「利上げ攻勢」で原油は下落
この2週間、原油相場は大きく下落しました。下落の主な要因は、インフレを抑制すべく、複数の中央銀行が大幅な利上げを決定したことを受け、世界の景気動向が不安定化する懸念が生じ、それに伴い、原油需要が減少する観測が浮上したことです。
図:主要銘柄の騰落率(6月10日と24日を比較)
米国のほか、英国、EUも利上げを行う姿勢を鮮明にしました。いずれも金利の引き上げ幅が大きい規模であったことから、西側諸国が同じ方向を向いて「インフレ退治」にまい進していることが、改めて示されました。
一部の株式市場は下落で反応。利上げによって、企業や個人が資金を調達しにくくなり、景気が鈍化することが意識されました。なぜ西側の中央銀行たちは、景気鈍化を容認しつつ、利上げを強行するのでしょうか。この問いのヒントを「原油市場」に見いだします。
「インフレ退治」に成功すれば支持率上昇
インフレが鎮静化すれば、西側の国民が抱える不満の多くは解消します。このため、原油価格を下落させ、インフレを鎮静化にみちびいたリーダーや思いを同じくする組織は、国民の支持を得やすくなります。西側のリーダーにとって原油相場の下落は強い「是」なのです。
ジョー・バイデン米大統領が、自国の石油会社を過剰ともとれる強い言葉で非難したり、過去の出来事を棚上げしてまで主要産油国に増産を働きかけたりしているのも、同じ思惑があってのことです。インフレを退治すれば、バイデン氏は11月の中間選挙を有利に進められます。
図:「インフレ退治」に成功すれば西側のリーダーの支持率は向上する
先週、主要メディアが、11月の米中間選挙に立候補する候補者を決めるための予備選の途中経過を報じました。「原油価格の上昇は増税のようだ」と現職時に産油国を痛烈に批判して、原油高を否定したドナルド・トランプ前大統領が推薦する候補の9割超が勝利したとのことでした。(上下両院と州知事選の合計。半数超の州での投開票終了時点)
この状況より、「インフレ退治を実現しないまま、11月を迎えることはできない」という、バイデン氏の思惑が垣間見えます。2024年の大統領選で出馬をもくろむトランプ氏をけん制するためにも、原油価格を下げ、インフレを鎮静化し、多くの支持を得る必要があります。
また、6月19日に投開票が行われたフランスの国民議会(下院)の決選投票では、エマニュエル・マクロン大統領が率いる与党連合が過半数の獲得に失敗しました。インフレ対策への批判に悩まされたことが、敗北の一因とされています。
西側主要国のリーダーたちにとって、インフレ鎮静化は喫緊の課題です。インフレを鎮静化できれば、支持を集めやすい状況にあるとも言えます。今後も西側では、原油価格を下落させるべく、各種施策が繰り出され、利上げムードが続くことが予想されます。
「原油市場」でぶつかるロシアと西側の思惑
ここまで、西側が利上げを敢行している理由を、国内情勢に注目して述べました。ここからは、範囲を西側と敵対するロシアに広げ、西側が利上げなどを行う(原油相場を下げたい)理由、ロシアが資源の囲い込みなどを行う(原油相場を上げたい)理由について、考えます。
図:「原油市場」でぶつかる西側とロシアの思惑
原油相場は「戦場」
原油相場は今、西側とロシアにとって、相手にダメージを与えたり、メリットを享受したりする場になっています。さしずめ「戦場」と化していると言えるでしょう。西側は利上げなどを敢行し、原油相場に下落圧力をかけています。たとえ景気鈍化が深刻化しても、です。
一方、ロシアは自国資源の囲い込みを強化したり、ウクライナで蛮行を繰り返し、西側にロシア産のエネルギーを買わないように(制裁を強化するように)仕向けたりして、エネルギー需給を引き締め、原油相場を高止まりさせています。たとえ世界で孤立しても、です。
原油は「経済の血液」といわれることがあります。経済の循環に欠かせない存在であり、かつ世界の隅々まで行き渡っているもの、という意味です。原油の市場が戦場になっているのであれば、その戦争は世界規模で起きている、さながら「世界大戦」と言えるでしょう。
この2週間、西側は一丸となり「利上げ攻勢」で原油相場を下落させ、西側なりのメリットを享受し、ロシアにも一定のダメージを与えました。それまで、原油相場が高騰し、西側は劣勢だったわけですが、この2週間は、西側が「反撃」をしたと言えます。
「原油相場上昇」それぞれの意味
西側にとって、原油相場の上昇は、デメリットが大きくなる要素です。インフレがさらに進行して、社会がより不安定化する、リーダーたちに対する国民の支持が一段と低下するなど、ダメージが大きくなるためです。
対ロシアでみてもデメリットがあります。原油相場が上昇すれば、ロシアが、ウクライナ戦のための戦費をより多く獲得したり、他の産油国からのさらなる支持を取り付けたりすることを、許してしまうためです。
一方、ロシアにとって、原油相場の上昇は、メリットが大きくなる要素です。獲得できる戦費や産油国内での発言力が増したり、敵対する西側が高インフレと強い不安感にあえぐ姿を傍観(ぼうかん)したりできるためです。(世界で孤立するというデメリットも発生)
「原油相場下落」それぞれの意味
西側にとって、原油相場の下落は、メリットが大きくなる要素です。先述のとおりリーダーの支持率が上昇するだけでなく、ロシアの戦費が減少したり、産油国のロシアに対する支持が低下したりするためです。(利上げ起因であるため、景気鈍化というデメリットも発生)
一方、ロシアにとって原油相場の下落は、デメリットが大きくなる要素です。獲得できる戦費や産油国内での発言力が低下したり、敵対する西側が高インフレから解放され、経済回復が進むことを、許したりしてしまうためです。
大衆迎合、ESG神聖化が戦争の遠因!?
原油市場が「戦場」化した理由の一つである「インフレ」は、なぜ起きたのでしょうか。ロシアがウクライナに攻め入って供給制約のきっかけをつくったことが主因、とされています。では、ウクライナ危機は、なぜ起きたのでしょうか。
1.ロシアは西側を攻撃する術(すべ)を知っていた
およそ100年前、ロシア革命(1917年)を主導したウラジーミル・レーニンは、「資本主義を破壊する最善の策は、通貨を堕落させること」と語ったとされています。通貨の堕落、言い換えればインフレです。資本主義を是とする西側を攻撃するのに効果的な方法を、レーニンが説いていたわけです。
2.ロシアで反西側感情が強まっていた
2020年は「脱炭素」元年だったと筆者は考えています。化石燃料を否定してトランプ氏を激しく批判したバイデン氏が米大統領選挙に勝利した年です。翌年、米国はパリ協定に復帰し、それをきっかけに西側では化石燃料批判の大合唱がおきました。
この大合唱を、ロシアをはじめとした産油国はどのような気持ちで聴いていたのでしょうか。化石燃料批判は、産油国批判に他なりません。2020年はロシアの反西側感情に、一気に火が付いた年だった可能性があります。
3.西側のリーダーは断固たる措置を講じることができない
西側のリーダーは、大衆迎合にならざるを得ません。選挙が定期的に訪れるためです。(直接・間接問わず)リーダーを選ぶ大衆は「モノ言う株主」ならぬ「モノ言う大衆」と化していると、感じることがあります。
争いを起こしたり、人を殺(あや)めたりする人・国は例外なく悪、物価高(インフレ)は受け入れられない、自分の生活は平穏でありたい、ESGを順守して気候変動に気を配ってくれる美しい国や企業は善。こうした環境を提供してくれるリーダーが良いリーダー。
豊かで自由な西側諸国ほど、このような大衆を抱えている傾向があります。西側のリーダーたちは選挙で勝つために、こうした、ある意味モノ言う大衆に、寄り添わなければなりません。寄り添えば寄り添うほど、凶悪な存在に対して断固たる措置を講じにくくなります。
仮に今、米国を中心とした西側の多国籍軍がロシアを攻撃した場合、西側のリーダーたちは、モノ言う大衆たちの非難の豪雨に打たれるでしょう。これは、西側が断固たる措置を講じることができない一因であり、ロシアにとって都合の良い真実と言えるでしょう。
4.「インフレ」を起こしやすい素地が出来上がっていた
リーマンショックで傷んだ経済を立て直すべく、西側の主要国は2009年から2014年ごろまで断続的に金融緩和を行いました。その後一時は金融引き締めに転じたものの、2020年に新型コロナがパンデミック化したことを機に、再び大規模な金融緩和を行いました。
こうした金融緩和によって、世界全体でマネーがじゃぶじゃぶな状態におちいりました。高インフレが起きる素地は、こうしてできあがりました。レーニンが説いた西側を攻撃する術を、実践しやすくなったと言えます。
図:ウクライナ危機が発生するまでの経緯
危機は壮大なテーマで起きているとみるべき
ロシアは西側を攻撃する術を知っている。ロシアで反西側感情に火が付き、攻撃する動機が整っている。西側のリーダーは断固たる措置を講じることができない。マネーがじゃぶじゃぶで、インフレの素地がある。こうしたタイミングを、抜け目ないウラジーミル・プーチン大統領は見逃さないでしょう。
ロシアは、ウクライナに侵攻し、西側に制裁を強化させて「買わない西側」を、ロシア自身は自国資源を囲い込んで「出さないロシア」を実現し、西側をも巻き込み、西側・ロシア両面から供給不安をあおり、高インフレ進行を後押ししました。
実際に今、西側はとてつもないダメージを受けています。西側経済はリセッション入りする懸念が生じ、その上、リーダーたちの支持率は低下し、政情が不安定化しています。およそ100年前のレーニンの言葉が、現実のものになっているわけです。
原油市場、高止まり続くか
上記より考えられる、ウクライナ危機が終わるために欠かせない要素は、ロシアの反西側感情が鎮まる(西側が脱炭素を緩める)こと、西側のリーダーが大衆に迎合しなくなる(毅然としたリーダー、もしくは大衆を完全に操ることができるリーダーが誕生する)こと、マネーがじゃぶじゃぶな状態を解消する(QT(量的引き締め)を進める)こと、です。
現時点では、どれも難易度は高いと筆者は考えます。このため、まだしばらく、ウクライナ危機は続くと考えます。ウクライナ危機が終わらなければ、「原油市場」を舞台とした「世界大戦」は続き、原油相場は今後も高止まりする可能性があります。
また、年内程度の中期的な期間で見た場合、以下のとおり、足元のインフレ減退観測が、ゆくゆくは原油相場の上昇要因に変わるシナリオも想定できます。
図:年内程度の時間軸で考えられる原油相場への上昇圧力発生シナリオ
本レポートで述べたとおり、インフレとウクライナ危機は、「原油市場」を通じて密接に結びついています。インフレを鎮静化するための最も有効な策は、あくまでもウクライナ情勢の鎮静化であり、金利引き上げという西側の策ではない、と考えます。
ウクライナ情勢が鎮静化する兆しが見えた時が、本格的に原油相場が下がる、インフレが鎮静化するタイミングだと、筆者は考えています。
[参考]原油関連の具体的な投資商品例
国内株式
INPEX
出光興産
NEXT NOTES ドバイ原油先物ダブル・ブルETN
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NEXT NOTES 日経・TOCOM 原油ベア ETN
米国株式
海外ETF
iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド
投資信託
UBS原油先物ファンド
米国エネルギー・ハイインカム・ファンド
シェール関連株オープン
海外先物
CFD
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