めた市場参加者が「買ってもいい」と判断した値段と、「売ってもいい」と判断した値段が出合った株価に個人投資家も直接参加できる。個々の銘柄の株価に結果的な間違いは頻繁に生じるし、株価全体の水準が狂うことがあるとしても、「市場」という仕組みは参加者に対してフェアであるという意味でよく出来ている。投資家は「市場で付いた価格なのだから、どの銘柄に投資しても大きな優劣はない(はずだ)」という理解を持つといい。ある意味で、株式投資は怖くない。

 理屈はその通りなのだが、そう思えない人が多いのは、人間は「結果論」に過剰に影響されるからだろう。しかし、読者には、そうした「普通の人間」よりも少し賢い人になって欲しい。そのために、個別株への投資は良い教材だと思う。

 これから個別株投資を始める投資家には、簡単に儲かる銘柄選びの方法などないと理解した上で、先ずは分散投資された「無難な」ポートフォリオを作ることが重要なのだと理解して欲しい。

 個別株投資の「最初」をどうするといいのかは悩ましい問題だ。投資金額が小さいのなら1銘柄から投資を始めてもいいのだが、筆者としては、最初から「ポートフォリオ」を意識して投資して欲しい。

「基本的にどの銘柄に投資しても同じ」なら、好きな銘柄に投資するという考え方でもいいのだが、もう一ひねり加えるなら、投資対象銘柄は、必ずしも投資家本人が「好きだと思える銘柄」ではなくてもいい。

「自分の気分」と「投資の結果」は徹底的に無関係だと自分に言い聞かせることが、正しい投資を理解する早道になるからだ。自分の勘などあてにならないことは、投資を始める前から知っておいていい。「好ましく思える銘柄」と「(その後の)リターンの高い銘柄」の間には関係がないのが普通なのだ。

投資資金確保と「リレー投資」

 個別株投資入門の方法として、投資資金を確保するためのアイデアを一つ付け加えておく。

 日本の上場株式への個別株投資では個々の銘柄への最小投資単位・金額にはバラツキがあるが、一銘柄当たり数十万円の金額がないと投資できない場合が少なくない。こうしたお金を用意しつつ、新しい銘柄への投資を拡げつつ、分散投資が出来たポートフォリオを作るには、具体的にどうしたらいいか。

 ここで提案したいのは、インデックス・ファンドから個別株への「リレー投資」だ。

 先ず「毎月○万円」といったルール化された金額をいわゆる「天引き」で自動的に貯めないと、特に若い人はお金が貯まらないし(この点は株式投資を別にしても重要だ)、投資に振り向ける金額がなかなか増えない。しかも、最小単位として数万円では買えない銘柄が多いのが現実だ。投資に回すお金を確実かつ効率的に貯めるシステマティックな方法を考えたい。

 ネット証券なら少額から投資信託の積立投資ができる。先ず、ノーロード(購入手数料ゼロ)で運用管理費用(信託報酬)の小さいインデックス・ファンドに積立投資して、投資したい個別株に投資できる金額以上に貯まったら解約して個別株投資に回すシステムを提案したい。

 インデックス・ファンドは「全世界株式(オールカントリー)」のタイプが良いと申し上げておく。趣味としての「面白み」を考えなければ個別株投資よりも優れているので、個別株の投資銘柄選びはゆっくり行っていい。

 また、現在まとまったお金が手元にある方の場合は、生活資金を別途確保した上で、残りの金額を全世界株式のインデックス・ファンドにまとめて投資して、これを積立投資で増額しつつ、投資したい個別株が見つかったら、インデックス・ファンドを一部解約して投資する方法でもいい。「全世界株式+日本の個別株式のポートフォリオ」(前者が半分以上をお勧めする)は資産配分として悪くない。

 尚、解約を前提としたインデックス・ファンド投資はNISAや積立NISAではなく、通常の課税口座(特定口座)で行うといい。NISA系の口座は非課税期間の途中で売却すると非課税で運用できる枠を失ってしまうので少々もったいない。これから「全世界株式+日本の個別株式のポートフォリオ」を作ろうとする投資家は、つみたてNISAと特定口座の両方で全世界株式のインデックス・ファンドへの投資を行って、特定口座分の投資を機会があれば個別株に振り向けるといい。

 この「リレー投資」は、10年以上前にインデックス投資家の間で有名だった方法をヒントにしたものだ。当時はETF(上場型投資信託)の信託報酬が公募のインデックス投信の手数料よりもかなり安かったので、公募の投信で積立投資をして一定額以上に貯まったらETFに振り替える方法が一部のインデックス投資家の間で地味に流行した。

 あの仕組みが、個別株投資で役に立つとは筆者にとって少々意外である。