伝説の投資家

 ジム・ロジャーズ、ジョージ・ソロス、といった名前を聞いて読者はどう感じるだろうか。

 どちらも投資の世界ではビッグネームだ。彼らに限らないが、米国では、成功したファンドマネージャーがある種のスターとしての価値を持ち、注目を集め、その発言が注目される。

 ウォーレン・バフェット、ピーター・リンチ、レイ・ダリオ、ジョン・ネフ、ジョン・テンプルトン、などの名前が浮かぶ。筆者は、運用業界・金融業界で働いた者の端くれとして、米国に尊敬・注目される「伝説の投資家」が多数いることを羨ましく思う。

 職業上の名誉ということもある。加えて、運用商品や投資関連サービスのマーケティング上で「投資のスター」がいることは大きなプラス効果を持つ(「売り手側から見て」だが)。

「日本にそういう人はいない」と言い切っては、あるいはどなたかに失礼に当たるかも知れないが、「投資によるお金儲け」に対する社会的評価が低いことと、多くの大手金融機関系の運用会社が組織の傾向としてサラリーマン・ファンドマネージャーにスターを作りたがらなかったことが原因だろう。日本にも、例えばピーター・リンチのようなタイプでなら「スター・ファンドマネージャー」の一人や二人いてもよかったはずだ。

 さて、本稿では、ジム・ロジャーズ氏の投資法に焦点を当てる。「マンガでわかる ジム・ロジャーズの投資術」(林康史監修、平岡篤一漫画、スタンダーズ株式会社刊)という書籍を参照する。漫画ではあっても、監修者の林康史氏(立正大学経済学部教授)が詳細な解説を書いていて、投資について考える上で参考になる書籍だ。

 ジム・ロジャーズ氏というと、クオンタムファンドで一緒に仕事をしていたジョージ・ソロス氏と一緒に言及されることが多いが、二人がなぜ袂を分かったのかについても同書には言及がある。

 尚、筆者自身は、「現在の」ジム・ロジャーズ氏もジョージ・ソロス氏も個人的にはあまり好きではない。ロジャーズ氏は話し方にいかにも「ポジション・トーク」的な臭いがするし、ソロス氏は言動があまりに政治的だ。しかし、投資家が彼らの方法論に興味を持つことは悪いことではない。

ジム・ロジャーズの投資法

 ジム・ロジャーズ氏の投資の方法論の特徴を林氏の解説を元に、筆者なりにまとめると、以下の通りだ。かなり「癖」のある投資家だ。

(1)何らかの「変化」(主に従来と違う社会現象)を掴んで投資の契機とする。
(2)トップダウンで投資対象を決める。
(3)自分がよく知る対象に投資しようとする。
(4)できるだけ「割安」に投資しようとする。

 ロジャーズ氏は「変化」を感じることから投資のアイデアを作り始める。

 但し、彼が注目する変化は「業績予想の上方修正」のような短期的で小さな変化ではなく、「原油が不足すると、LNGの価格が上がるだろう」とか、「ベトナム戦争が終わって軍事予算が縮小したが、中東戦争が始まったので高度な兵器への需要が高まるだろう」(注:ロッキード社への投資で若き日のロジャーズ氏は大儲けしている)とか、「中国の経済は大いに発展するだろう」といった、大きな変化でありその兆しだ。

 ロジャーズ氏の投資スタイルを運用業界の用語で要約すると、「トップダウンでイベント重視のバリュー投資」となるだろう。

 彼は、「国」→「業種」→「個別企業」といった順番で投資対象を考える。運用業界的な分類でいうと「トップダウン型」なのだ。もっとも、いきなりグローバル投資という選択肢が出てきた昨今の株式投資にあっては、こうした区別は今日やや曖昧なものになりつつあるかもしれない。

 前掲書の漫画部分に詳しいが、ロジャーズ氏は二度に亘って世界一周旅行を行っている。一度目はバイクで、二度目は改造ベンツで移動しているので、何れも飛行機による世界旅行よりも現地に密着した情報を多く吸収している(もっとも、かけている時間自体が長いということもある)。

 また、企業調査にあっては、企業自身が発表しているアニュアルレポートを丁寧に読み込むことから始めるのがロジャーズ氏の調査スタイルだ。証券会社のアナリストのレポートよりも情報が豊富で且つ深いとロジャーズ氏は考えている。監修者の林康史氏も同意見だ。今やアニュアルレポートだけでなく決算関係の書類なども企業のホームページで閲覧できる。筆者も、アナリストのレポートを読むよりもずっといいと思う。

 投資する株価が高いか・安いかをどのように判断するかについて、ロジャーズ氏は明確に語っていないが、「ベトナム戦争の後のロッキード社の株式」のように、多くの人が価値を認めず不人気な投資対象を好むようだ。形式的なPER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)のような指標による割安よりも、「不人気」だったり「放置されている」といったことにわくわくするタイプなのだろう。

 尚、ジム・ロジャーズ氏は株式投資に加えて、商品投資を勧めている。彼は、ジャンル別では商品投資が一番得意なのではないだろうか。リサーチの方法や問題意識の持ち方が商品投資に向いているように思われる。商品投資については、林氏がW.D.ギャンの考え方を「なぜ商品は株より儲かるのか」と題して詳しく紹介している(p137)。商品取引に興味がある方は参照されるといいだろう。林氏はギャンの著作の翻訳者でもある。

現場を調査すると儲かるか?

 ロジャーズ氏のエピソードを読んで、読者はどう思われるだろうか。「現地に足を運んでいる点は特別なアドバンテージだ」、「これだけ徹底的に調べたら投資で負けにくいだろう」と素朴に感心するようであれば、少々冷静になる方がいいと思う。

 例えば、地域毎の国情やビジネス分野に関しては、その地域に関わっている商社マンの方がロジャーズ氏よりもおそらく多くの情報を持っているだろう。駐在員は旅人ではなく、そこに住んで生活しているのだ。しかし、商社が株式投資で儲けているという話は聞かない。

 地域や現場に密着すると、投資で儲けられるという話は、一定のリアリティを感じさせるが、必ずしも確かな原則だとは言えない。一般論として、アナリストやファンドマネージャーよりも企業やビジネス環境について直接的で豊富な情報を持っている人は多数いる。しかし、彼らが投資で儲けられているかというとそうでもない。

 筆者は、「徹底的な調査で、運用成績を改善できる」という運用業界がしばしば顧客に提示する命題に疑いを抱いている。もっとも、運用成績が改善できなかった場合には、調査が「徹底的」ではなかったのだと言い訳できる余地があるので、そもそもこの命題を反証することは容易ではない。

 たかだか、アナリストやファンドマネージャーの調査で対象企業の経営のコアになる部分は分からないのではないか。現場を見て、経営者にインタビューしても理解は表層的だろう。加えて、他の市場の参加者が当該企業をどのように理解しているかを把握することが必要なのだが、これが大変難しい。「徹底的な調査」は、投資のリターン改善の有効性にあって「自己満足」に近いのではなかろうか。但し、ビジネスとしての運用のマーケティングでは、時に大いに有効だ。

 ロジャーズ氏の「旅」や、ピーター・リンチ氏の「日常の発見」を投資のヒントにする話(たとえばピーター・リンチ「ピーター・リンチの株で勝つ」三原淳雄、土屋安衛訳、ダイヤモンド社)には、趣味としての投資を楽しいものにしてくれる夢があるが、投資家はこうしたストーリーを「夢」や「楽しみ」にとどめておくのがいいと思う。「こうやると投資の成果を改善できる」と確立された方法論ではない。

ソロスとロジャーズ

 さて、書籍に戻ろう。この本は、かつてあまり語られる事がなかった、クオンタムファンドを一緒にやっていたジョージ・ソロス氏とジム・ロジャーズ氏が袂を分かった経緯を説明している。

 SEC(米国証券取引委員会)からソロス氏に相場操縦の嫌疑が掛かり、これに対してソロス氏が潔白を主張して争うのではなく、司法取引で曖昧に済ませたことがきっかけで、ロジャーズ氏はソロス氏から離れた。職業倫理に相容れない違いがあったということだ。これが、ロジャーズ氏側からの理由説明だ。

 但し、この種の話は、両方の当事者の話を聞かないと、本当の理由やことの善悪は判断できない。

 一方、ソロス氏とロジャーズ氏の市場参加者としてのプレイスタイルの違いは興味深い。

 ロジャーズ氏が現地に足を運び資料を読み込む「投資対象」を見ようとする人であったのに対して、ソロス氏は市場を相手にポジションを取る、言わば「市場参加者」を見る人だったように思う。かつて、イングランド銀行がソロス氏に手の内を見透かされて大損した話は有名だ。

 第三者的に見ると補完的でいいコンビであったように思うのだが、なにぶん生身の人間のことだ。両者の決別には、個人の投資スタイルや倫理観とは別の要因があったのかも知れない。

 ただ、投資にあってアクティブ・リターンを目指すアプローチとして、「投資対象に注目するアプローチ」と「市場参加者に注目するアプローチ」の二種類があることは意識しておく方がいい。折衷案を採用してもいいのだが、自覚的に使い分けないと、自分が何を根拠に投資しようとしているのかが分からなくなる。

 ところで、二人が関わっていたクオンタム・ファンドの成績なのだろうが本の帯にある「運用成績4200%」といった運用成績の数字に驚いてはいけない。もちろん彼らの運用が優れていたことはその時の事実として素直に評価していいのだが、ヘッジファンドはレバレッジを掛けた運用を行っているので、これくらいの数字は十分にあり得る。

 尚、ヘッジファンドの運用者にソロス氏のような大金持ちが多いのは、ヘッジファンドの成功報酬(典型的には値上がり益の2割)が金融論的には「コールオプションを手に入れておいて、その原資産のボラティリティをレバレッジで拡大する」(注:オプションの理論価値を「自分で」上げることが出来る)といった、言わばお手盛りの、半ば「ボッタクリ」のビジネス構造を持っているからだ。この点は、筆者がジョージ・ソロス、レイ・ダリオといったヘッジファンド界の大物を高く評価する気になれない理由の一つだ。

ジム・ロジャーズの投資法に欠けているもの

 この書籍の面白い点の一つは、ジム・ロジャーズ氏やジョージ・ソロス氏の投資に対する考え方に加えて、監修・解説を担当された林康史氏の投資に対する考え方が見え隠れする点だ。

 林氏は立正大学経済学部の教授だが、ジム・ロジャーズ氏と古くから親交があり、彼の考え方を深く理解している。加えて、かつて生命保険会社や投資信託運用会社で運用の現場にいた人だ。筆者はごく短期間だが同じ会社で働いたことがある。

 仕事として運用に関わっていた人だけに、例えば、先に触れたように証券会社のアナリストのレポート内容が薄いことや、「耳寄り情報」の類が役に立たないことについて、経験に基づく実感を伴った理解がある。これらの点について、ジム・ロジャーズ氏と林氏は完全に同意見だ。

 また、興味のある方は書籍を見て欲しいが、林氏は、日本の一般投資家がロジャーズ氏のように企業のアニュアルレポートを分析する方法について、アプリの紹介も含めて解説している。

 林氏が、本書の解説文にあってジム・ロジャーズ氏の投資法について心配するのは、「損切り」に対する明確なルールがない点だ。林氏は、読者に対して「損切りルールを決めておき、早々に撤退することをすすめる」と書いている。ロジャーズ氏もそうした方がいい、と思っているのではないだろうか。

 推察するに、林氏は、現場の運用者としては外国為替取引の経験が長いので、「損切り」の重要性に敏感なのだ。

 株式投資はリスク負担に対するリスク・プレミアムが期待できる対象なので損切りは傾向としてやや不利な意思決定になりやすい。他方、外国為替取引はリスク負担に対するリスク・プレミアムが期待できないゼロ・サムゲーム的な世界にあり、プラスの根拠のないリスクを取る事が例外であるべきなので「損切り」が重要だという理屈上の違いがある。

 株式でも短期のトレードではゲームの質がゼロ・サムゲームに近づくので、「損切り」をどうするかは、よくよく考えておく方がいい。

 筆者は、ジム・ロジャーズ氏の投資法について具体的に知っているわけではないが、「損切り」や「資金管理」に加えて、おそらく分散投資の利用法に方法論的改善余地があるのではないかと推測しているのだが、どうなのだろうか。かのジム・ロジャーズ氏といえども、投資家として万能という訳ではない。

 書籍には、ジム・ロジャーズ氏の投資法の紹介にとどまらず、林氏独自の「天底の見分け方」といった解説もある。同氏はチャート分析に詳しく、チャート分析をいくらか有効であると考えているようだ。

 一方、ジム・ロジャーズ氏と筆者は、この点についてはなぜか強力に一致する。チャート分析の有効性に対しては懐疑的だ。

 林康史氏は解説に「ロジャーズは、チャートを見て、その後の相場の動きを読めるということが理解できないという」(前掲書p159)とはっきり書いている。さて、読者は、どのように考えるか。

 久しぶりに本を読みながら、投資についてあれこれ考えた。投資を考える素材として大変いい本だった。