FRB(米連邦準備理事会)はFOMC声明で、総額4,000億ドルのオペレーション・ツイスト(2012年6月末までに残存期間6~30年の財務省証券4,000億ドルを買い入れ、残存期間3年以下の財務省証券を同額売却する方針)を発表した。これは市場の予想通りである。共和党のFRB攻撃が激しいので、小出しの政策で時間稼ぎをしたという印象だ。オペレーション・ツイストは長・短金利を逆の方向に動かす操作だが、ドルの供給量に変化はないので、マネーの供給量という観点からはドル相場に与える影響はニュートラル(中立)である。短期金利が若干上がることから、金利差から若干ドル相場を支える可能性はあるだろう。

FOMCの声明文の中身を見ると、「エネルギーおよび一部商品の価格が高値から下落したことを受け、インフレは今年これまでよりも緩やかになったように見える。長期的なインフレ期待は引き続き安定している」とインフレ軽視の姿勢は変わっていない。新たに「経済見通しには著しい下方リスク(significant downside risks to the economic outlook)が存在し、これらのリスクには国際金融市場の緊張が含まれる」と悲観的な表現が盛り込まれたことから、「いずれ量的緩和第3弾(QE3)」をやる腹だ」というのが投機筋の見方である。

昨今の為替レートは金利とマネーの供給量によって決定されている。今回のFOMCではドルの供給量は増えなかったので、ドル安にはなりにくい。下のチャートを見れば一目瞭然だが、ドル安傾向となっている期間は米国がマネーの供給量を増やしているときである。ドルの供給量が増えていない(水色)の期間はドル高傾向だ。QE2終了後はドル高傾向で推移しており、QE3が決定されるまではドル高傾向が続く可能性が大きい。

ドルインデックス先物(日足) ドルの供給量を増やさないとドルは高い?


(出所:石原順)

9月8日のレポートにも書いたが、現在のドル高傾向が加速するか否かは、米株の動向にかかっている。バブルとは世界中にばらまかれた過剰なドルの運動である。米株が下落するか世界的に株価下落傾向となれば、投機資金の米国への引き揚げによってドルは上昇するだろう。バブルの構造を考えると「危機のドル買い」は必然である。

NYダウ(週足)と米国の量的緩和政策

量的緩和政策中の株は高い 株高=ドル安・株安=ドル高


(出所:石原順)

NYダウ(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド0.6σ(緑)


(出所:石原順)

8月30日のエバンズシカゴ地区連銀総裁の発言や2日間に延長されたFOMCへの追加緩和期待によって、NYダウはレンジ相場ながら下値を切り上げてきた。しかし、昨日のFOMCで「米経済は著しい下方リスクが存在する」との見方を示されたことで、催促相場の大幅安となった。先週のレポートで触れたが、米連邦住宅金融局(FHFA)が世界の17の金融機関を「適切な情報を開示せず4年にわたり販売していた」と裁判所に提訴したことで、昨日は格付け会社ムーディーズがバンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴ、シティグループの債務格付けを引き下げている。

バンカメは当局に恫喝されて不良債権を引き受けたのに、こんな裁判が行われていることが信じがたい。不景気は銀行の貸し渋りから発生する。現在、当局はNYダウの銘柄入れ替え(アップルなどが候補)によってNYダウの値持ちを良くしようと画策しているという噂があるが、金融機関の株が上がらないうちは株の本格上昇はないだろう。今後、仮にNYダウが10,600ポイントを割り込むと、「不景気のドル高」が到来する可能性がある。

バンカメ(左)とシティグループ(右)の日足 株価低迷が続く


(出所:石原順)

今年のドル安局面はスイスと円が牽引していたが、9月6日にスイス中銀が「スイスの対ユーロ相場を、1ユーロ=1.20スイスフランとする上限目標を設定し無制限に購入する」というなりふりかまわない政策を発表したことで、スイス高のトレンドは消滅した。ここ数日マーケットではスイス中銀が「ユーロ/スイスの上限目標を1.20から1.25に引き上げる」との噂が出ている。先の金融政策決定会合で何のアクションも起こさなかった日銀と違って根性を見せているので、投機筋もスイス買いにはびびっているようだ。

ユーロ/スイス(左)とドル/スイス(右)の日足

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

問題は円相場である。ドル高傾向の相場の中でドル/円の相場はあまりにも動きが鈍い。一応、介入警戒があるので投機筋は下値を攻めていないが、本邦の実需によってドル/円の上値が重くなっているようだ。特筆すべきは今回のクロス円相場の動きである。クロス円は「ATR上昇から急落」というパターンが多いのだが、今回は異例のジリ安相場となっている。

特にポンド/円の下げがきつい。英国は10月6日に追加の量的緩和(英国版QE2)が噂されており、ポンドが売られやすくなっているのが原因だが、ポンド/円をメインに取引している投資家からも、「今回のようなジリ貧相場は珍しい」との声が聞かれる。ドル/円の75円台、ユーロ/円の100円台では9月決算対策の介入観測があるので、クロス円で円売りしている投資家はポジションが切れないという蟻地獄相場となっている。スイスもゴールドも上昇が止まったのに円だけが高いというのは、日本が世界の通貨安競争に敗北した結果であろう。

ユーロ/円(左)とポンド/円(右)の日足

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

ドル/円(日足) そろそろ動くか…

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

ゴールド先物(日足) 典型的な調整相場・G20の規制の内容が気になる

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド0.6σ(緑)


(出所:石原順)

現在の為替市場はユーロを軸に動いている。EU財務相会合はガイトナーまで参加したものの、期待はずれに終わった。その後もイタリアの格下げや、「ギリシャがユーロを離脱するかどうかの国民投票を予定している」という噂で悪材料には事欠かない。中国銀行は、深刻化する欧州債務問題への懸念から、複数の欧州銀行との為替フォワードおよびスワップ取引を停止しているという。

ギリシャ1年国債金利(週足) 一時148%まで上昇、ありえない金利である…


(出所:石原順)

何度も指摘しているとおりユーロの問題は結局ドイツの問題だ。国民の不満が強いドイツがせこいことを言って損得勘定を考えているので、なかなか危機が終息しない。メルケル首相は9月29日に「欧州金融安定化機構(EFSF)の機能を拡大する法案」を提出する予定である。この結果を受けて10月3日のEU財務相会議で、ギリシャに対する追加支援策を検討される。ドイツの議会が可決するか否決するかで、ユーロ相場の動向は大きく左右されそうだ。

この後の予定を見ても重要イベントが目白押しである。

9月22日~23日 G20財務相・中央銀行総裁会議
9月23日~24日 IMF・世銀年次総会
10月3日 ユーロ圏財務相理事会
10月6日 ECB理事会
10月14日~15日 G20首脳会合

ギリシャ救済の期待と催促で相場が乱高下しそうである。筆者は9月15日に全てのユーロ売りポジションを手仕舞ったが、どこで動こうか思案中である。

ユーロ/ドル(日足) ボラティリティが高いので、再エントリーは思案中

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)