3月20日の米WSJ紙に「円キャリートレードが復活」(記者: Erin McCarthy)という記事が掲載され、為替関係者の間で話題を呼んでいる。1990年代から現在に至るまで、何回か「キャリートレード」と言われる「円安ブーム」があった。特に、2005年~2007年の「ミセスワタナベ」と称された円安ブームは記憶に新しい。

投機筋の円のポジション(シカゴIMM:2012年3月13日現在)

2011年4月以来の大規模な円売り越しに…なにはともあれ円安ブームか?


(出所:石原順)

為替相場はもう10年以上に渡って、「金利差」がテーマの相場が続いている。「金利差相場」という観点から相場を観てみよう。ドル/円、ユーロ/円、豪ドル/円とも2国間国の2年国債金利差と概ね連動している。昨今のアルゴリズム取引の大流行で、この金利差相場は自己強化プロセスに入っている。金利差には今まで以上に注意が必要だ。

米国と日本の2年国債金利差とドル/円相場 延々、金利差相場が続いている。アルゴリズム取引の変数に金利差が…


(出所:石原順)

ドイツと日本の2年国債金利差とユーロ/円相場 


(出所:石原順)

豪州と日本の2年国債金利差と豪ドル/円相場 絶対金利差が大きいので、ドル/円、ユーロ/円と比べると下値硬直性をもっている


(出所:石原順)

キャリートレードは「金利の低い国の通貨を借りて、それを金利の高い国の通貨と交換すること」である。しかし、リーマン危機以降は世界中の中央銀行が超金融緩和に動いており、以前のような金利格差はなくなってしまった。現在、円キャリー(金利稼ぎ)トレードが成立するのはメジャー通貨では「豪ドル」と「ニュージーランドドル」だけである。

豪ドル/円は絶対金利差が大きいので、ドル/円やユーロ/円と比べて、価格の下方硬直性を持っている。金利稼ぎを狙うなら、この通貨がよいだろう。ユーロ/円・ポンド/円・カナダ/円などの上昇は、キャリートレードと言うよりも日銀の金融緩和をあてにした外人主導の「円売りブーム」と考えた方がよい。

主要国の政策金利の推移(2003年~2012年) 世界中でGreat Monetary Easingと呼ばれる超金融緩和が進展中


(出所:石原順)

スワップ・ポイント 豪ドルとニュージーランドの金利が高い


(出所:楽天証券)

さて、この「円売りブーム」はいつまで続くのであろうか? 今の円安はECBのドラギ・マジックに続いて、「日銀がいよいよデフレ脱却に向けて動き出したのではないか?」という海外投機筋の「期待感」が原動力となっている。したがって、今後の円相場の動向を決定するのは、日銀の政策次第となろう。

日銀(左)・ECB(中央)・FRB(右)の資産の推移(2005年~2012年)
日銀もようやく10年間のデフレターゲット政策から、インフレターゲット政策に転換か?


(出所:石原順)

日銀の動向を時系列でみてみよう。

2月10日 国会で日銀法改正論議
2月6日~2月13日 IMF調査団訪日
2月14日 (3月期末向けPKO)
日銀 資産買い入れ基金を10兆円増額(合計65兆円)CPIで1%のインフレターゲットも設定
3月13日 追加緩和見送り(株高・円安で)
4月4日 審議委員交代
4月27日 (選挙対策?)
展望リポートにあわせて「長期国債の購入額10兆円増額、買い入れ国債の対象を長期化、インフレターゲットを1%から2%に引き上げ」? という憶測が流れている

日銀が長い間抵抗していたインフレターゲット政策に踏み切った理由は、日銀総裁が頻繁に国会に呼び出され、2月10日の国会で「日銀法を改正するぞ」という圧力がかかったためである。自民党から「日銀に任せていても円高・デフレは解消されない、そのことを断言する」と批判され、「われわれだったら日銀法を改正してでも絶対にデフレ・円高から脱却する。そういったことを進めなければ消費税にも進んで行けない」と迫られたが、同様の批判が民主党やみんなの党からも噴出しており、日銀は官僚的発想から組織防衛に動いたと思われる。

日銀がインフレターゲットに踏み切った以上、海外の投機筋は次の緩和(材料)を期待している。4月4日に日銀の審議委員が2名交代するが、「4月に任期切れとなる日本銀行の審議委員2人の後任にはインフレターゲット政策に積極的なリフレ派を登用するよう近く、政府側に求める」と民主党の「円高・欧州危機等対応研究会」の幹事長である馬淵議員がブルームバーグのインタビューに答えている。

外堀が埋まりつつある状況のなか、4月27日の日銀金融政策決定会合では、「長期国債の購入額10兆円増額、買い入れ国債の対象を長期化、インフレターゲットを1%から2%に引き上げ」など、いずれかの追加緩和が出るのではないかと期待されているのが現状である。

4月27日に日銀がなんらかの追加緩和を行えば、現在の円売りブームは延長するだろう。逆に3月に続いて4月も追加緩和が見送られた場合、「消極的かつ後手に回る日銀」という昨年までの負のイメージが投機筋の間で復活する可能性がある。したがって、4月27日の結果は、ドル/円相場の正念場となるだろう。

筆者の独断と偏見による相場観では、年前半の相場はドル高や株高に賭けるポジションがワークしやすい。ドル買いは年前半が有利ということだ。筆者の研究では、円安ブーム期間を除くと、ドルの高値は年前半の相場で出現している。

今年も年前半のドル/円相場は調子がよいが、この勢いが続くかどうか、4月27日の日銀金融政策決定会合の結果に注目したい。一つ気になるのは、過去3年間のドル/円相場の年間高値は概ね4月であることだ。アノマリーから言えば、下値への警戒も必要な時期に入ってきたと言えよう。いずれにせよ、4月の円相場の動きは今年の相場を考える上で、いろいろ示唆を与えてくれそうだ。

ドル/円(日足) 過去3年間、ドル/円相場の年間高値は4月だが…今年は?


(出所:石原順)

ドル/円(月足) 年前半相場(緑)・ドル/円の年間安値(黄色)・円安ブーム(赤)
2012年、年後半のドル高があるかどうかは日銀の政策次第?


(出所:石原順)

ドル/円(日足)

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶)
9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

豪ドル/ドル(日足)

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶)
9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

豪ドル/円(日足)

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶)
9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

もう少し先の話となるだろうが、気をつけるべきは米国のQE3だ。米国も少し景気がよくなってきたので、「出口戦略だ、利上げ前倒しだ」と騒がしくなっているが、QE3がないと決めるのは危険である。「エバンズ米シカゴ地区連銀総裁は16日、最近の心強い経済情報にかかわらず、米連邦準備理事会(FRB)として成長促進に向け一段の対応が必要で、対策を怠れば景気低迷が10年以上続く恐れもあるとの見方を示した」、「ダドリー米ニューヨーク連銀総裁は19日、量的緩和第3弾(QE3)について、米連邦準備理事会(FRB)は実施に乗り出すかどうかまだ決定していないが、引き続き選択肢であるとの考えを示した」(ロイター)と報道されているように、QE3は株価が高いから温存されているだけである。

米国経済は表の数字上は回復しているが、売りに出されていない中古住宅が800万戸あり、700万人が職探しをあきらめて雇用統計の対象から外れていることを考えると、楽観はできない。QE3が実施されれば、ドルの上値は重くなるだろう。