今年の年初のレポートでは「QE3の有無が2011年の相場を決める」というレポートを書いた。QE2は当初の予定通り6月で終了することになった。ただし、バーナンキFRB議長は、「QE2を終了しても保有債券の償還資金を国債に再投資し、FRBの資産はすぐに売却しない」など、今後も緩和姿勢を続けることを強調している。

米国が出口に向かうというか、金融引き締めのサインはFRBの資産売却にあるが、それをしないので、QE2終了と言うにはなんとも中途半端な格好となっている。従って、まだバブル環境は維持されているといえるだろう。

FRBの資産


(出所:クリーブランド連銀)

QE2、即ちFRBが行っている6,000億ドルの国債買い入れは、QE2期間に発行される米新発国債の7割に当たるが、国債買い入れが終わると「この分の国債を誰が買うのか」と金利上昇を予測する市場関係者も多い。実際、2010年10~12月期に発行された米国債のうち、63%をQE2で買っていたことが明らかになっている。

こうしたなか、S&Pが米国債の格付けを「AAA」から「AAAネガティブ」に見通しを引き下げた。運用の1丁目1番地と言われる米国債が「トリプルA」から転落するのは史上初の出来事で、運用者は何を信じて投資して良いのかわからなくなっている。(ゴールドなどは市場規模が小さすぎて、巨額の資金を運用するには流動性に問題がある)米国の政府や議会に対する催促的な意味合いを持つS&Pの格下げによって、米政府の財政案は10年間で7兆2,000億ドルの赤字増になるという予測のなか、共和党も民主党も緊縮財政路線に向かわざるを得ない。

また、米国は法律で米国債の上限を儲けているが、5月16日にはこの債務の上限に達する。「ガイトナー長官は、16日までに(米国債の)法定上限の引き上げがなければ、最大8週間の猶予が与えられる緊急策を財務省は利用すると指摘。ただそうした追加期間は7月8日ごろに終了する」(ブルームバーグ)と説明している。

米国債が信用を失ってドルも価値を失うような報道が、次々に米国サイドから出てきていることにやや違和感を覚えるのは筆者だけではあるまい。米国債の上限問題はクリントン政権時代にもあったし、米国債のデフォルトというようなことは常識的に考えにくい。また、歳出削減に関して言えば「ブッシュ減税」を止めると1年間で約2,000億ドル(1$=80円換算で16兆円)税収が増えるのである。

バーナンキFRB議長や米当局者はこれらの悪材料を誇張することで、緩和政策を延命させようとしているようだ。勿論、景気が減速すれば次の一手(QE3)を用意していると思われる。だが、国際的な「ドルを垂れ流しによるインフレ批判」のなか、QE3をやるには大義名分が必要だ。その為には誰もが納得する「危機」や「株価急落」などの事態が起こる必要がある。相場の歴史を観察してみると、バブル発生のきっかけは「危機」がそのテコとなっていることが多い。

最近、何人かの運用者と話す機会を持ったが、バーナンキ・プットやQE3をあてにしている楽観派のなかにもこのような大義名分的な「危機」への恐怖があるため、QE2後の相場に対してはとても神経質になっている。再度、バブル相場が起こる前に「危機」が起こるのではないかという不安だ。将来的にバブル相場が再開されても、その前に相場にふるい落とされては元も子もない。

ガイトナー米財務長官が4月26日に米外交問題評議会(CFR)で講演を行い、原油高やドル安に懸念を示したあたりから相場の潮目が変わってきたという声がファンド勢の間で聞かれる。車社会の米国人にとっては、実質的な増税にあたるガソリン高が米国景気の下振れリスクとなっているが、商品先物市場で相次いでいる証拠金の引き上げによって相場が急に壊れてしまった。

原油先物(日足)

上段:14 日ADX(赤)・26 日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21 日ボリンジャーバンド0.6σ(緑)


(出所:石原順)

4月27日のFOMCの声明・会見では「商品価格のインフレへの影響は一時的である」「原油価格は安定、あるいは下落する可能性がある」とバーナンキFRB議長は述べたが、まるで今回の商品市場の下げを知っていたかのような発言である。シルバーの証拠金引き上げは4日間で5回も行われた。商品ファンドの運用者には、恐怖を感じた人も多いらしい。その結果、市場のインフレ期待は遠のき、米国債の金利が低下している。また、米金利低下の環境でドルインデックスも上昇するというマジックのような相場展開となっている。

米10年国債金利(日足)と米量的緩和策


(出所:石原順)

また、トリシェECB総裁会見のトリシェコードを使った肩すかしや、ギリシャの債務再編問題や格下げのニュースなどをみて、市場では「インフレと急激なドル安防止」を狙ってG7の当局間でなんらかの話し合いがなされているのではないかという憶測も出ている。

リーマン危機時の米国経済の状況を「1930年代以来の危機」と認識しているバーナンキFRB議長が、1990年代初頭の日本のような金融引き締め姿勢に転じる可能性は小さい。「危機」を封じ込めることができるのは「時間」だけであり、米国の量的緩和政策は、結局、バランスシート調整の“時間稼ぎ”のために行われているので、筆者も基本的には過剰流動性相場は簡単に終わらないとみている。

QE3なしで米国経済を支える飛び道具がいくつかある。一つは欧州のソブリン危機(米国債買いが起こる)によるファイナンス維持で、もう一つは日銀の円売りドル買い介入だ。2003年1月~2004年3月に常軌を逸した35兆円もの円売りドル買い介入が行われたが、下のチャートを見て頂きたい。答えは出ている。

2003年1月~2004年3月(黄)の円売りドル買い介入とNYダウ(日足)の推移


(出所:石原順)

今年の3月の円売りドル買い協調介入も、基本的に日本の株安のとばっちりを受けたくないG7が行ったものだ。したがって、今後、<米株安・円高>となれば円売り介入が行われる可能性は小さくない。

以上は、マーケットで囁かれている噂話に過ぎないが、ゴールデン8(8%が標準)という米長期金利の時代を長く経験してきた筆者には、例えば米国の長期金利が4%に上がっても、それが株価や商品価格に大きな影響を与えるのか疑問である。しかし、多くの運用者がQE2の終了には神経質になっているのは事実だ。FRBが国債購入を止めれば米国の長期金利が上昇すると予想する向きからは、QE2後のリスク資産に対して弱気な声が聞かれる。

筆者が為替の取引を始めた頃は、ドル/円相場は「貿易収支」をみているだけでよかった。2000年以降は「金利差相場」(雇用統計とGDP)だが、昨今の過剰流動性相場では「全部売り」「全部買い」という動きが起こりやすい。したがって、「株・商品・債券」のどれか一つの市場が壊れても、それが全部に波及する可能性がある。それが、5月18日のセミナーのテーマだが、いずれにせよ、年央の相場には慎重に対処したいと思っている。

NYダウ(日足)QE2後の米国株式市場はどうなる?


(出所:石原順)

さて、4月中旬からのドル安トレンドは消滅し、通貨市場は調整相場(14日ADXと26日標準偏差ボラティリティが低下中)に入っている。上記2つのトレンド指標の形状から推測すると、もうしばらく不安定な動きが続くのではないかと思われる。

ドルインデックス先物(日足)

上段:14 日ADX(赤)・26 日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21 日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

ドル/スイス(日足)ドルインデックスと連動

上段:14 日ADX(赤)・26 日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21 日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

ユーロ/ドル(日足)国際商品の下落と同調

上段:14 日ADX(赤)・26 日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21 日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

豪ドル/ドル(日足)久々の大きなトレンドだったが…

上段:14 日ADX(赤)・26 日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21 日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

円相場のほうもトレンドを失っており、現在、逆張り的な商いしか通用しない。とりあえず、ドル/円は2番底を付けたように見えるが、82円50銭あたりを超えてこないと、円安の流れとはなりにくいだろう。

QE2後の相場がどうなるか、誰にもわからない。現在の相場には“黒い白鳥”が沢山いるので本当に疲れるが、こういうときは下手な思惑を持つことは避けて、基本的にテクニカル・アナライシスに従おうと思っている。あとは、ストップ・ロス注文を置いておくだけだ。

ドル/円(日足)2番底を付けたか?

上段:14 日ADX(赤)・26 日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21 日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

豪ドル/円(日足)トレンドがないので逆張り有効

上段:14 日ADX(赤)・26 日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21 日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)