日銀総裁は24日の講演で円高是正のため「劇場型金融政策」を求める会場の声に対して、「サプライズは長続きしない」として否定的な姿勢を示したと報道されている。総裁の言うこともわからないではないが、世界の金融政策はルビコン川を既に渡っているのである。リーマン・ショック後に各国が行なった「劇場型金融政策」の答えが、以下のチャートである。

独DAX(左)・NYダウ(中央)・日経平均株価(右)の日足 2007年~2012年


(出所:石原順)

「金融政策におんぶに抱っこ」というのがリーマン・ショック以降の市場の姿であり、あれもこれもと、一切が金融政策任せとなっている。これだけ株価水準が高い中、米欧が追加の緩和姿勢を見せているのに対し、日銀は追加緩和に消極的姿勢を見せているので、劇場型思考の外人投資家は円高を警戒している。

モラルハザード的な金融政策に対する批判も多い。しかし、リーマン危機後のバランスシート調整が終わらないなかで、金融緩和政策が止ると世界は大不況となってしまう。欧州の銀行の不良債権処理は遅遅として進んでいない。全くきりがないが、金融政策で時間を稼ぐしかないのが現状である。

竹島や尖閣諸島問題などは韓国や中国の不景気の裏返しの現象だ。大不況や恐慌の行き着く先は戦争である。「戦争をするよりは量的緩和政策のほうがましだ」というのが、今の「時間稼ぎ政策」が続く理由である。

韓国KOSPI(左)と上海総合指数(右)の日足 2007年~2012年


(出所:石原順)

さて、9月・10月の金融政策劇場はどうなるのか?明日31日のバーナンキFRB議長のジャクソンホール講演、9月6日のECB理事会、9月13日のFOMCに対して期待が集まっている。現在、市場を動かす「ネタ」がないので、QE3を示唆する発言を市場関係者は待っているのである。

しかし、現在の米国の株式の位置や足下の景気指標を考えると、ジャクソンホール講演では「必要なら追加緩和の用意がある」という従来の主張をバーナンキFRB議長は繰り返すことになるだろう。9月13日のFOMCではQE3は温存され、時間軸の延長(低金利政策を続ける期間の延長)で時間稼ぎをするというのが現在の市場の見方である。

欧州の方は7月26日のドラギ講演以降、南欧危機対策の切り札と言われる「SMP2(南欧国債買い入れの新たな政策)」に期待が集まっている。SMPとSMP2は何が違うのか?と言えば、「国債購入の対象国はEFSF(欧州金融安定基金)/ESM(欧州版IMF)に支援を要請しなければならない」ことである。同時に「支援を受けるための財政再建に取り組む」ことが要求される。

SMP2の詳細が明らかになっていないので、「9月6日のECB理事会でSMP2の詳細が発表されるのではないか」という思惑が投機筋の間にくすぶり、ユーロ買い戻し相場を後押ししている。

シカゴIMM ユーロのポジション


(出所:石原順)

SMP2の実施については不透明感が拭えない。SMP同様にドイツ連銀が反対しており(これはいつもの南欧諸国の規律を要求するポーズに過ぎないが)、負担額の3割弱を負担するドイツの妥協なくして、多数決で決めると後がややこしくなる。9月12日のドイツ憲法裁判所の判断を待ってESMは設立されるが、実際に稼働するには最低1ヶ月は時間を要するといわれている。

相場を動かす金融劇場の日程を確認しておこう。

9月6日 ECB理事会
9月12日 ドイツ憲法裁判所がESMの審議結果を発表・オランダ総選挙
9月13日 米FOMC
9月14日・15日 EU財務省理事会(非公式)・ユーログループ財務相会合
9月19日 日銀金融政策決定会合
9月23日・24日 G20財務省・中央銀行会議
10月4日 ECB理事会
10月5日 日銀金融政策決定会合
10月8日・9日 ユーログループ財務相会合・EU財務省理事会
10月18日・19日 EU首脳会議
10月23日・24日 米FOMC

以上のスケジュールをみれば、ECBが本格的に動けるのは10月4日のECB理事会となるだろう。ファンドの中には「ESMは10月18・19日のEU首脳会議まで後ズレする」と見ているところも多い。したがって、9月6日のECB理事会では「前向きであるという姿勢をみせる」だけで、せいぜい政策金利の引き下げを決めるのが関の山となる可能性がある。

QE3もSMP2も後ズレしそうな感じだが、なぜ後ズレするかというと現在「危機」が見えないからである。米国やドイツの株価水準は高く、早期に追加緩和を行なう切迫感がないのである。それでは、QE3やSMP2はないのかと言えば、危機が起これば(追い詰められれば)、即座に実施されるだろう。

FRBの国債買い入れ枠の上限やESMの支援枠の限度から、QE3やSMP2の実施を疑問視する声もあるが、そんな「枠」など危機が起こればなし崩し的に撤廃されるに決まっている。枠がなくなれば、FRBは日銀のように「買い入れ基金」を作り別勘定にすればよい。二重帳簿のような話だが、許される非伝統的手段である。ESMの枠はESMに銀行免許を付与し、ECBが資金供給すれば済む話である。

危機時の金融緩和を市場参加者は確信しているので、相場は閑散なのに高値圏にある。バーナンキ・プットやドラギ・プットが相場の下値硬直性をもたらしているので、相場が動かない。これが市場参加者の悩みの種である。

2012年のこれまでの為替市場を振り返ってみよう。下のチャートは2010年のレンジ(水色)・2011年のレンジ(黄色)・2012年のレンジ(緑色)となっている。平行線は青が2010年の年末終値、赤が2011年の年末終値である。

2011年からの世界的な金利急低下で相場の変動幅は縮小している。豪ドル、ポンド、スイスフランなどは2010年と2011年の年足終値がほとんど同じで、今年もその水準(赤と青の平行線)を挟んで往来しているだけである。ドル/円は2011年の円独歩高の反動で2012年前半に大幅な円安修正が起きたが、その後は動きが止っている。これらの通貨は概ね2011年のレンジの中にあり、少なくとも2012年年足の高値・安値をブレイクしない限り、大幅な変動は期待しにくい。

今年の相場で大きく動いているのはユーロだけである。ユーロ/ドルは月足ベースでみると、現在2011年のレンジの下で相場を続けておりユーロ安バイアスが強い。今後、ユーロ独歩高の修正で1.3近辺まで平均回帰するのか、2010年安値1.18台をトライするのか、今のところ大きな動きが期待できる唯一の通貨となっている。どちらに動くかは9~10月のエーロ圏の政策次第である。

仮にユーロ/ドルがユーロ安方向に大変動すると、ユーロ/スイスのペッグで狭小レンジとなっているスイスフランも動き出す可能性がある。これが、現在通貨ファンドの間で囁かれているシナリオである。

豪ドル/ドル(月足)

2010年のレンジ(水色)・2011年のレンジ(黄色)・2012年のレンジ(緑色)
平行線は青が2010年の年末終値、赤が2011年の年末終値


(出所:石原順)

ドル/スイス(月足)

2010年のレンジ(水色)・2011年のレンジ(黄色)・2012年のレンジ(緑色)
平行線は青が2010年の年末終値、赤が2011年の年末終値


(出所:石原順)

ポンド/ドル(月足)

2010年のレンジ(水色)・2011年のレンジ(黄色)・2012年のレンジ(緑色)
平行線は青が2010年の年末終値、赤が2011年の年末終値


(出所:石原順)

ドル/円(月足)

2010年のレンジ(水色)・2011年のレンジ(黄色)・2012年のレンジ(緑色)
平行線は青が2010年の年末終値、赤が2011年の年末終値


(出所:石原順)

ユーロ/ドル(月足)

2010年のレンジ(水色)・2011年のレンジ(黄色)・2012年のレンジ(緑色)
平行線は青が2010年の年末終値、赤が2011年の年末終値


(出所:石原順)

筆者の色眼鏡で見ると、現在トレンドが出ている通貨ペアはユーロ/豪ドルとユーロ/ニュージーランドのみである。ユーロ・キャリートレードの巻き戻しであるが、いずれにせよ9月~10月相場の主役はユーロとなりそうだ。

ユーロ/豪ドル(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

ユーロ/ニュージーランド(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)