米株反発の失速で再び円高となるか

 8週連続下落したNYダウ(ダウ工業株30種平均)は、先週は9週ぶりに上昇しました。売られ過ぎによる自立反発の買いが入りやすかった地合いになっていたところに、5月23日には米アトランタ連邦準備銀行のラファエル・ボスティック総裁の「9月に利上げを一時停止するのが理にかなう」との発言がありました。

 また、5月25日に公表された前回FOMC(米連邦公開市場委員会)の議事要旨には0.75%の利上げへの言及がなかったことから、FRB(米連邦準備制度理事会)がタカ派姿勢を和らげるのではないかとの楽観や期待が相場を後押ししたようです。

 8週で約3,600ドル下げ、先週1週間で1,951ドル上昇したことから半分強を取り戻したかっこうとなっています。「半値戻しは全値戻し」との相場格言があるように、8週下落幅の半値が戻ったことから、この反発が下落幅を全部戻すのかどうか今週の動きが注目されますが、米景気後退懸念が払拭(ふっしょく)された訳ではないため本格的な上昇には時間がかかりそうです。

 米長期金利は、株安や米景気後退懸念を先取りし、売られ過ぎ(金利上昇)からいち早く買い戻された(金利低下)ものの、株が反発したにもかかわらず金利の戻りは鈍い状況となっています。金利市場では、景気後退懸念はくすぶったままなのかもしれません。

 ドル/円もこの金利の動きに合わせるように、株の戻しにもかかわらず反発力はそれほど強くありません。今週に入って、ようやく131円台前半から126円台前半まで下落した値幅の半値である128円台後半を超えた状況です。

 もし、今週の米株反発の勢いが失速した場合、米長期金利の低下とともにドル/円もドル高の勢いがなくなり、再び円高に動くのかどうか注目です。

 ただ、今週もたもたした動きになると、6月14~15日のFOMCが控えていることから来週以降はタカ派的な見方が再び強まってくることも予想されます。その場合、ドル/円が反発してくるシナリオも想定されるため注意が必要です。

異例のラガルド総裁の利上げ発信

 今週はユーロの動きにも注目です。タカ派姿勢ながらも利上げについて明言を避けていたクリスティーヌ・ラガルド総裁が突然動きました。

 5月23日、ラガルド総裁は「7月に利上げが可能になる」とECB(欧州中央銀行)のブログで予告しました。現在のマイナス0.5%の政策金利も9月末までにゼロに引き上げマイナス金利政策を終了する考えも示唆しました。

 ECB理事会は6月9日、7月21日、9月8日開催予定です。7月に利上げ、9月末までに0.5%のマイナス金利終了となると、7月0.25%、9月0.25%の利上げが想定されます。

 ラガルド総裁のブログ発信以降、ユーロは上昇が顕著となり、5月27日には1.07ドル台半ばまで上昇しました。ユーロ/円は138円台へと上昇しています。

 先週のドル/円は、ユーロやユーロ/円の堅調さがドル/円の円高ブレーキの一因となりましたが、今後もドル/円の動きを予想する際には、ユーロやユーロ/円の動きにより注目していく必要がありそうです。

 この予告によって7月利上げへの期待が高まり、また、マイナス金利が終了すれば主要中央銀行でマイナス金利政策を続けるのは日本銀行だけとなるため、ユーロ/円が円安に動きやすくなってドル/円の円安を後押しすることが想定されます。しかし、一筋縄では行かないシナリオも考えられるため注意が必要です。

1997年以降最大の物価と景気後退懸念

 5月31日に発表されたユーロ圏の5月CPI(消費者物価指数)は+8.1%と予想も前月も上回り、1997年以降で最大の伸び率となりました。今後のCPIも高水準が発表される可能性があるため、7月、9月の利上げは0.25%ではなく、0.50%の利上げとの期待や思惑が強まることも予想されます。

 しかし、問題は欧州の景気回復が力強さを欠くことです。インフレと景気後退が同時に進む「スタグフレーション」への懸念が強いため、米国と同じように利上げを進めれば景気が腰折れしかねないかもしれません。

 欧州の場合は、ロシアによるウクライナ侵攻や中国経済減速の影響は米国よりも大きいことから、急速な利上げは米国以上に景気後退を早める可能性もあります。

 5月16日、欧州委員会が発表した経済予測では、2022年のユーロ圏成長率を前回2月の+4.0%から+2.7%に下方修正し、物価については+6.1%と前回2月の+3.5%から大幅に上方修正しました。ロシアのウクライナ侵攻と、それに伴うエネルギーや商品価格の高騰が理由です。

 さらに、ロシアがEU(欧州連合)への天然ガス供給を停止すれば欧州経済は一段と深刻な打撃を受けると指摘し、供給停止の場合、経済成長は2022年に2.5%、2023年に1%押し下げられ、欧州経済はリセッションに陥るとの見方を示しました。

 インフレ率は2022年に3%、2023年に1%押し上げられるとの試算を示しています。

 このように今後の欧州の景気動向を考えると、FRBが利上げを加速させたようにECBが一気に利上げを加速させるかどうかは慎重に見極める必要がありそうです。

 また、今回のブログによる予告はさまざまな課題を投げかけました。政策の今後の方向性を示す重要事項をECB理事会の公表文や理事会後の総裁記者会見以外で予告するのはかなり異例のやり方です。

 想定外のインフレが続いていることから、市場を混乱させないように早めに方針転換を示す必要があると判断したもようですが、7月の利上げであれば、次回6月9日のECB理事会で予告することができるはずです。

 それにもかかわらず、唐突にブログを通して政策変更を緊急発信したことは、早めに知らしめて市場を安定させるという大義名分があったにせよ、政策運営の不確実さを高めることになるかもしれません。

 また、市場との対話のチャンネルが増えたことは、投資家にとってはこれまで以上にアンテナを張り巡らす必要があるため、市場の思惑や不安感を増幅させ、不安定さを引き起こすことになる可能性もあります。

 ブログとはいえ、ECBのブログで公表したことからECB内の意見は調整されていると思いますが、ユーロ圏各国の経済状況も異なるため、今後の経済指標次第ではECBの政策変更は一枚岩では進まないかもしれない点にも留意する必要がありそうです。