安倍首相の外遊中に円安に冷や水を浴びせるような発言がいくつか出てきている。族議員はしがらみがあり、円安に振れるとこの手の発言は必ず出てくる。そもそも、政治家や官僚の国際舞台での交渉力となっている日本の経済力は、ドルに換算した日本の国内総生産(GDP)である。したがって、政治家や官僚の多くは円高を維持したいと思っているはずで、それゆえにこれまで真剣な円高対策をしてこなかったともいえる。

円高が良いか円安が良いかは人それぞれの立場によって異なるが、マクロ経済政策の最重要課題は、日本の場合「デフレ脱却」である。したがって、優先順位は「まず、デフレを止めよ」となる。日本経済が回復するには、ある程度の期間、円安が続くことが必要だ。この先100円まで円安が進んでも、1カ月で70円台に戻っていたら話にならない。

円安牽制発言が続くと投機筋からはアベノミクスの本気度が問われるし、やっている政策を自ら否定していては、矛盾に満ちた日銀の小出し緩和と同じく「インフレ期待」は上がらないだろう。自民党内部からも「政権幹部の発言としては軽率」と批判の声が上がり、菅官房長官は「円安を容認しないような発言が出ているが、安倍政権として意図的では全くない」と火消しに追われている。

さて、投機筋の注目は、アベノミクスの実現性に移りつつある。アベノミクスの成否は、1月22日の日銀金融政策決定会合がカギを握っている。先週のレポートでは、日銀と政府の取り決めが拘束力のある「政策協定(アコード)」ではなく「共同文書」となることで、「次元の異なる大胆な金融緩和」が「骨抜き」となる可能性があるとの疑念を書いた。

1月17日の日経新聞のインタービューで、内閣参謀参与の浜田宏一エール大名誉教授は「共同文書では意見を述べただけになってしまう。日銀は金融緩和に応じるかもしれないが、嫌だとも言える。誰が日銀総裁になるか分からないことを考えると、金融政策の目標と手段の両方に独立性を認めた今の日銀法は改正すべきだ」と発言している。

政府と日銀がしっかりした「政策協定(アコード)」を結ばない以上、「共同文書」は日銀に甘い内容になる可能性がある。公共事業とのバーターで財務相OBの登用が噂される日銀総裁人事にしても旧来型の天下り人事に過ぎず、“立法府からも独立している”今の日銀法では、日銀総裁がかなりの裁量を持つことになるだろう。その意味で、3~4月の日銀人事は非常に注目されている。

今年、この先も円安・株高が続いていくかどうかは、「日銀の政策次第」だ。それは、極めて「単純な構造」で、「マネーの量が円と株価の位置を決める」のである。

中央銀行の総資産(2005年~2012年12月) ECB(左)・FRB(中央)・日銀(右)

2013年の株高・円安は日銀の政策次第である
次元の異なる大胆な金融緩和への期待は根強く、今年は後手にまわる小出しの緩和では済まされないだろう


(出所:石原順)

独DAX(左)・NYダウ(中央)・日経平均(右)の推移 2005年~2013年

欧米と日本の株価格差はマネーの量の差であり、日本だけが異常な株価水準に放置されている


(出所:石原順)

米国ではFOMC議事録で複数の委員が「資産購入を2013年末までに停止か減速することが適切になる可能性がある」発言し、「出口=量的緩和減速」(筆者は懐疑的だが)の話が出てきている。また欧州ではECBのドラギ総裁発言で、利下げ観測が後退している。この現状で日銀が追加緩和に動けば、緩和一服となっている米・欧との比較で円安傾向は維持されやすい。

「Japan still trapped(日本はまだ流動性の罠に嵌っている)」と言い続けてきたノーベル経済学賞学者のポール・クルーグマン氏は、「Japan Steps Out」(NYタイムズ1月13日)と題したコラムの中で、アベノミクスは「結果的に完全に正しい」と評価した。おそらく今回のアベノミクスは、日本がデフレから脱却する最後のチャンスであろう。

相場の実践の話に移ろう。

筆者は相場の方向性の有無を判定するのに「26日標準偏差ボラティリティ」と「14日ADX」を使っている。相場に方向性が出てくると標準偏差ボラティリティとADXが上昇する。標準偏差ボラティリティとADXが上昇している期間がトレンド相場と認識している。特に標準偏差ボラティリティとADXが共に低い位置から同時期に上昇する場合は、相場がもちあいを離れ強い方向性をもつシグナルとなる。

一方、標準偏差ボラティリティがピークアウト(天井をつけ下落)すると、トレンド期とはやや逆方向にバイアスがかかった「レンジ内での乱高下相場」となりやすい。

売買注文のタイミングは、21日ボリンジャーバンドで判断している。日足チャートのローソク足が21日ボリンジャーバンドの1σのラインを外側に飛び出したところがエントリー(新規注文)ポイントである。その際、必ず標準偏差ボラティリティとADXのラインの傾きをチェックしてトレンド相場期間であることを確認する必要がある。日足のローソク足が1σの内側に戻ったら、エグジット、すなわちポジションを手仕舞い(決済注文)する。これが筆者の売買手法の基本形だ。

1月22日まで円安街道を馬車道相場で駆け抜けるかと思われたドル/円相場だが、政権幹部からの円安を懸念する発言が相次いで急ブレーキがかかった。これによって、現在、相場のトレンド(方向性)の強さを示唆する「14日ADX」や「26日標準偏差ボラティリティ」はピークアウト感が出ている。上記のトレンド指標がここから下落局面に入るようだと、やや円高方向にバイアスがかかった「レンジ内での乱高下(ジグザグ)相場」となりやすい。

ドル/円(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)
ここから円高に振れても、直近の円安トレンド相場に対する「調整相場」であって、「円高トレンド」相場ではない。場合によっては、11月の相場(チャートの水色の部分)のように、比較的短期間で円安トレンド相場に復帰する可能性もあるだろう


(出所:石原順)

ランド/円(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)
この通貨は、既に14日ADXと26日標準偏差ボラティリティがピークアウトしている。相場はやや円高方向にバイアスがかかった「レンジ内での乱高下(ジグザグ)相場」に…


(出所:石原順)

昨日からドル/円やクロス円の多くの通貨ペアで、筆者が手仕舞いのポイントとしている21日ボリンジャーバンド+1シグマの攻防が続いている。ドル/円は昨日の東京時間に+1シグマを割り込んだが、NYクローズでは再び+1シグマの上に復帰し、今日はまた+1シグマをまたいでの取引となっている。この2日間起きていることは「13日移動平均線」の攻防で、短期筋の「投げ」と「踏み」の応酬が続き、まさに乱高下相場となっている。

いずれにせよ、筆者の売買手法では相場がNYクローズで21日ボリンジャーバンドの+1シグマを割り込むと、システマティックに利食い(手仕舞い)となるが、それまでは円売りポジションを継続している。

豪ドル/円(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

カナダ/円(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ユーロ/円(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)