債券ファンドPIMCOのビル・グロース氏が、「今年8月に米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれる毎年恒例の経済・金融に関する会合で、米連邦準備理事会(FRB)は量的緩和第3弾(QE3)を示唆する公算が大きい」と6月22日にツイッターで述べて以来、市場関係者の重要イベントとなったバーナンキFRB議長のジャクソンホール講演が本日行われる。8月26日(金曜日)日本時間23時(PM11:00)の予定となっており、NY時間の市場動向が注目されよう。講演でQE3への言及がなければ、株安・ドル高となると予想されている。

QE3をやるには「インフレという高いハードル」があると言われている。しかし、筆者はバーナンキFRB議長がインフレを心配しているとは思わない。米国経済の後退懸念が拡がるなか、米国が1990年代の日本と同じ状況(Japanization)に陥るのではないかと危ぶむ声が多くの投資家から上がっているが、 議長が真に恐れているのはインフレではなく日本型のデフレだ。今はまだその時期ではないが、仮に米景気(バランスシート不況)がにっちもさっちも行かなくなった場合、劇薬ではあるが債務(借金)の価値を減らすために、意図的にインフレを起こすような政策を行う可能性さえあると思っている。即ち、インフレターゲットの導入だ。

表向きバーナンキFRB議長がインフレに配慮しているのは、世界中(特に新興国)から浴びせられるインフレ政策批判、米国一大勢力であるティーパーティーによる量的緩和批判、FRBのタカ派の理事などに対する政治的な配慮があるからである。来年の米大統領選指名争いへの参加を表明している共和党のペリー(テキサス州知事)が、強烈なFRB議長批判を選挙キャンペーンに使っていることもQE3の逆風となっている。

主要国の消費者物価指数(対前年比)


(出所:石原順)

時価会計の緩和や一部停止、あるいはジャブジャブの金融緩和が行われているのは、「先送り」や「バブル飛ばし」をやらない限り、世界経済が大不況となってしまう可能性があるからだ。QE1やQE2が何故行われたかと言えば、それは「時間稼ぎ」に過ぎない。結局、バランスシートの調整が終わらない限り、経済が本格的に回復することはない。リーマン危機の後始末が2年や3年で済むことはないだろう。欧米の金融機関の株価をみれば、(効果があろうがなかろうが)QE3的な追加の緩和が必要と思われる。

WSJ紙は「新たな緩和策には触れない公算-FRB議長の26日講演」と報道しているが、そうであれば市場は9月20日のFOMCに向けて市場は再度催促相場をやる可能性がある(ティーパーティーやQE3反対派の誰もが納得するような理由としては、株価の大幅な下落が必要となる)。

8月5日にファニーメイ(連邦住宅抵当公庫)がバンクオブアメリカから住宅不良債権を買い取った。730億ドルの簿価に対する買い取り価格はたったの5億ドルである。これにはファンドの連中も驚いたが、「会計基準が変更されているなかで見えなかった不良債権の氷山の一角」であると市場はみている。住宅不良債権の飛ばし先となっているMaiden Lane LLCの資産も劣化していると思われる。米国の住宅・商業用不動産市況を回復させるには、QE2を超える金融緩和が必要だと言われているなか、「ジャクソンホールでQE3の示唆がなくても、遠からずQE3をやらざるを得ない」という市場関係者の声は多い。

QE3の有無も大きな問題だが、もう一つ懸念される事は、米国がS&Pの格下げやティーパーティーの圧力によって緊縮財政路線に向かっていることである。既に10年間で2兆4,000億ドルの歳出削減が決まっているが、格付機関はこれを4兆ドルまで引き上げるよう迫っている。少しくらい株が上がったくらいで緊縮財政路線に向かうと、その後が大惨事になるのは歴史が証明している。

1930年代の大不況では、1937年に緊縮財政方針に転換したことで米国の景気は低迷し、米国の景気回復は第2次世界大戦(1939~1945年の戦争特需)を待たねばならなかった。日本も1996年~1997年の橋本内閣時の財政再建+消費税引き上げが、1997年の拓銀・山一の破綻に繋がっていったという苦い経験を味わっている。

NYダウ(日足) 1922年~1950年


(出所:石原順)

日経平均株価(日足) 1983年~2011年


(出所:石原順)

リーマン危機後の大きな対策は既に出尽くしている。財政が問題となっている中で、QE3をやるといっても限界がある。それでもデフレの研究者であるバーナンキFRB議長は日本化(Japanization)を避けるために、次の手を打ってくるだろう。現在、財政が動かない以上、経済を支えるのは金融政策しかない。日本化=失われた20年を回避するには、ヘリコプターからカネをばらまいて時間稼ぎ(バランスシートの修復)をするしかないだろう。

8月5日のS&Pによる米国債格下げ(緊縮財政懸念)から市場はリスク・オフ(危機回避)の姿勢に転換し、米国株はQE3を催促する大幅安に見舞われた。この米国株の急落を受けて株のファンドマネージャー達は、「米国企業の業績は決して悪くない。それなのに株がこんなに下がるのはおかしい」と訝しげに語っているが、昨今の株式市場の動向はFRBの政策がトレンドを作っているのであり、個別株の動向など2の次なのである。

それはチャートを見れば一目瞭然である。米国株が上げているのはFRBが量的緩和政策を行っている期間だけだからだ。「バーナンキがなんとかしてくれる」と思っている市場は、FRBがなにもしないと催促相場で株を下げに行く。実際、QE1終了後の2カ月半でNYダウは1,500ドル下がり、今年のQE2終了後は2,000ドルの下落をみている(チャート赤丸の部分)。

NYダウ(週足) QE1・QE2の上げ相場(黄)と政策催促相場(赤)


(出所:石原順)

ジャクソンホール講演に関して様々な憶測が出ているが、我々は結果をみてから動けばよい。ジャクソンホール講演の内容が市場にインパクトを与えるようなものであれば、少なくとも数週間から数カ月のトレンドを持つだろう。重要な指標やイベントの前に思惑で大きなポジションを傾ける人は、市場から消えていく。既に持っているポジションに対しては、壊滅的な打撃を被らないようにストップロス注文を置いておくべきである。

QE3が示唆されるまでは、リスク資産を持つことに対しては注意が必要だ。中途半端に市場に参入すると、催促(リスク資産下げ)相場に巻き込まれてしまう可能性がある。見通しがはっきりするまでは、小さいポジションでの短期取引に徹したい。

さて、ドル安相場を牽引してきたドル/スイスとドル/円は当局の牽制や介入によって売りトレンドが消滅し、現在は典型的な調整相場となっている。狂乱の上げ相場を演じていたゴールド先物も(2度の証拠金引き上げによる)利食いやファンド筋の売り(損切り)を巻き込んで大幅安となっている。しかし、ドルもスイスもゴールドも、現在の相場は大きなトレンド相場後の調整相場であって方向性はない。日足ベースでは次の大きなトレンドを待ちたい。

ドル/円(日足) 標準偏差ボラティリティは調整中(レンジ相場)


(出所:石原順)

ドル/円(日足)

上段:21日ボリンジャーバンド(青)移動平均リボン(赤の帯)
下段:20日ATR(青)


(出所:石原順)

豪ドル/円(日足)

上段:21日ボリンジャーバンド2σ(青)・移動平均リボン(赤の帯)
中段:9日RSI
下段:20日ATR


(出所:石原順)

ゴールド先物(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド0.6σ


(出所:石原順)